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だから私はパパが好き 

 しゃかしゃかと、各々が回答用紙に向かってシャープペンシルを動かしている。テスト範囲の予習は前回までに終了して、今はそれぞれ苦手科目の演習タイムだ。先生手製の問題用紙とにらめっこしながら、みんな必死に頭を悩ませていた。


 みんなで一緒に受ける先生の授業ももう四回目だから、始めの頃のようにわいわい騒いで時間を浪費することも少なくなって。今、教室、もとい、私の家の二階の大部屋はしんと静まり返っていた。かちかちと、時計の秒針が進む音が聞こえるくらいだ。


 あの花凛でさえ、先生になだめすかされしながらなんとか机に向かっている。


「せんせ~、この問題わかんない」

 私のとなりで花凛が手を挙げると、先生が、ずいと身を乗り出す。


「え~っ、どれどれ……。問:一辺が六センチメートルの正方形ABCDの辺上を、頂点Bからスタートして、頂点Cを通り、頂点Dへ一定の速さで動く点Pがある。点Pが移動を開始してから、三秒後に三角形ABPの面積が九平方センチメートルとなるとき、以下の問に答えよ」

今の私たちの勉強範囲だと関数の問題だね。正直これは結構レベルが高いかも。


「これの、どこが分からないかな?」

 優しい先生の問いかけに対して。


「あ~、Pって何で動くんだ? タイヤでもついてんの? ガソリン入ってる?」


「……」

 うぅ~ん、机に向ってはいるけれど、成績が上がるのはもう少し先の話になりそうだな。ってか先生困ってるなぁ……。確かに動く点Pって、誰もが一度は疑問を抱くって、インターネットのおっきい掲示板に書いてあったけど。別に定期的に見てるわけじゃないからっ。


「あーっと、これはね。本質的に何かってことは気にしなくていいんだ。そういう点があるんだけど、名前がないと呼びにくいでしょ。だからとりあえず、Pと呼ぶことにしましょうって、問題を作った人が決めただけ」

 ま、真面目に答える必要あったのかなぁ。おっと、自分の手元がおろそかになっている。集中集中。


「えぇ~っ、何かの頭文字ってわけじゃないのかよ~」


「いや、敢えて言うなら恐らくPointって、そういうことじゃないな。まあ、何かの頭文字だと思った方が花凛ちゃんが解きやすいならそう思ってくれてもいいよ。例えば、この正方形を、どこかの道路とイメージして。その上を動く点は……そうだな、お父さん、パパの車だから、頭文字をとって、点Pと考える。まあ、ちょっと強引だけどね。だからこの際、タイヤもついてるし、ガソリンも満タンだと思ってくれていい」


 先生は苦笑いしながら頭を掻いている。でもやっぱりさすがは先生だ。花凛の扱いにも、少し慣れてきたみたい。


「え~っ。あたし、パパは嫌い」


「そ、そっか、パパは嫌いか。まあ、パパじゃなくても何でもいいんだけど」

 あ、先生少し悲しそう。あと、花凛のお父さんはとんだ災難だったね。え? 私にそれを責める権利はないって? いや、私はちゃんとお父さん大事にしてるもん。あんまり家に帰ってこないところとか、ちゃんと好きだよ。…………何か問題ある?


「じゃあ、ぱっくんちょでもいい?」


「ぷっ……」


「梅乃ちゃん、集中」


「はい、ごめんなさい」


「なぁ、ぱっくんちょはダメなのか?」


「あー。別にそれでもいいんだけど。花凛ちゃんにその問題は早いだろうから、とりあえず、別のとこ考えようか」

 爽やかな笑顔でそう告げていた。先生……、それでいいんですか。


「あの、先生、わた、私は、ここが分かりません」

 すると今度は、美月ちゃんがおずおずと手を挙げる。先生は、すぐに花凛をほったらかしにして、笑顔を浮かべながらすすすと身体を移動させた。なんか、先生、生徒によって態度違いません? そういうの良くないと思うけどなぁ。美月も美月だよ。初めはあんなに怖がっていたくせに。まぁ、いい変化ではあるんだけど。


「どの問題かな」


「あの、私、どうしても英語に苦手意識があって。文法は大丈夫なんですけど、文章の和訳がうまくいかないんです」


「なるほど、例えば?」


「これとか」

 美月がおずおずと問題用紙の一文を指さす。


「Can you make the bed? なるほど。助動詞を使った一文か。試しに訳してみて?」


「え、ぇぇえと。あなたは、ベッドを作れますか?」


「ふっ」


「雪歩ちゃん、集中」


「は、はーい。ごめんなさい」


「ええと、確かにCanには『できる』、makeには『作る』という意味があるけど。英語が全て日本語と一対一で対応していると思うのはよくない。確かにそうやって覚えるのもいいけど、英単語が持ってるイメージ自体をなんとなく知っておくことも大切だ。それで、だんだんと自然な日本語訳が出来るようになる。この場合は、ホテルの従業員たちの会話だから、『ベッドを整えておいてくれますか?』くらいの感覚で大丈夫だよ」


「あ、そっか。日本語でもベッドメイキングっていいますもんね」


「そうそう、その調子」

 ぽんぽん、と美月ちゃんの肩に先生が軽く触れる。


「えへへ」

 美月も満面の笑みである。あ、ちょっとそれ、そういうのは私の役目じゃないの⁉ 最近二人はちょっと仲良すぎだよっ。あっと、いけない、集中集中。


「あと、先生、同じようなことだと思うんですが、こっちもよく分からなくて」


「えっと、どれかな」

 そんな私の心境を尻目に、美月はもう一つ質問を重ねる。


「これです。この会話の最後の、You are a nice girl! えっと、良い、女の子、って訳したんですが、なんかしっくりこなくて」


「なるほど。さっきみたいな感じで、単語のイメージを思い浮かべて少し自然な形に直してみようか。意訳って言うんだけど」


「えぇっと。いい、女の子。すばらしい……。かしこい? うぅ~ん。合ってるんでしょうか。先生ならどう訳すんですか?」


「君は、ステキな女の子だね」


「へっ?」

 美月が聞き返す。ぱきっ、と私のシャーペンの芯先が折れてどこかへ飛んで行った。


「だから、君はステキな女の子だね!」

 べりっ……。いけないいけない、ちょっと消しゴムに力を入れすぎてノートがやぶれちゃったよ。ってか、美月ちゃん、その問題のチョイスに意図を感じるのは私だけかな?


「はぅ~っ。せ、先生、そんな。素敵だなんて」

 いらっ。確実、確実にこれ意図的だよねっ。先生、気付いてっ。美月、美月がぶりっこしてますっ。そしてちらりと、先生の表情を盗み見ると。


「べ、別に、美月ちゃんに言ったわけじゃないからね。英訳だからね」


「あぁああああっ‼ なんで先生も顔赤いんですか~っ‼」

 あ、い、いけない。思わす思ってたことが口に出てた。


「いや、俺は赤くなってなんてないからっ」


「先生っ! それに梅乃と美月も、集中してください」


「……」


「はうぅ」


「は、はい。ごめんなさい」

 きっ、と雪歩に鋭い視線を向けられて、しゅんと頭を下げるしかなかった。雪歩に突っ込まれるなんて、一生の不覚だよ……。


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