そういえば俺って何サークルに入ってるか説明したっけ?
「うぅ~ん。これはなかなか」
俺は、先日満ヶ谷学園中等部の四人に解かせた能力診断テストの採点を行っていた。とりあえず、梅乃ちゃんの授業進捗具合を参考に、中学一年生前半の内容を、解いてもらったのだが、その結果は実に様々だ。上は、百点近くから、下は……。下は……。
うん、これは、採点ミスとか、解答欄ズレとかの可能性もあるから、後でもう一度採点しようかな。そんでもって、本当にこの点数だったら、先生辞めちゃおうかな。下手にみんなの勉強を見るとか言い出した、数日前の自分を叱責したい。
「おーい、勉。何やってんだ?」
「うわっ……。なんだ、長谷太か」
急に後ろから声を掛けられて、慌てて俺は解答用紙を鞄につっこんだ。四人の授業を請け負うことを決めた俺は、作問から、採点、勉強計画の立案と大学入学以来の多忙期を迎えてしまっている。講義間の空きコマとは言え、キャンパス内で中学生の答案用紙を広げるのはやめておこう。
「なんだとはなんだ。せっかく呼びにきてやったのに」
「す、すまん。それで、なんの用だったんだ?」
問うと長谷太は講義室の後ろ側を、クイクイと親指で指しした。くっ、その仕草無駄に俳優っぽいな。とか、なんとか考えながら、俺がそちらに視線をやると。にま~っと満面の笑みを浮かべた来子さんと視線がぶつかった。
だから、入学したての一年と違って、あなた四年生ですよね。暇なんですか。あはは、と俺もそれに笑顔で会釈を返すと、とんとん、とこちらへ身軽に掛けてくる。くそう、お美しい。映画のワンシーンみたいだ。
「やあ、やあ、菅原くん。ひ、さ、し、ぶ、り、だねぇ」
やっぱり来子さんは、満面の笑みをうかべていたけれど、その笑顔は例のどこか威圧的なやつだった。だからそれ、怖いんですよ……。
「来子さん、おつかれっす。俺は別に久しぶりってほどじゃないですが」
「そうだね~。きのっちはいっつもサークル顔出してくれるもんね。私が言ってるのは、そっちで座ってる人のことだよぉ~」
ひっ。来子さんの目がギラっと光って、俺の肩にぽんぽんとその右手を乗せる。
「お、お久しぶりです。げ、元気そうで何より」
「元気そうで何より、じゃないっ! 勉くんあれから全然来てくれないじゃなーい」
ぷくぅーっと、とても二十一歳とは思えない態度で頬を膨らます。あーはいはい、あざとい、あざとい、あざとかわいいですよ、っと。くそ、ほんと可愛いなぁ。
「す、すみません。ちょっと、いろいろと立て込んでまして」
「立て込んでるって? キミまだ一年生でしょ? 時間はたくさんあると思うけど」
「え、えぇーっと。バイトとかですかね」
結局嘘が上手なわけでもないから素直に答えるしかない。すると、ふむ、と来子さんは一瞬考え込むような仕草を見せた。
「まぁ、バイトに精を出すのもいいけど、程々にね。大学優先じゃなきゃ、ダメだよ」
「は、ハイ」
「バイトとか、麻雀とかパチンコとか、そういうのに夢中になって留年したり大学やめちゃった人をたくさん見てきたから……」
「は、ハイ」
後輩に向けられる彼女の気遣いを感じて、俺は殊勝に頷いた。
「でも、来子さん、どうして俺なんかのことそんなに気にかけてくださるんですか?」
「ん~? どうしてかなぁ。それはねぇ……」
来子さんが意味深に口角を上げた。ごくりと俺は唾を飲みこんで次の言葉を待つ。
「勉くんがきてくれないとぉ~。お姉さん寂しいんだからぁ」
長谷太が、どこから出しているのかというほどの裏声で言った。
「…………」
せっかく美人な先輩に優しく叱られるという憧れのシチュエーションを堪能していたのに、台無しである。
「なんか突っ込んでくれよぉ~」
「いや、だって気持ち悪いし」
「親友に向かってひっでぇ」
「悪かった悪かった」
「謝り方が適当なんだよなぁ~」
「謝るべきはお前だろっ!」
いつもの調子であれやこれや言い合っていると、くすくす来子さんが笑う。
「あはは、やっぱり君らは面白いねぇ~。まあ、私も自分で誘った後輩のことは気にかけてるってことだよ」
ぺしぺしと俺の背中を叩く。
「はい。もうちょっと顔出すようにします」
「分かったならよし。そんじゃ、そろそろ本題に入ってもいいかな?」
その言葉に、俺と長谷太ははっとした。
「あ、すみません。わざわざ一年の講義室まで来てくださったんですもんね。なんの用事だったんですか?」
気を取り直して俺が聞く。すると、来子さんはまた、やや複雑そうに眉根を寄せた。
「何って、勉くん、まさか私との約束忘れたわけじゃないでしょうね?」
「へ? 約束?」
俺がきょとんとしていると、長谷太が口を挟む。
「あれじゃねぇーの? ほら新しくできたアウトレット」
「あうとれっと? アウトレット……、ああっ、アウトレット」
「あぁ~っ、その反応はほんとに忘れてたなっ‼」
「うおい、マジかよ。せっかく先輩ときゃっきゃうふふで膝枕……」
「うおおぉぉおおおいい!」
相変わらず場をわきまえない長谷太の発言を慌てて大声で塗りつぶす。
「違うんです。まさか、来子さんが本気で言ってくださってるとは思ってなくて‼」
慌てて俺は言い訳を並べたてた。
「もうっ、私、そんなに適当なことは言わないんだからね」
「す、すみません」
「まぁ、しっかり荷物持ちしてくれるなら、文句はないんだけどね?」
「は、はぁ……」
荷物持ちという発言はやっぱり聞き逃せないが、俺にここで文句を言う勇気はない。というか、文句の言い方も分からない。荷物もちじゃなくて、ちゃんとデートしたいです、とか? いやいや、その後のことを想像したら、羞恥心でのたうち回りそう。
「それで、来週の週末なんてどうかな? 予定は空いてる?」
俺は素早く、スマートフォンのカレンダーを起動した。予定を確認して、いや、結局予定があっても返事は変わらなかったと思うけど。
「大丈夫です。是非、ごいっしょさせてください」
パンと先輩が両手を打ち鳴らす。
「よかったぁ。じゃあ、九時に西京駅前集合ね」
その満面の笑みを見せられると、たとえ荷物持ちでも、なんとなく楽しみになってくるのだから、憎らしい。




