ヒロインってちょっとしたことですぐに~(以下略) 今回は俺のせいか……
「単刀直入に言うと、俺の授業はちゃんと役に立ってるのかなぁと、心配になって」
え、と梅乃ちゃんが虚を突かれたように動きを止める。
「だって、美月ちゃんは未だに俺のことに完全には慣れていないみたいだし、花凛ちゃんは机に向かわせるのが精いっぱいで。それに雪歩ちゃんはもともとかなり点数をとれるみたいだし。こんな調子でこれからテストまでにみんなの成績を上げられるかなって」
当然、時間をかけて関係を築いてきた梅乃ちゃんに関しては、これからもしっかり勉強を見ていくつもりだ。でも俺はプロの塾講師や予備校の先生というわけではない。手っ取り早く点数を上げるテクニックをぽんぽんと皆に提示できるわけではないのだ。
「そんな、先生はすごく親切に私たちの勉強を見てくれています」
そう、事あるごとにふざけたり脱線したりする四人を相手に、この一週間程度、時に怒りを覚えながらも、自分に出来る限りは丁寧に、親身になって勉強を見てきたつもりである。いや、怒りというのはその、本気ではないからね。注意、あくまで注意の範疇を超えないレベルだからね。冗談はさておき。
「でも、親切に見ているだけじゃ、成績は上がらない。場合によっては、俺じゃなくて、もっと教え方に詳しい人を……」
「どうしてそんなこと言うんですかっ‼」
そこまで言ったところで、梅乃ちゃんは珍しく少し大きな声で俺の言葉を遮った。
「えっ……」
「もう私たちのこと、見込みがないってあきらめちゃったんですか? いっつも勉強中騒がしくしてたのがダメならちゃんと謝ります‼」
その大きな瞳には、大粒の涙まで溜まっていて。あまりに必死な表情に俺はあたふたするしかない。
「いや、梅乃ちゃんたちが悪いなんて、俺は一言も言ってないよ。君たちは君たちなりに、いつも必死に勉強を頑張ってるんだろうなっていうのはちゃんと感じてる」
とうとうぽたりと瞳からこぼれた雫を見て、梅乃ちゃんは手の甲でそれを拭う。
「でも、だったら、どうして」
「だからこそだよ。俺なんかが見るより、もっと……」
「違いますっ! 先生はとてもすごい先生ですっ。私は先生に見ててほしいんです」
梅乃ちゃんが再び大きな声を出す。普段ここまで必死になっている姿はあまり見ないから、俺は驚いてしまう。
「でも、知識とか、教え方とか、生徒気持ちのコントロールとか、俺より上手な先生は探せばいくらでもみつかると思うよ」
俺の頼りない言葉を聞いた梅乃ちゃんは一瞬だけ下を向いた。けれどもすぐにぶんぶんと首をふる。
「それは、そうなのかもしれません。でも、今私がちゃんと勉強に向き合えて、しっかりテストでも点数を取れているのは、菅原先生のおかげなんですよ?」
「確かに、梅乃ちゃんに関してはそういう面もあるのかもしれないけど」
「けど、じゃないんです。私は先生に見てもらえて、とてもよかったと思っています。だから、少なくとも、私は……」
こくんと唾を飲みこんで、途切れさせながら彼女は言葉を紡ぐ。
「私は、ずっと菅原先生に勉強を見ていてほしくて。きっと誰に褒められるよりも菅原先生に褒めてもらいたくて……。私にそんな風に思わせてくれるのは多分世界で先生一人だけで……。だから私にとっては菅原先生が世界で一番の先生なんです!」
「世界でって、それは言いすぎじゃ……」
「言いすぎじゃありません。だって、先生の授業はいつも、私のことすごく良く分かって教えてくれてるなぁって、安心するんです」
胸の前で、小さな手を組んで、梅乃ちゃんは少しだけ微笑みながら口を開いた。
「初めての時に比べて、教えるときの言葉の選び方も、例えばの話をするときの内容も、褒めてくれる時も、その……怒られちゃうときも、随分変わったなぁって、最近思うんですよ?」
「そうかな?」
俺は自分の授業を思い返す。あまり自覚はないかもしれない。
「きっと、教え方も、点をとるテクニックも、気持ちのコントロールの仕方だって、誰にでも使える一番いい方法なんてないんだと思います。私には私に合った方法があって、それを先生が見つけてくださったんだって、思っているんです」
「梅乃ちゃん……」
「だから菅原先生は、やっぱり私にとっては世界で一番の先生です」
じん、と胸に熱いものが広がる。こんなにも、こんなにも真摯に、授業を受けてくれていたことを、俺は理解できていただろうか。
「だから、もう少しだけ、あの三人のこともみてあげてくれませんか」
俺はこんなにも、こんなにも必死になって、同じ熱量で、あの三人にも向き合ってあげられていただろうか。俺のことを不安げに見つめるその瞳は、頼りなげに揺れていた。こんな風に生徒を不安にさせる先生が、本当に世界一と言えるだろうか。そんなことを言われてしまっては、俺は自分の軽率な発言を反省せざるを得ないではないか。
「ごめん」
「せんせい?」
俯いて、俺は告げる。
「簡単に、別の人に見てもらえなんて言ってごめん」
ぱっと、梅乃ちゃんの表情が晴れる。ああ、そうしていると。
「じゃあ、」
やっぱりこの子はかわいいなぁ……。甘いチョコレートを口にした時、分からない問題が解けた時、俺にテストの点を褒められた時、この子はいつもぱっと梅の花がほころんだような笑顔を見せてくれる。俺はその笑顔のおかげで、家庭教師という仕事のやりがいを感じることができていたのだ。
「うん。もう少し、俺が勉強は見るよ。いや、もう少し見させてほしい」
「はいっ。お願いします」
とは、勢いに任せて短歌を切ったものの。
「よし、そうと決まれば早速……」
「早速?」
「うぅ~ん」
「うぅ~ん?」
「…………」
「…………どうしましょうか?」
最終的には梅乃ちゃんがこてりと首を傾げた。
一度は引き受けた梅乃ちゃんからの頼み事だ。今さら途中で辞めるなんて選択肢はもう残ってはいないけれど。このままなんの対策もなく、今までと同じように授業を続けていても劇的な効果をあげられないというのも事実だろう。どのくらいみんなの点数を上げればよいのかはまだ分からないが、もう投げ出さないと決めた以上、限界までこの子たちのポテンシャルを引き出してあげたい。
「これまで四回くらいみんなの勉強を見てきたんだけど、あまり手ごたえがなぁ」
「そ、それは……」
「梅乃ちゃんに関しては、この四日間で確実にテスト内容を身につけられているような気がするんだけど……」
すると、一瞬思案してから、梅乃ちゃんは答えた。
「私は、ひとりで何かを頑張っている時より、ちゃんと先生の話を聞きながらの方が、たくさんのことが身についてる気がするんですが」
そう、梅乃ちゃんに関しては確実に成果が上がっている。でも他の皆にはまだ目に見える成果が出ていない。
「何かうまく皆にも効果がある方法を見つけられればいいんだけど」
「そうですよね……」
いいアイディアが浮かばないことを申し訳なく思ったのか、梅乃ちゃんはしゅんと肩を落とした。そもそも、俺の教え方と梅乃ちゃんの相性が良かったのだろうか。それとも、俺が梅乃ちゃんだけ特別丁寧に教えている? いやそんなことはないと思いたい。
そこで、ふと先ほどの梅乃ちゃんの言葉が頭を過る。
『私には私に合った方法があって、それを先生が見つけてくださったと思っているんですよ?』
「まぁ……やってみる価値はあるのかなぁ」
自分でも分かっていたはずなのだ。あの三人と初めて会う前にも、それぞれの子の性格と得手不得手を良く把握しなければ、みんなに適切な授業は行えない、なんて生意気にも一端の先生みたいなことを考えていたくせに。
「先生? 何か思いついたんですか」
梅乃ちゃんの成績が上手く伸びたことに舞い上がって、俺が教えれば、またすぐに成果が出せるものだと調子に乗っていた。皆のことを知るための時間が全然足りていないにも関わらず。
「梅乃ちゃん」
「はい?」
そして、意を決して俺は彼女に一つお願い事をした。
「今度の週末、ちょっと俺と一緒にお出かけしてくれないかな」
「はい、よろこんで……って、うぇ、えぇぇぇぇええええええええええっ⁉」




