やっぱりツッコミは間が命だね
「先日のテストを返したいと思います」
翠さんが用意してくれた低くて大き目のテーブルで、四人の幼女……間違えた、少女を前にして、俺は高らかに宣言した。あぁ~、これなんとなくやってみたかったんだよなぁ。梅乃ちゃん一人の時だと雰囲気出ないし。あ、次は小慣れてきた若手教員設定で、テスト返却するぞ~って感じでいくか。塾形式もたまにはいいなぁ。
「は、はーい」
「返してもらわなくても、大体の点数は分かるけど」
「や、優しく返却してくださいね? 私まだ先生のこと怖いんですからね?」
「えぇ~、テストっていつのやつだよ~」
前言撤回。やっぱり梅乃ちゃんとのワンオンワンこそが最高。他意はありません。うぅ~ん、地の文で説明しなくても、誰の台詞なのかが大体分かるのは、神様、もとい作者様的にはグッジョブなんだろうけど。
「え、えーと雪歩ちゃん、確認テストは自分でも気づいてないようなミスがみつかるから、ちゃんと復讐しようね」
「え、あ、はい。満点かと思ってました」
「…………」
「美月ちゃん、いきなり近づいたりしないけど、この距離なら大丈夫かな?」
「は、はははは、はいぃ。大丈夫です。……多分」
「…………」
あと五十センチ下がるか……。
「それから、花凛ちゃん。前やったテストのこと、もう忘れたかな?」
「ん~。テストってそもそもなんだっけ?」
いらっ……。
「せ、先生、みんなの発言にいちいち反応していると、授業にならないと思うので」
束ねていたテスト用紙を筒状に丸めて、にこにこしたままそれを振りかざそうとしたところ、梅乃ちゃんがおずおずと口を挟んだ。ありがとう、犯罪者にならずに済んだよ。
「そ、そうみたいだね」
「はい、適度に無視するのがコツです」
満面の笑顔で梅乃ちゃんはそう言った。ほんとにそれでいいのかなぁ……。普段からの彼女の苦労が伺える。
「あの、先生、それで、テストは?」
雪歩ちゃんが聞く。それで俺はようやく本題を思い出した。
「そうだね。じゃあ、まずは梅乃ちゃんから行こうか」
「は、はい」
彼女は定期的に俺が作ったテストを受けているけど、いつまでたってもその返却の時は少し緊張している。ひどい結果になることは滅多にないため、そんなに怖がる必要はないのだが、そんな姿を見せられると、早く返して安心させてあげたくなる。ああ、いい点だったし、頭なでてあげようかなぁ。おっとみんなの前だった危ない危ない。
「梅乃ちゃんはいつも通りだ、よくできてる」
実施したのは、定期考査にもある程度積み上げの学力が必要になってくる、数学、英語、理科のみだ。数学八割五分、英語九割、理科が七割五分といった出来。テスト二週間前でこれなら本番には余裕を持って臨める。
「あ、ありがとうございます」
笑顔になって、答案を受け取る。うん、これが模範ケース。などと思っていると。
「なるほどぉ~、梅乃が基準になるわけだな。次は何位をあけるんだ? やっぱ、王道では二位か三位だよなぁ~」
花凛ちゃんがなにやらぶつぶつ言っていた。ここは先刻の梅乃ちゃんのアドバイス通り、一旦無視を決め込んでみる。
「で、次は雪歩ちゃん。すごいよ、自分で言ってたとおりほぼ満点だ」
「これくらい、褒められるほどじゃありません」
「数学で二問だけ、空欄があったね、分からなかった?」
「いえ、ちょっと時間が……」
「なるほど、スピードは慣れればついてくるからもうちょっとだけ頑張ろう」
こくりと雪歩ちゃんは頷く。その表情が、一瞬曇ったのは俺の気のせいだろうか。
「かぁ~っ。まさかの優勝から開けるパターンかよ。せんせー、新しいなっ」
「……」
これずっと無視すんの? けっこう難しいな。ちらりと俺は梅乃ちゃんに確認の意味で視線を送ると、両手てバツ印を作っていた。なるほど、まだ無視でいいわけね。
「さってと。多分梅乃は二位だろ~。残るは三位と最下位かぁ。どきどきすんな~」
ごほん、と俺は大き目の咳払いをする。
「じゃあ、次だけど……」
「さぁ、どっちだ~。どっちが最下位なんだ~」
ちらりと、もう一度だけ俺が目線で梅乃ちゃんを確認すると、満面の笑みを受かべながら、両手で丸印をつくっていた。このタイミングなのっ?
「あんたに決まってんでしょうがぁ~」
けれど、僕が大きく息を吸い込む前に雪歩ちゃんに先を越されてしまった。てか、ツッコミ所はそこっ?
「あう、あう、雪歩ちゃん落ち着いて」
雪歩ちゃんの右手が、派手に花凛ちゃんの後頭部を叩いて。その雪歩ちゃんを美月ちゃんが必死に取り押さえようとしていた。
「プ、プレバトばりの順位制度は必要ないから」
最後に梅乃ちゃんが控えめにそう言った。なるほど、これは花凛ちゃんがボケて、雪歩ちゃんがそれにツッコミと見せかけたボケを挟んで、最後に梅乃ちゃんがほんとにツッコむっていいう、変則お笑いトリオなのか。いや、違うか。
「そ、そろそろ返すよ。美月ちゃんが先ね」
最終的には、つまり話を引き戻すのは俺の役割なのかと割り切って、口を挟んだ。どうにも締まらないんだよなぁ。
「ひゃい……、はい」
「美月ちゃんは、まあ、そこそこって感じかな。でもテストまではまだ二週間あるから、今から しっかり取り組めば十分いい点数を取れると思う」
俺が手渡したテスト用紙に、美月ちゃんは恐る恐る手を伸ばす。うん、そんな臭いものに触れるような態度を取られると、お兄さん悲しいよ。
「が、頑張ります」
けれど、最終的にはそう言って、俺の目を見ながら用紙を受け取ってくれた。
「うん。がんばろう」
初めて美月ちゃんが目を合わせてくれたことが嬉しくて、俺が笑顔でそう返すと、やっぱり彼女はすぐに頬を赤らめて、ぷいと目を反らしてしまった。因みに、さっきから何故か、じっと半眼で俺を見つめる梅乃ちゃんの表情が怖い。こほんと咳払いしてから俺は気を引き締め直す。最後に残った答案用紙は、もちろん花凛ちゃんのものだ。うぅ~ん、これだけは他の三人と違ってコメントし辛い。
「よし。これで返却は終えたことだし。ここからは復讐タイムに移ろうか」
とりあえずなかったことにしてみるけれど。
「えぇ~。あたしの分がまだだぞ~」
彼女もそこまで、バカ……間違えた頭が回らないわけではない。
「ああ、そうだったね」
「も~う、先生ってば、忘れんぼさんだなぁ。おじいちゃんか?」
「ちょっと、花凛! ふざけないっていったでしょ」
雪歩ちゃんが窘めてくれるけど、俺としてはもう彼女に何を言われたところで痛くもかゆくもなかった。人間、相手が馬鹿だってわかると急に心にゆとりができるよね。あ、とうとう馬鹿って言っちゃったよ……。あの、一応言っておきますが、本来先生なら初めから余裕を持って臨むべきだというのは分かってますからね。
「まあまあ。んじゃ、花凛ちゃんの分はこれ。まあ、花凛ちゃんは勉強はちょっと苦手みたいだけど、これから頑張っていこう」
「おう。修行タイムだな~。楽しいことなら大歓迎だぞ」
手渡した答案用紙の点数を見るに、きっと楽しい時間にはならないだろう。しかしそれを受け取った花凛ちゃんは、おお、と驚いたような表情を見せた。
「見ろ見ろ、雪歩ぉ~。二十点もある~‼」
「えぇぇぇ……。あんた、なんでその点数で自慢げなのよ」
「花凛ちゃんはどんなときでも、堂々としててえらいね」
何故か美月ちゃんはその様子に感心し。
「いや、さすがにその点数なら恥ずかしそうにするのが、正解かな」
梅乃ちゃんは苦笑いだ。そこでばっと、答案用紙片手に彼女が俺に詰め寄る。
「せんせい、せんせい、どうだ? あたしも結構見込みがあるだろ?」
いや、近い近い近い。男の人にそんな無邪気に顔をよせちゃいけません。ってか、この子も、その……、なんていうか、黙っていれば少し勝気そうな目元とか、きりっと形のいい眉とか、はっきり通った鼻筋とか、将来有望株、と言えないこともないけど。いや、発展途上の今の方が需要はあるのか? あ、別に生徒を変な目で見てるわけじゃないですよ。べ、別に彼女はタイプじゃないんだからね!
などと、一瞬、ほんの一瞬だけ、花凛ちゃんに魅力を感じそうになるけれど。結局俺の視線はその答案用紙に吸い寄せられるのであった。
「うん……。まずは一教科だけでニ十点とれるようになろうか」
肩に手をのせて、出来る限りの笑顔で告げる。それを聞いて、苦笑いであった三人の表情が引きつったのを、俺は見逃さなかった。
*****
「じゃあ、ここからは、雪歩ちゃん以外の三人ともが間違っていたところを中心にテストを見直していこうと思う。今日はそこまでで終了で、明日からは、テスト範囲だけどまだ学校では習っていないところを先取り。残りはひたすら演習時間だ」
はい、は~い、こくり、おっけ~と思い思いの返事が返る。
「それで、悪いんだけど、今日だけは雪歩ちゃんにはほぼ必要ない振り返りの時間になってしまうんだ。自分で別の勉強を進めてくれてもいいけど、どうしようか?」
すると一瞬思案してから、雪歩ちゃんは口を開いた。
「先生のお話を聞こうと思います。偶然正解したところもあるかもしれないので」
おお、さすが噂の秀才。
「わかった。たまに質問もするから、分かる人は答えてね」
もう一度全員が頷く。ようやく軌道に乗り始めたな。
「まずは英語から。事前に梅乃ちゃんに話を聞いた限りだと、今回のテスト範囲は、三単現と助動詞がメインになりそうだと思う。ここはこれから英語を勉強していく上ですごく大切な部分になるから、今回をきっかけにしっかり身に着けてほしい」
「なぁ、せんせー。ジョドウシってなんだ~」
早速俺の話を花凛ちゃんが遮る。これをいちいち相手にするのは少々面倒そうだ。
「質問がある場合は挙手すること」
「せ、先生、いつもの授業はそんなルールないのに」
「発言がある場合は挙手すること」
「はいは~い」
ようやく、花凛ちゃんが素直に手を挙げる。
「はい、花凛ちゃん」
「じょどーしって何? 女同士で、するってこと?」
「何を⁉ 何をするって言うのよ!」
思わず突っ込んでしまった雪歩ちゃんに。
「だ、ダメだよ雪歩ちゃん。手を挙げないと」
小声で美月ちゃんが囁いていた。
「それじゃあ間が悪いじゃないっ」
「別に、芸人じゃないんだからテンポのいい突っ込みに拘る必要もないけどね……」
始めはこんな風に、控えめだった梅乃ちゃんも。
「だから、じょどうしってなんなんだよ~。松坂牛?」
「それは、上等な牛でしょっ!」
「せ、先生、このクラスの性質上、やっぱり突っ込みだけは自由性にした方がいいと思いますっ」
最後にはやや慌てた様子で、挙手と同時に、指名を待たず訴えていた。うぅ~んこのやり方は失敗だったみたいですね。ごほんと大き目の咳払いで、四人はようやく静かになった。ああ、これから毎回これやるのかなぁ……。




