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別に先生のことなんて何とも思ってないんだからねっ

「おいおい梅乃~。あの先生ホントにダイジョウブなのか?」

 いつものように柔らかな西日が差し込む夕刻、花凛がそんなことを言い出した。換気のために開け放った窓から吹き込む秋風はこの時期は少し肌寒い。テスト終了時まで、この教室は暫定的に今まで使用していた私たちが間借りしている。


「あの先生って、菅原先生のこと?」


「そうにきまってんじゃん」

 私は先日の光景を思い出して一瞬思案する。まあ、あれは決して順調な滑り出しとは言えなかった。でもその原因はほとんど私たちだったよね。


「う~ん。花凛はまだしっかり授業をしてもらったわけでもないでしょ? そういうことは次の授業も受けてみてから考えよう?」

 私はもちろん、先生のことは信頼しているが、それを今、花凛に頭ごなしに伝えたところで、信じてもらえないだろう。


「あ~っ。やっぱり梅乃ってば、先生のアレを持つんだな」


「ちょっと、アレってなによ。肩を持つの間違いでしょまったく……。ここは花凛の『先生の肩を持つんだ』、から、『別にそういうわけじゃないからっ』て梅乃が赤面して大声を上げる場面だったのにぃ」


「ゆ、雪歩、私もう何に突っ込んでいいのかわからないよ……」

 花凛のボケに、突っ込みのふりをした雪歩がボケを重ねるものだから、お笑い的にはもう構造が意味不明になっていた。


「それで、さっき花凛は菅原先生のこと疑ってたけど、何か不満でもあったわけ?」


「え~急に言われてもなぁ。でもこの間が初めてだった訳だしぃ。雪歩はむしろ何も不安はなかったのかよ」


「え? 私? 私は梅乃が信頼してる先生って時点でそんなに心配はしてないわ」


「し、信頼だなんてそんな」

 先程は赤面しそこねたが、今度はしっかり照れながら指摘する。た、たしかに、私は先生のこと信頼してて、授業はわかりやすいし。優しいし。お話してても楽しいからだいすっ……、あっと危ない。スキがあふれ出るところだったよ。あ、結局好きって言っちゃった。えへへ。


「何にやにやしてるの。気持ち悪いわよ、梅乃」


「ひどいっ」

 こんな時だけ無駄にクールな雪歩のツッコミに一刀両断されてしまった。涙目になっている私を尻目に、雪歩は続ける。


「それに、この間先生が出してくれたテスト問題。あれは菅原先生の自作かしら?」


「ん? 多分いつも先生がくださるプリントと似ていたから、先生が作ってくれたんだと思うよ?」

 得心を得たように雪歩が数回頷く。


「だったら私は、やっぱり菅原先生のこといい先生だと思う」


「えぇ~、なんでだよう」


「だって、出てくる問題は私たちの勉強範囲をまんべんなくカバーしていたし、問題の難しさも、ちゃんと私たちのレベルによって出来る出来ないがはっきりするように、簡単なものから難しいものまでがいっしょになっていたもの」

 さすが先生、そんな風に問題を作ってくれていたんだね。私が感嘆の溜息を洩らす。


「梅乃は気付いてなかったの?」


「気付いてないというか、全然気にしてなかったよ」

 その辺りが理解できる雪歩も、やっぱり秀才なんだなぁと感心する。けれど、同時に少しだけ、胸のあたりがちくりと痛む感覚もあった。先生のこと、一番知ってるのは私なんだからね……。


「まあ、本当のところは、ちゃんと先生の授業を受けてみないと分からないんだけどね。花凛は次、絶対授業中ふざけちゃダメだからね」


「えぇ~、でもあの先生、変なお面かぶるし、訳わかんないセリフ言うし、それに美月を泣かすじゃん」


「絶対、ふざけじゃ、ダメなんだからね‼」


「はぁ~い」

 いや、だからお面をかぶらせたのは私だし、台詞を言わせたのは花凛だし、泣いたのはそもそも美月の人見知りのせいだからね……。事実には一切反していない内容に、私は反論しかねていたが、そこは雪歩が威圧感だけで鎮圧していた。


 ……ホントに先生、立場的に大丈夫かな?


「それはそうと、今日は美月、どうしたの? さっきからずっと、部屋の隅でスマートフォンを眺めているけど」

 今日もいつものように、いや、いつもって言っちゃダメなんだけど、そうとうがやがややっていたはずなのに、美月は全然すったもんだに参戦してこなかった。もしかして、余裕、余裕なのかな。ひとりだけちょっとお胸のおやまがおっきいからって、そんな態度でいたら、ファンのおっきいお兄ちゃんたちから見放されるんだからね。いや、違うか。


「あぁ~。美月なら今は修行中なんだよ~」


「へ、修行? ああやってスマートフォンを眺めているのが?」

 授業に不要な電子端末の学校持ち込みは基本的に校則で禁止されているけれど、スマートフォンは学生ほぼみんなが鞄や制服に潜ませている。


「そうよ、次回から先生の授業を受けるための大事な修行中」

 この様子を見ると、どうやら雪歩も訳知り顔である。


「一体何をしてるっていうの?」


「梅乃が気にすることじゃないのよ」

 疑問を投げかけてみた結果が、どうにも怪しい。もう一度、少し離れた教室の隅に視線をやると、なにやらイアフォンまで使って音声も聞いているようだ。


「どうして? 別に教えてくれたっていいでしょ」

 つかつかと美月の方へ私が歩み寄ろうとしたが、そこに素早く人影が割り込む。


「にゃはは、だめ~」


「え、ちょっとぉ」


「だからダメだってば~」

 立ちふさがる花凛の肩に手をかけてぐいぐいと道を開けさせようとするけれど、花凛は何故か進ませてくれない。


「そうよ、人のスマートフォン勝手に覗くのは良くないわ」

 ついには雪歩までも花凛に加勢する。いよいよききな臭くなってきた。妙だな、雪歩が花凛の肩をもつなんて、と頭脳だけ大人な名探偵ばりの推理を働かせ、私は雪歩の方に問い直す。


「勝手にって、美月がいいって言えばいいでしょ? 花凛と雪歩がそれを邪魔する権利はないよね。どうなの、雪歩?」


「ま、まあ、今回はダメったらだめなのよね。ねぇ、花凛?」

 すると雪歩は少し気まずそうに視線を反らした。分かりやすく冷や汗をかいているみたい。あ、これ黒確定だわ。相変わらず隠し事は下手だよね。


「そうだぞ、まあ、落ち着けよぉ」

 ぐいぐいと肩を押し返して、花凛が私を机に座らせる。


「そ、そういえば、梅乃、今日はまだ全然書いてないんじゃないの? 文学部なのに、活動中に創作しないのはあんまり良くないと私思うけどなぁ」

 うっ、急な話題転換。だけど、事実だから無駄に反論しにくいな。


「それを雪歩と花凛に言われたくはなんだけど」

 けれど、あっさり白旗を上げたりはしない。じぃ~っと半眼で二人を見つめる。


「うっ」

 思わず今度は雪歩が言葉を詰まらせた。


「なぁ、雪歩、どうすんだ。このままだときっと、あの事が梅乃にバレちゃうぞ」


「ちょっと、あんたは黙ってなさい」


「けどよぉ~」


「い、今明らかにバレるって言った、バレるって言ったよね! やっぱり何か私にやましいことがあるんじゃない!」


「やばいそ雪歩、これもう美月に先生の写真をあげたことバレんじゃないか?」


 へ⁉ 写真⁉


「ちょ、花凛、今自分でバラしてるバラしてるっ」


「はっ、しまった。梅乃にあの写真の存在がばれたら絶対に作戦に反対されるから、黙ってろって雪歩に言われてたのに」


「ちょっと、花凛⁉」


「はっ、しまった。梅乃は絶対先生のあのお昼寝ショットを独り占めしようとするから、黙ってろって雪歩に……」


「あんた、もう喋んなぁ~っ」


「ゆぅ~きぃ~ほぉ~ちゃ~ん。一体どういうことかなっ‼」


「違うの違うの。別に、美月が早く先生に慣れるように、花凛に先生の隠し撮りをお願いしてそれを美月に毎日見てもらおうなんて考えてなかったの~っ……あっ」


「考えてることが駄々洩れだよっ‼ もういい、美月に直接聞くから」


「あ、こら、ちょっと梅乃ぉ~」

 普段は決して出せないようなパワーと瞬発力で、私は花凛を振り切って美月の下へ一目散に駆け出す。


「美月っ、ちょっとそのスマートフォン見せてもらうよ」


「え? え? 梅乃ちゃん? 一体どうしたのそんな形相でって、……はうっ」

 スマートフォンを見るのに夢中になっていた俺は、背後から近づいてくる……あ、間違えた。スマートフォンを見るのに夢中になっていた美月は私が近づいているのに気づいていなかったようで、あたふたしていた。ちょっと乱暴だと思ったけど、私は美月の手からそのスマートフォンを取り上げる。


 そして、まず私の目の前に移ったのは。

 手持ちの腕時計に流し目を送る先生の横顔。(下からのアングル)


 しゅっと、素早く画面をスクロールして次に映し出されたのは。

 見切れた私の頭に手を伸ばす、先生の優しい笑顔。(下からのアングル)


 そして勢いに任せてもう一度画面をスクロールして映し出されたのは。

 ノートを取るためにペンを握っているものの、眠気と戦っているようで、瞼が半分落ちている先生の油断気味な顔。(横からのアングル)


 何これ、めっちゃ欲しいんですけど~~~~‼


「って、なんであの日以外の先生の写真もあるの⁉」


「へ? 梅乃がトイレに行っている間に先生におねだりしたらふつーにくれたぞ」


「あぁ~ん、先生ガード緩すぎです」


「ちょっと、梅乃ちゃんどうしたの、落ち着いて?」

 思わず声を張ってしまった私に美月が驚いた様子を見せる。ふと、その両耳から垂れているイヤフォンコードが目について、そういえば音声も聞いていたなと思い出す。


「ちょっと、これも借りるね」


「あうっ」

 美月が悲鳴を上げたことも気に留めす、それを片耳につっこむと。いつも授業中に聞く先生の、少し低い大人の声が聞こえてきた。それは、ちょうどあの日のワンシーン。


『大丈夫だよ。梅乃ちゃんは悪くない。いい子だから安心して』


「……⁉」


 その時私の脳髄に、雷が落ちた気がした。その手があったかっ‼ 無言のまま私はその音声を数秒前まで巻き戻す。


『大丈夫だよ。梅乃ちゃんは悪くない。いい子だから安心して』


「あ~~~~っ、先生、そんな優しくしないでください~~~~~っ」


「ちょ、梅乃ちゃん? 大丈夫?」

 すっかり壊れ切ってしまった私を美月が覗き込んでいた。その心配そうに揺れる瞳を見て私ははっと我に返る。やった……。これは明らかにやってしまった……。


「こ、この写真と音声は……」

 私は羞恥にわなわなと震えながら、なんとかそれだけを絞り出した。


「写真と音声は?」

 ごくりと唾を飲みこんで、三人が私に注視しているのを感じる。こうなったらもうなりふりかまっていられない。


「没収します~~~っ」


「えぇぇぇぇっ!!」


「だ、ダメよ。黙っていたのは悪かったけど、美月が早く先生に慣れるにはいい方法でしょう」

花凛の講義の悲鳴に加え、雪歩が説明口調で告げる。


「ダメっ。だってどうせこれ、あの日のこと全部録音されてるんでしょ? こんなデータが残っていたら先生の沽券に関わると思いますっ」

 なんとか正当に三人からデータを取り上げようとする。すると美月も口を開いた。


「お願い、梅乃ちゃん。もうちょっとなの。初めはやっぱり怖かったけど、何回もその写真を見て、声をきいているうちに、だんだん、その、先生のこと、いいな、って。かっこいいなって、思えるようになってきてて」

 にへらと、美月特有のほわほわとした笑顔でそんなことを口走るものだから。


「やっぱり、没収。没収しますっ。絶対しますっ。私が家に持ち帰った上で、きっちりと誰にも見られないように処分します~~~っ‼」

 思いっきり言い放つ。


「落ち着いて梅乃、今さらっと、欲望、欲望が顔を覗かせてたからっ」


「別に、私が欲しいから没収って言ってるわけじゃないもんっ」

 そこで、反論に夢中になっていた私は、背後に花凛が近づいていることに気付かなかった。瞬間的に、ばっと、左手からスマートフォンを奪い取る。


「よっしゃぁ~、取り返したぞ」


「ナイスよ、花凛、それをこっちへ」

 そのまま、少し離れた雪歩へとそれを下手投げでリリースする。


「ダメぇ~~っ」

 なんとかそれを防ごうと、私は右手をその軌道上に差し出して……。見事私にインターセプトされたスマートフォンが、軌道を変えてそのまま、空いていた窓へ飛び込んでいく。世界の全てがスローモーションになったかのような錯覚。


「あ」

「やべっ」

「うそっ」

「私のスマホ~~」

 四人の声が重なった。一斉に、窓際へと全員が駆け寄る。

案の定、私たちの視界が捉えたのは、校舎二階分を自由落下して、大破した様子のスマートフォンだったものであった。うん、重力加速度の威力ってすごい。


「なぁ雪歩? あれデータ残ってると思うか?」


「あの様子じゃ、望み薄でしょうね……」


「あぁああああん、私のスマホがぁ。お母さんになんて説明すればいいのぉ~」


「ちょ、ごめん、ほんとにごめんね。美月。ああ、もうどうすれば……」

 後日、お母さんと一緒に美月の家へ謝罪に行くことになりました。美月、美月のお母さん、そして巻き添えを食った私のお母さん、ほんとにごめんなさい。


 久しぶりに、めちゃくちゃ真面目に反省したよ。


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