初顔合わせで印象悪いのはお約束
俺は緊張に喉を鳴らす。今日は梅乃ちゃん以外の文学部の三人と初めて顔を合わせる日だ。どうやら梅乃ちゃんの提案に、文学部のメンバーは快く頷いてくれたらしい。そういった割に、彼女が少し疲れた表情なのが気がかりではあったが。
それぞれの子の性格と得手不得手を良く把握しなければ、みんなに適切な授業は行えない。まずは親睦を深めるところからかな、などと思考を巡らせながら扉の前に立った俺は少々の違和感を覚えた。思ったより静かだ。
同い年の女子中学生が四人も集まればもう少し騒ぐかと思ったんだけど……。
そして、扉を開けた俺は少々肩透かしを食らった。いつもの部屋にちょこんと腰を下ろしていたのは梅乃ちゃん一人だったからだ。
「あ、先生。こんにちは。今日もお願いします」
ぺこりと丁寧に立ち上がって頭を下げる。
「うん。よろしく、ところで、他の子たちは? 今日からたしか合流だったよね」
俺が口を開くと梅乃ちゃんは少々気まずそうに視線を反らした。
「あ、あー、そのことなんですが。今あの子たちは隣の部屋にいます。勉強も私の部屋だと狭いので、そちらでお願いします。ですが、その前に……」
ごそごそ、と梅乃ちゃんは机の下の袋を取り出した。随分大きな袋だな……。違和感をぬぐい切れない光景に俺が首を傾げていると、梅乃ちゃんがやがて意を決しかのように言った。
「…………これをお願いします!」
「え、パン……ダ?」
梅乃ちゃんが取り出したのはやけにかわいらしいパンダのお面だった。たしかこれは、朝の大きいお友達向け……間違えた。女児向け番組に登場するマスコットキャラクターだっただろうか。その……お面? 俺は思った疑問をそのまま口にする。
「これを、どうしろと?」
「……その、かぶってください」
ますます思考が混乱していく。
「今かぶればいいのかな……」
「いえ、今日は出来れば授業中ずっと」
「いや、おかしいでしいょ? 何でお面? 何でパンダ? 俺はこれからデ〇ノートでも持った人物に会わなきゃいけないの!?」
とうとう少々大声でつっこんでしまった。
「ああ、それだとお面の意味は説明できても、パンダである意味が……」
「ちょっと黙ろうか」
「……ひっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
おっと、いけない、思わず中学生相手にやや強引に突っ込んでしまった。……いや、変な意味じゃないからね。
「ああ、謝んなくていいから。とにかく何で俺がこれをかぶらなきゃいけないか納得いくように話してもらえる?」
「はい、実は、今日会ってもらう友達の中に、極度の人見知りがいるんです」
「なるほど……、それで?」
「特にもう、なんというか、男の人がとても苦手で……。初めて会う男の人の前では、泣き出すし、叫び出すし、がたがた震えるし、先生の授業をスムーズに受けられるとは到底思えません」
思わず俺は苦笑いを漏らした。
「それ、もう俺が教えない方がいいんじゃ……」
「それは困ります!」
思った以上に強く否定され、俺が身体を一歩引く。そして彼女の全身を見てはっとした。俺の目を見据える梅乃ちゃんの瞳は不安に揺れていた。
いや、だったらこの前段階の頼み方とかも、もう少しシリアスにいこうよ、とか、せめてキャラクターお面じゃなくてもう少しまともなの用意しようよ、とか、その他諸々が頭を過った。しかし、まずはこの子を安心させてあげないと……。
もうすっかり慣れてしまった動作で梅乃ちゃんの頭に軽く手を置く。
「大丈夫だよ。ちゃんと勉強は見るから」
「は、はい」
顔を伏せてしまったので彼女の表情から不安が拭われたかは定かでない。だから俺はもう少しの間だけ彼女の頭に手を置いておこうとした。
しかし……。
背中に視線を感じる。一呼吸おいて、勢いよく首を回すと、途端に三センチほど開いていたドアがぱたりと閉まった。
「…………」
しばしの沈黙。梅野ちゃんが状況をつかめず、きょとんとしていてかわいいが、今は我慢だ。いや、今でなくとも我慢だ。何を我慢するんですかね……。
辛抱強くもう十秒ほどドアを見つめていると、ふたたび、そっとそのノブが回る。ゆっくり開いた扉の奥から大きな瞳がこちらを覗いていた。相手は、俺がじっとドアを見ているとは思わなかったのだろう。こちらと視線が交錯すると驚きで目を見開いていた。
「…………」
そして再びしばしの沈黙。明らかにばちりと視線を交錯させてから、パタリと。
「いや、今明らかに目ぇ合ったでしょ!」
いつものパターンで翠さんに見られているのかと思ったが、それにしては視線が低い。それに、あの人はこんな風にこそこそしない。いや、ちょっとはこそこそしてくださいね。悪気を感じてくださいね。
ようやく事態を把握した梅乃ちゃんが、とてとてと扉へ向かいノブを回すと。
「きゃっ!」
「あうっ!」
「ふぇっ!」
かわいらしい悲鳴とともに三つの影がなだれ込んできた。
「ちょっ……いきなりなにすんだよ~、梅乃ぉ」
「いたた……ばれちゃったかぁ」
「お、お、おおおおおおお」
二人が各々、ぶつけたところを擦っている中で、一人だけが俺のことを指さして何やら口をぱくぱくさせていた。その様子を見た梅乃ちゃんと眼鏡の少女の反応は早い。
「梅乃っ!」
眼鏡の少女が、がたがた震えだしそうな女の子の両目を塞いで。
「先生っ、早くこれを」
梅乃ちゃんは手にしていたお面を俺に押し付ける。
「え、うん」
勢いに押されて俺は思わずそれを装着してしまった。恐る恐る、眼鏡の少女が視界を無理やり覆っていた両手をずらす。
「美月、よく見なさい。目の前にいるのは男の人じゃないわ。日曜朝九時放送のふわっとシフォンちゃんに登場するマスコットキャラクター、パン太郎よ」
お面越しに、泣き出しそうだった女の子と視線が合う。数秒間はそのまま見つめ合ったものの。
「ふぇ……。顔はパン太郎だけど、身長も体格も、服装も知らない男の人だよう」
再び、その子の瞳がうるうると揺れ始めた。え、これ、俺が悪いの? てか、泣き出しそうなくせに、やけに思考は冷静ですね。さすが中学生。
「違うの、美月、顔、顔だけに着目して」
「ふえぇん。その顔もよく見るとなんだかばったモン感があるよう」
はい、こればっかりはお面制作会社か、用意した梅乃ちゃんの責任ですね。あるいはリアルな質感を追求しすぎたアニメ制作会社の責任か。なんてことを考えている場合ではない。
「先生、まずいです。お願い、お願いですから、あの決め台詞を言ってください」
「き、決め台詞?」
俺が戸惑うのを予想していたのか、少し色素薄めの黒髪を肩のあたりまで伸ばした女の子が、ノートをカンペ代わりにかかげていた。
「花凛ナイス! 先生、早くっ」
「え、えぇえーと」
「精いっぱい高い声でお願いします」
意を決して俺は精いっぱい肺に空気をため込んだ。
「み、みーんなの友だち。ぱんぱんパン太郎。ぱんぱん両手を叩いたら。パンタスティックに変身だ! 準備はいいかな? それっ、パンダパンデミーック」
ええ、なにこのサイコな決め台詞。読んでから意味を理解した俺は、いや意味が理解できないことを理解した俺は、自分で言った言葉にドン引きした。
しんとその場にも沈黙が下りる。しかしやがて……。
「うぇぇええええええん。やっぱり声が男の人だよぉ~」
「いや、だったら君は覗きにこないでよ‼」
諦めて俺はお面をゴミ箱に投げ捨てるのだった




