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教え子JCに膝枕されるとかいう全人類憧れのシチュエーション……冗談で言ってみただけだからね?

 随分と不快な夢を見ていた気がする。はっきりとは覚えていないが、ミミズをすりつぶして煮詰めたスープを飲まされていたような、換気扇の裏を拭き上げた雑巾を口につめられて窒息しそうになったような、とにかく気持ちの良くない夢だ。夢を見る直前までの記憶も混濁していた。ようやく浮上し始めた意識が微弱に鼓膜に響いた綺麗な声を拾う。


「……い。……ら……んせい」


「うぅ……」


「あっ、気が付きましたか、先生」

 この声は、誰のものだろうか? 確認したいが、しかし、未だに瞼が重い。全身に感じる不快感も拭えなかったので、たまらず首をよじった。


「ひゃう」

 何か、悲鳴のようなものが聞こえた気がするけれど。俺は頭の収まりがいい角度を求めて横を向く。あ、これすっごい柔らかい。すりすりしてたい。すごい気持ちいい。ああ、幸せ。と、思いきや胃のあたりに今後は急な疼痛を感じる。ああ、もうこれうっとうしいな、せっかく今気持ちいいところだったのに。


「あぅ~、せ、先生~」

 そこまで意識がはっきりしてきたところで、ようやく声の主に当たりをつけた。うっすらと瞼を開ける。


「あれ、う、梅乃ちゃん?」


「はい、私です。私のこと分かりますか?」

 再び仰向けになって、ぼやけた焦点が合い始めると、目の前に梅乃ちゃんの心配そうな顔が大写しになった。ぱちぱちと大きな瞳を瞬かせて、こちらを覗き込んでいる。


「て、天使……」


「えっ。先生、天使さまが見えます? 大丈夫ですか⁉ 意識をしっかり‼」


「う、あ……うん。ごめん、なんとか大丈夫みたいだ」


「よかったぁ……」

 どうやら、ほっと胸を撫で下ろしているようだった。


「あの、俺はいったいどうして……」


「はい、ちゃんと説明しますね。でも、その前にその、恥ずかしいので私のふとももに顔をすりすりするのはやめていただけると」

 へ? 一体どういう……とほんの数秒の間に急速に思考を回転させる。こ、このやけに心地いい枕、梅乃ちゃんの顔が見える角度、気恥ずかしそうな彼女の表情と声音。極めつけにふとももというキーワード。ヒントは四つ……答えは一つ。探偵が諦めたら、事件は迷宮入りなんだ‼ なんてふざけている場合ではない。


 もしかして俺、ひざまくらされてる⁉ 気付くと同時に、徐々に顔に熱が回る。


「ご、ごめんっ。俺、気付かなくて」

 がばっと身体を起こそうとするが。

「あ、先生、まだ」


「うっ……」

 やはり胃の辺りに疼痛を覚えて、再び上半身が落ちる。あっ、これは本気だから。決して少しでも長く梅乃ちゃんに膝枕してほしくて病人面してるわけじゃないからっ。


「もう少し寝てなきゃだめです」


「でも、このままじゃ梅乃ちゃんも困るでしょ。恥ずかしそうだし」


「すりすりさえやめてもらえれば、私は平気ですよ?」


「……それに関してはほんっとごめん。マジでごめん。なんでもするから許して」


「先生がどうしてもっていうなら、もう少しそのままでもいいですよ?」

 ズキュウウウンと、危うく心臓を撃ち抜かれかけたが、もうちょっとだけふとももすりすりしてもいいかなと、女子中学生にお願いする自分の姿を想像して、俺は身震いした。うん、完全に犯罪者だな。略して完全犯罪者。あれ? だったらお縄になることもないんじゃ……。とそこまで思考を巡らせてから、辛うじて最後に残った理性が僕を思いとどまらせた。


「そ、それはやめておくよ」


「そうですか……」

 何故か梅乃ちゃんは少しだけ残念そうに、声のトーンを落とした。


「あ、あの~、それで俺はいったいどうしたんだっけ?」

 ようやく平時の思考回路を取り戻し始めた俺が状況の理解に努める。


「先生はうっかり雪歩のクッキーを食べてしまったんです」


「えぇ~っと、そんなうっかり穴にはまったみたいに言われても……。別に雪歩ちゃんのクッキーは毒でも、危険な薬でもないよね?」


「いいえ、あれは毒なんてものじゃありません。凶器です。凶悪なんですよっ。雪歩には二度と料理はしないように言っておきますから」


「えっと、つまり?」


「あの子は料理、特に、お菓子作りが好きなんですが。作っているうちにテンションが上がって、なんでもかんでも材料といっしょに放り込んでしまう癖があって。その、食べられるものから、そうじゃないものまで……」

 えぇえええ。あの子は常識人だと思っていたのに、イマドキJCは見かけによらないということか。というか、せめてそこは食べられるものに絞ろうよ。気をつけないと、そのうちほんとに誰か毒殺しちゃうよ。


「つまり俺は、その雪歩ちゃんのクッキー……みたいなものを口にしたせいで、しばらく意識を失ってしまったと?」


「はい。過去の例を見ると、一日中腹痛と発汗が止まらなくなったり、しばらく幻覚が見えたり、あとバケツが三杯満タンになるまで涙が止まらなくなった人もいるみたいなので、今回の先生の状態は比較的軽いものだと言えます。効果が遅いものだと、気付かずにたくさん食べてしまって重症化するみたいですね」

 医者さながらの解説を彼女はすらすらと述べる。その様子から、あ、これ巻き込まれたのは一回や二回じゃないなと俺は察した。


「じゃあ、一瞬で倒れた俺はラッキーだったわけだ」


「食べさせられた時点でそうとは言えませんが……」

あはは、と二人して力なく笑う。……これからはちゃんと監督してくださいね?


「それで、先生。先生は先程倒れる前、何か私に話があるようなことをおっしゃっていましたが」

 おずおずと梅乃ちゃんは訪ねた。おそらく俺の体調を気遣ってくれていたのだろう。

ええと、と俺は先程までの状況を思い出す。そうだ、俺は今日授業後に、梅乃ちゃんに相談をしようとしていたのだ。もっとも、それは結構シリアスな内容だったため。


「あー、確かにそうだったんだけど。それをこの態勢でお願いするのもどうかなぁ、と思ったり思わなかったり」


「あはは、ですよね~」

俺はほんの少しの名残惜しさを覚えながら緩慢に身体を起こすのだった。


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