これお母さんが一番キャラ強くなってきてない!?
「じゃあ、改めて確認するけど」
「……ハイ」
頷く梅乃ちゃんは殊勝な態度だ。まぁ、俺にあんなことさせておいて元気いっぱいだったら、教育的指導確定だけどね。具体的には、具体的には、ぐふ、ふふふふ……。教育的指導ってなんか卑猥な響きだよね。あ、今確実に読者にドン引きされたな。冗談、冗談ですからね。
「こっちが、富永さんで」
「はい、雪歩でいいですよ」
雪歩ちゃんがすちゃと眼鏡を中指で押し上げる。
「こっちが西村さん」
「おう、花凛でいいぞ」
花凛ちゃんは、びしっとサムズアップを決めて。
「で、この子が、菊池さん」
「ひえっ」
やっぱり、美月ちゃんは部屋の隅でガタガタしていた。
「ええと、みんな下の名前みたいだし、君も美月ちゃんでいいかな」
精いっぱいの笑顔を張り付けてみる。因みに俺はさっきゴミ箱に投げ捨てた面を再びかぶらされている。あ、これだと笑顔意味ないのか。梅乃ちゃん曰く、ないよりはマシ、なんだそう。
「あうぅぅぅ」
「いいよ、って言ってます」
「本当に?」
「ちが、……ふがっ⁉ ふが、ふがががが」
ようやく口を開こうとした美月ちゃんの口を雪歩ちゃんが塞ぐ。
「あはは、いいみたいですよぉ」
「今明らかに否定しかけたよね⁉」
「にゃははは。美月に慣れてもらうには、『ごはんですよ』、りょうじしかないって雪歩が言ってたぞ」
「なぜに、ここで桃屋⁉」
「ごはんですよ、じゃなくて、『あら』、でしょ。あ、ら、りょ、う、じ。何なのよその高度な変換ミスは」
「雪歩ちゃん、今のでよく気付いたね」
どうやら俺はしばらくイマドキJCの会話についていけそうにない。
「まぁ、付き合いは長いですからね」
「あはははは」
いろんなことを理解した上で、全てを誤魔化すように梅乃ちゃんは笑っていた。
「それはそうと私たちは菅原先生とお呼びすればいいですか」
いつまでも美月ちゃんのことを気にしていては拉致があかないと思ったのだろう。雪歩ちゃんが姿勢を正して俺の方へ向き直る。
「そうだね……。先生と呼ばれるのは慣れないけど。菅原さんでも、菅原先生でも、なんなら菅原くんでも、この際なんでもいいよ」
「にゃはは、じゃあ、スガワラで」
「ちょ、ちょっといきなり失礼でしょ」
「そうだよ、花凛やめて」
「ん~、ダメかぁ、なら梅乃は何て呼んでるんだよ?」
「えっ、私? 私は、せ、せんせいって」
え、なんで、そこで照れるのかな……。まあ、今の呼び方いじらしくてかわいいからいいんだけど。もう一回。いや、流石にみんなの前でアンコールはダメか。うん、みんなの前でなくてもダメですね。
「うぅ~ん、じゃあ、私たちも、先生ってことでいいんじゃない?」
「まぁ、そぉだよなぁ。よろしく、せんせい」
ぺこりと花凛ちゃんが頭を下げる。この辺りは意外と礼儀正しいようである。
「ああ、よろしくね」
「私も、よろしくお願いします」
続いて雪歩ちゃんも、こくりと会釈をして見せた。時間はかかったけど、どうやら、この二人は何とか面倒が見れそうだと、俺はほっと安堵する。
「美月、美月も先生にご挨拶を」
「はっ、ひゃい……」
部屋の隅で震えていた美月ちゃんがおっかなびっくり、顔を上げる。やっぱりなんだかこれ、俺がすごくいけないことをしいてるみたいですね。
「あの、別に、ムリしなくていいからね」
「あ、あああ、あの。よよよよ、ようよおよよよよよよ」
「分かった、分かったから。よろしくね」
仕方なく、俺は苦笑いしながら、ようやく挨拶を終えた。
「よく頑張ったね、美月」
「二、三回授業をしてもらえれば、美月もきっと先生に慣れると思いますので。……多分。あ、えーっとやっぱり恐らく? うぅぅん、まぁ、慣れるころには慣れますよ」
梅乃ちゃんが美月ちゃんをフォローする横で、雪歩ちゃんは秀才らしからぬ自家撞着を起こしていた。まあ、最後の吹っ切れたような爽やか笑顔で帳消しかな。
「そんで、センセー。今日は一体何をするんだ?」
意外にも、いや意外といっては失礼だけど、花凛ちゃんが話を進めてくれる。
「そうだね。そろそろ本題に入ろうか。もう時間も、かなり使ってしまったし……」
「あうぅ……。ほんとにごめんなさい。先生……」
「大丈夫だよ。梅乃ちゃんは悪くない。いい子だから安心して」
項垂れる梅乃ちゃんの頭をぽんぽんと撫でてやる。もじもじしている梅乃ちゃんを、はぁ、やっぱりこの撫で心地最高と、すりすりしていると。
「はわわ」
「じぃ~っ」
「じぃ~っ」
「え、じ、じぃ~っ」
わざとらしい視線を感じてはっと、我に返る。しまった、と思った時にはもう遅い。
「ごっ、ごめん、梅乃ちゃん」
「い、いえ」
裏返った声で梅乃ちゃんは答えた、そして、同級生たちに向き直る。
「ゴホン。……、時間もないので、そろそろ本当に、本題に入ろうかな」
「わ、分かりました」
「はぁ~い」
二人は素直に返事をするが。
「でもでも、悪いのは梅乃をたぶらかした先生なんだからな」
花凛ちゃんはどうやらそれだけではいじり足りないようだった。随分なお調子者である。
「はうぅっ」
「本題に、は、い、ろ、う、か、な」
「はぁ~い」
おっといけない。思わす、中学生を威圧感で抑え込んでしまった。気を取り直して俺はピシと人差し指を立てて話し始めることにする。
「それじゃあ話を戻すけど。まずは、みんなの実力を知るために、小テストを解いてもらおうと思います」
*****
カツカツ、シャッシャッと静かな室内に、四人の幼女、間違えた。四人の少女が鉛筆を走らせる音だけが響く。つい先刻までとは打って変わった静けさだ。うん、うんこれでこそ、あるべき勉強風景。
――――カリカリカリカリ。
ふん、ふふふん、ふ~ん♪。
――――シャ、シャッ、シャッ、シャッ
ふふふふふ~ん、ふふ~ん♪。
「梅乃ちゃん」
「は、はい。何でしょう」
しかし俺は、僅かに耳に届く陽気なノイズを捉えて、断腸の思いでその沈黙を破ることになった。
「ドアに施錠を」
厳かな声で言う。その時には既に、ギシギシと何者かが階段を踏みしめる足音も聞こえ始めていた。
「どうしてですか?」
「君のお母さん、翠さんが近づいている気配がする」
「えっ」
「この場に、翠さんにまで乱入されたら、俺はもう現場を上手く収められる自信がない。今ようやくみんなが勉強モードに入ったのに、それはだけは絶対にさけなければ」
「分かりました。でも、私は今テストを受けてるので、先生が施錠してくだされば」
「おぉ~い、二人ともなにこそこそやってんだ」
「花凛ちゃんはテストに集中してっ。点数低かったら、君にもパン太郎を全力でやらせるからなっ」
「こ、こぇえよ」
渋々と、花凛ちゃんはテスト用紙に視線を落とし直す。やっぱり君らもあれはやりたくないんじゃん……。
「そ、それで、どうして私が……」
先程までより、幾分声のトーンを落として梅乃ちゃんが問い直した。
「いいか、男子大学生が、JC四人を部屋に閉じ込めたまま、部屋の鍵を施錠していたら、梅乃ちゃんはどう思う?」
「ちょ、ちょっと危ない感じがしますね」
「そう、だから、せめて施錠は俺以外のだれかが……」
ガチャリ、とその時丁度部屋のドアノブが回る音がする。
「ヤバい、梅乃ちゃんっ」
「はいっ、先生!」
ばっと、その場を立ち上がって、梅乃ちゃんが扉を抑えに立ち上がる。
「はぁ~い、みんな……って、アレ?」
ガチャガチャとノブを回して扉を押すが、それは上手く開かない。すぐに内側から扉を抑えられていると理解したらしい翠さんが、ドンドンと今度は扉をノックする。
「ちょっと、梅乃ぉー。これ開けてよー。どうして入れてくれないの」
「あっ、お、お母さん。今ちょっと、大事なことしているから、後でもいいかな?」
「えっ? 大事なこと、大事なことってなぁーに?」
あれやこれやとやり取りをしながらも、がちゃがちゃとノブは動き続けているから、梅乃ちゃんと翠さんの水面下での攻防が続いているようだ。
何、と聞かれて助けを求めるように、梅乃ちゃんが俺の方を見た。ちなみに、この時既に、雪歩ちゃん、花凛ちゃんも何事かと顔を上げており、すっかりテストどころではないようだった。
「き、君たちは集中して。お、お大人しく、勉強するんだよ」
それを聞いた梅乃ちゃんは、俺の言葉をそのまま復唱しようとする。
「何って、お、おお、大人のお勉強だよっ……って、あれ……?」
「ちょっとおおおお、梅乃ちゃん?」
「きゃあ~、何かと思ったら、とうとう大人の階段上っちゃうのね。ごめんねぇ~お母さんたら邪魔をしてぇ」
「ちっ、違うのお母さん。私、大人しくって、言おうとして」
「お~、大人のお勉強って何だなんだ? 私も混ぜろよ」
「ちょっと花凛ちゃんは黙っていようか‼」
「ええぇ~。センセのイケズぅ」
「だから、あんたは、どこでそんな卑猥な響きの言葉ばかり覚えてくるのよっ」
とうとうたまらず雪歩ちゃんも参戦していた。
「そっかぁ、今日はオトモダチもいっしょだもんね。菅原くんったら最初っから飛ばすぅ~」
「ち、違いますからね~!」
一応大声で否定しておくが、翠さんはそんなもの気にも留めない。
「ねぇ、ねぇ、梅乃ぉ~。大人の階段って言っても色々あるわよね」
「だ、だから違うんだってばぁ~」
ことここに至っては、最早扉を開けてしまった方が事態は収束に向かいそうではあるが、動転して梅乃ちゃんはそのことに気付かない。うん、この子も美月ちゃんほどではないけど、テンパるとちょっと斜め上の行動を取りがちだよなぁ。
「ハグかしらぁ~、キスかしらぁ~、それとも、いろいろすっ飛ばして、セッ」
「おっ、かぁさああああんん‼」
必至の大声で、梅乃ちゃんがその先を塗りつぶそうとする。
「ねぇ、ちょっとだけ、ちょこ~っとだけでいいからお母さんに見せてよ」
「そんなの見せられるわけないでしょう!……って、間違えた、いや、実際見せられないことはしてませんからね。本当ですからね!」
「せ、せんせぇ~」
「梅乃ちゃん、もう扉、開けていいから……」
力なく俺は、梅乃ちゃんにそう指示を出す。扉越しでもこれほどまでに、場を引っ掻き回すこの威力、やっぱり、翠さんは規格外だ。
ちなみに、男の人の声は怖いからと、耳栓をして鉛筆を握ってくれていた美月ちゃんのおかげで、幸い俺たちが本当に勉強していたことが証明されたのだった。俺も、少女に対する強制わいせつの罪で明日の朝刊に載るのを免れたわけだ。
美月ちゃん、ほんとにグッジョブだよ……。




