第6話 ごめんなさい
適当感あふれる描写。
活躍しない主人公。
うわー!
次回は主人公を活躍させます。
「……しまったな、考えが足りなかった。仲間を待つべきだったか。まさかこんな早く遭遇するとは」
ダグラスがそう呟きながら、剣と盾を構えて前に出る。
と、ヴィクターが視線をダグラスの方に逸らした瞬間。空気を切り裂きヴィクターに殺意が迫る。レオが矢を放ったのだ。
一瞬の出来事。惚れ惚れするぐらいの速射だった。
しかしヴィクターは慌てるそぶりすら見せず、なんらかの力を受けて逸れていく矢をただ見送った。
レオにやや遅れてタイガも速射で魔法の矢を放ったが、そちらもあらぬ方向に逸れ、ヴィクターを害する事はなかった。
「風魔法による防御、軽い遠距離攻撃は効果なし!」
先頭に立っているダグラスが叫ぶ。その髪はわずかに風で揺れていた。
その言葉を理解し攻撃の種類を変えようとした頃には、ヴィクターが動いた。懐から赤い宝玉を取り出したかと思うと握りつぶして打ち砕く。宝玉から立ち上った魔力の塊はヴィクターの体を覆い留まっていた。おそらく、身体能力を強化する魔法だろう。
「!? タワーディフェン――」
何かを感じたのか、ダグラスが体勢を低くし盾を構えつつ叫ぶ。
何らかのスキルを使おうとしたのだろうが、間に合わなかった。
腹に響く衝撃。大きな爆発音と共に、ダグラスの体は吹き飛ばされて壁に激突する。
ダグラスがいたはずの場所には、拳を突き出した体勢のヴィクター。踏み出した足は堅い岩盤を踏み抜き、広範囲に渡って蜘蛛の巣のようなひび割れを残していた。
ダグラスは……無事だ。あんなとんでもない一撃を受けたというのに、ゆっくりとではあるが立ち上がっている。息ができないのか、すぐには動けそうに無いが。
だが、もしタイガがあの攻撃を受けたのなら、ひとたまりも無いだろう。
タイガは息を飲んだ。
「まじかよ……全然見えなかったぞ」
「敵の足と重心を見て。敵が地面を踏みしめたら注意しなさい」
そう言いつつ、レオは数本の矢を番えて再び放つ。狙いは上空。
天井近くまで上がった矢はその先端に鈍い光を纏ったかと思うと突如方向を変え、ヴィクターに襲い掛かった。
風魔法により直撃こそ避けたようだが、周辺に降り注いだ矢は地面に触れると同時に爆発を起こし、ヴィクターに迫る。これには流石にヴィクターも防御の体勢を取った。荒れ狂う爆風は風の障壁を突破してヴィクターの体を揺らす。
その瞬間を狙って、タイガは魔法を発動する。風の防御を無視し相手を滅ぼせる、上位魔法。
「サンダーストーム!」
雷の嵐。閃光が部屋を覆いつくした。
「――!?」
直撃すると核心したが、それはヴィクターにダメージを与える事なく消え去る。
手を前に突き出したヴィクターの前に黒い球体が現れ、雷はすべてその球体に吸い込まれ、この世から消滅した。
だが、別に構わない。防がれても構わない。眩い光を放つこの魔法は、囮のために使ったのだから。
「ぐっ!?」
ヴィクターが苦悶の声を上げる。
背後から襲い掛かった魔法の矢に体を貫かれたからだ。その魔法は、雷に紛れてこっそりタイガが放ったもの。速度や軌道をコントロールできるのが利点の魔法だ。タイガはヴィクターの背後で魔法の矢をいったん停滞させ、隙を見てこちらに引き戻したというわけだ。風の防御を抜けるのにてこずったため若干浅いが、間違いなくダメージを与えた。
ヴィクターが視線を背後に向けた瞬間、レオが放った矢がヴィクターに迫る。矢は衝撃波を放ちつつ敵の防壁を貫いたが、視線を外しているにもかかわらずヴィクターはその矢を手のひらで掴み取った。ヴィクターが触れたとたん、矢はぼろぼろに崩れて消え去る。
ヴィクターが地面を踏みしめるのが見えた。タイガは咄嗟に横に飛びのくが、ヴィクターの行動はフェイントだった。
横に飛びのいたタイガは、咄嗟に方向転換できない。レオがヴィクターの動きを妨害するために攻撃を繰り出すが、ヴィクターは横に飛びのいてそれを回避。そして、再び地面を踏みしめる。タイガに攻撃を仕掛けようとしているのだろう。
「まず、避けられな――」
背筋にヒヤリとしたものを感じつつ、タイガは駄目元でカウンターを狙った魔法をセットする。が、ヴィクターの攻撃がタイガに届く事は無かった。
「僕を忘れてもらっては困るな。堅さには自信があるんだ、準備さえ万端ならどんな攻撃も受け止められる自信がある」
ダグラスがヴィクターの拳を盾で受け止めていた。
間近での攻防。激突の衝撃波がタイガの体を襲い、内臓がビリビリと痺れる。
「なるほど、確かに大した防御だ」
拳を引き戻しつつ体を反転させ、回し蹴りを放つヴィクター。
盾をスライドさせたダグラスは、その攻撃を受け流す。
「だがそれは、スキルの恩恵あってのものだろう。その程度の体術では、私に挑むには少々力不足だ」
ヴィクターが一歩踏み出し、ダグラスに連続攻撃を仕掛けた。
表情に焦りの色を浮かべたダグラスは、必死にその攻撃を捌く。が、五手ほどの攻防で体勢を崩し懐に入り込んだヴィクターは、膝蹴りをダグラスの腹に叩き込む。
カハッと息を吐きつつダグラスの体が空中に舞い上がった。
地を蹴り追撃を仕掛けようとするヴィクターだったが、ダグラスとの距離が開いた瞬間をタイガ達が見逃すはずが無かった。
「スパイダーネット!」
「フェイタル・ストライク!」
「む……」
スパイダーネットに行動を邪魔されたヴィクターはレオの攻撃を防ぎきれず、肩に矢を受ける。
本来なら体の半分は消し飛ぶような強力な攻撃のはずだが、何らかの手段で防いだのか、ヴィクターの肩を貫通する事すらできていない。
硬い、強い。こいつは危険だ。
「邪魔だな。やはり一番脆そうな所から攻めるか」
そう呟いたヴィクターはタイガに急接近する。
「一番脆そうなのって俺かよ!」
タイガは叫ぶ。
確かにそうなのだろうが、こんな短時間の攻防であっさり断定されるのは若干悔しい思いがあった。
なんとかして見返してやりたいが、ダグラスとの攻防を見る限りタイガの手に負える相手ではない。
絡め手でもなんでもいいから、時間を稼がなければならない。
ダグラスはまだ先ほどの攻撃から立ち直れていない。
ヴィクターの拳がタイガの頭目掛けて繰り出される。
タイガは小規模な爆発魔法を目の前で炸裂させた。爆風に晒された両者の間には距離が開き、なんとか初手は防ぐ事に成功した。
だがこんなもの、奇策でしかない。何度も使える手ではない。
体勢を崩しつつも追撃してくるヴィクターに、横合いから襲い掛かる影があった。
レオだ。
レオは弓を放り投げて右手にナイフを構え、空いた方の手でヴィクターの腕を掴む。
そしてナイフをヴィクターの首筋目掛けて刺し出す。レオと腕を交差させるようにしてその動きを止めるヴィクター。肩に矢が刺さっているというのに、まるで意に介していないようだ。
レオは腕が交差した部分を支点とし体をくるりと回転させ、ヴィクターの後頭部に踵を叩き込んだ。後方からの衝撃を受けたため前に押し出された体にナイフが突き刺さる。
レオとタイガの視線が交錯した。
「ヘルファイヤー・ウォール!」
「ぬぅ……ッッ!」
タイガが手をかざすと同時にレオは飛びのき、ヴィクターの体は地面から吹き上がる地獄の炎に包まれた。
一息遅れてヴィクターも慌てて飛びのき、炎の効果範囲から抜け出す。
だが、レオはそれを待っていた。
「ブラストフェザー」
弓を拾うなりすぐさま放った輝く矢。体勢を崩したヴィクターはかわせない。
ヴィクターも何か防御魔法を使ったようだったが、ブラストフェザーの威力を完全に殺すことはできなかった。
ブラストフェザーはヴィクターの体を貫き、その脇腹をごっそりと奪う。
致命傷だ。通常ならば。
ここぞとばかりにタイガ達は攻撃を連打するが、ヴィクターが懐から取り出した青い宝玉を握りつぶしたかと思うとヴィクターの周辺に防御フィールドのようなものが現れ、全ての攻撃を防いでしまった。
馬鹿げた防御力だ。
タイガは愚痴を零したくなる気持ちをグッと堪える。
タイガ達はいったん距離を取り、体勢を立て直した。
短い攻防とはいえ、全力で動いていたのだ。一番動いていないタイガですら息が上がっている。
敵の殻を打ち抜けないというのなら、その隙に回復しておきべきだろう。
タイガは全員に対し回復魔法を発動させた。イメージしにくいため苦手な部類の魔法だが、大怪我しているわけでもないため十分だ。
「……まさか、二つ目の宝玉を使わされるとは思っていなかったよ。見事なものだな」
ヴィクターが、心底驚いたといった面持ちで呟く。
その表情は、なぜだかとても嬉しそうに。楽しそうに。心の底から、笑っているように感じられた。
視線を少し下にずらすと、先程抉られた脇腹の再生がはじまっている。
虎の子を使っても致命傷を与えられなかったようだ。タイガはこの戦い、分が悪いと判断した。
敵の回復・防御能力がこちらの攻撃力を上回っているとしたら、戦闘が長引けば長引くほどこちらが不利。だが強力なスキルは既に使用済みのため、再使用可能になるまで待てばどうしても長期戦になってしまう。
「いったん引くか? ……相手がそれを許してくれるなら、だが」
ダグラスが声を上げるが、それは望めないように見えた。
相手は時間とともに傷が癒える。戦意は全く失われていない。そして、視認困難なほどの速度で移動できる奴から逃げ切れるとは思えない。
「レオだけなら短距離転移で逃がす事ができる。ダグラスには時間を稼いでもらわないといけないが」
「タイガ。せっかく転移を使えるようになった所で悪いが、無駄だろうな。既に二度、こいつは都合のいいタイミングでレオの前に現れている。目印でも付けられてたんだろうな、泳がされているだけだったってわけだ。ヴィクターも転移を使えるから、すぐ追いつかれる」
「……じゃあこの場で戦うしかないって事か」
相談するタイガ達に向かって、ヴィクターは余裕の態度で答える。
「逃げるというのなら構わんよ。もちろん、レオさえ置いていってくれるなら……だが」
ヴィクターが手をかざす。
すると、ヴィクターの周囲を覆っている防御フィールドの形が変わっていく。
ヴィクターが伸ばした手と同じように、細く、長く。
「これは……まずい、攻撃範囲が広すぎる。避けろっ!」
ダグラスの叫びを受けて、タイガは地面を転がった。直後、横薙ぎに振るわれたヴィクターの防御フィールドが頭上を通過する。
続いて頭上に掲げた手を振り下ろすヴィクター。狙いは、タイガだ。
「プロテクト・シールド!」
ダグラスがタイガの前に立ちふさがって攻撃を防ぐ。が、弾かれた敵の防御フィールドは形を変え、鞭のようにしなってタイガの頭を襲った。
「タイガッ!?」
レオの叫びがやけに遠くに感じられた。
衝撃で首がもげてしまったかのような錯覚。頭がクラクラする。自分の体がどこにあるのか曖昧だ。立っているのか吹き飛ばされているのか。それすらわからない。
十秒ほどして、ようやく自分が地面の上に倒れている事に気づいた。
ふらつきながらも頭を押さえて起き上がると、手にぬるりとした感触。
血だ。出血が激しい。だが、今はそんな事に構っている暇は無い。早く戦線に復帰しないと。
視線を上げると、傷だらけになりつつタイガとレオの前に立ちふさがるダグラスの姿が見えた。
レオも足に傷を負っている。タイガの意識が混濁している間に負傷したのだろう。
意識ははっきりしないが、この状況が不味いという事だけはわかる。
タイガはのろのろと手を伸ばし、敵に向けて魔法を放った。
「アイス……ストーム」
だがタイガの攻撃は、敵が纏った防御フィールドを越えることができず消え去った。
ダグラスが倒れる。とうとう気を失ってしまったようだ。
レオの放つ矢も効果がない。あの防御フィールドをどうにかできなければ、こちらに勝ち目は無い。
「ずいぶんと粘る。せっかくだ、もう一つだけ力を見せてやろう」
そう言いながら三度取り出した宝玉の色は、黄色。
「力を奪え。ワールド・ドミネーション」
黄色い宝玉が砕け散り空中に霧散すると、そこから無数の光の輪があふれ出してタイガ達の体を拘束した。
逃げ出す暇もなかった。光の奔流は一瞬で部屋を埋め尽くし、タイガ達の体を包む。余った大量の輪は、溶けて消え去った。
「支配の輪だ。この輪で拘束されたものは、私の許可無くシステムの恩恵を受けることができない。つまり、魔法もスキルも使えなくなるという事だ」
「なんだそれ、強すぎだろ……」
思わず愚痴をこぼす。この状況をどうにかできる手段が思いつかない。
動けない。魔法も使えない。
ヴィクターは、余裕の態度でゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
やがてレオの前で立ち止まり、今度は黒い宝玉を取り出した。
「これが何だかわかるかね? ……ふふ、その表情を見たかった。懐かしいだろう? ヘインズの魂を狩った時は心を痛めたものだ。なにしろ、数少ない私の旧友だったからね」
「貴様……ッ! どの口でそんな事を言う!」
怒りをあらわにし吠えるレオだが、ヴィクターは涼しい顔でその叫びを受け流す。
「嘘ではない。君に逃げられたのは想定外の事だったからね。まったく、私の計画はことごとくうまくいかない……想定外の事態を期待してしまう、私の悪い癖がいけないのだとは分かっているのだが」
「なら放っておいて欲しいね。お前に付き合わされる人の身にもなってみろよ」
「黙りたまえよ、バヤール。お前はもはや不要な存在なのだ」
ヴィクターが手をかざす。
バヤールの本体である赤い宝玉がその輝きを急速に失いつつあった。
「やれやれ、まったく……お前ら、俺の扱いが本当に雑すぎる。しまいにゃグレるぞ、反逆するぞ」
「できるものならやってみるがいい。私は歓迎する」
「本当に嫌な奴だよ、お前は」
それだけ言って、バヤールは沈黙する。
納得したかのように頷くヴィクター。
そして、ふと思いついたかのような顔を浮かべた。
「ああ、先ほどの話だが。君に逃げられたというのは二年前の事ではなく十六年前。君の父君と母君が命を落とした時だ。気づいていたかね?」
身動きの取れないレオの顎に手を掛けて顔を近づけ、耳元で囁く。
「私が殺した」
レオの体を拘束する光輪がガチャリと鳴った。
だが、光輪は完全にレオの動きを拘束している。
身動きも取れない中、タイガも怒りをあらわにした。
ヴィクターを睨みつけ、叫ぶ。
「――女の子をいたぶって楽しいか? お前ちょっとこっちに来い。ぶん殴ってやる」
タイガの言葉を受け、ぽかんとするヴィクター。
まるで、タイガが怒りを見せることを予想もしていなかったかのような表情だ。
「くく……はははは! 動く事すら出来ない状況でよくそれだけ吠えられる。アンヘルが気に入りそうだ……だが今のお前の力ではどうにもならん、諦めろ」
「諦め、られるかよ……!」
「諦められないなら、力を付けるべきだな。奇跡を起こして見せろ、異邦人」
それだけ語り、ヴィクターは視線をレオに戻す。
そうして、囁くように語り掛けた。
「そうだ、いい事を教えてやろう――レオ君、おそらく君は一つ勘違いをしている。確かに異世界の者はこの世界で死んでも元の世界に帰るだけだ。しかし」
いったん間を空ける。
そして、本当に楽しそうに。言葉を続けた。
「もし、死ぬ事もできず。この世界に捕らえられたとしたら……一体どうなると思う?」
暗く濁った瞳でレオの顔を覗きこむヴィクター。
その言葉を聞いて、レオの動きが止まる。ただでさえ白が目立つその顔は、血の気の引いて更に色を失った。
「いい子だ、大人しくなったね。では、この宝玉を受けて入れてもらおう」
ヴィクターは差し出したのは、黒い宝玉。
宝玉は、レオの体に触れたかと思うとその中に埋没していく。
おそらくは、あれが。人の心を支配する宝玉。レオのターゲット。
「……精神侵食耐性が高いな。スキルだけでなく装備もか。この装備は邪魔だな」
ヴィクターはレオの服を引き裂いた。肌があらわになる。
直後、レオは苦悶の表情を浮かべた。体に黒い筋のようなものが走り、拘束された体を必死に暴れさせる。耐え切れず、叫び声を上げた。
やがて黒い筋はレオの体を覆い、その体と精神を支配する。
レオの叫びも、タイガの慟哭も、なんら現状を打破する事はできなかった。
レオは最後に、タイガの方を見て何事か呟いた。
そうして目を閉じ、完全に意識を失う。
レオを縛っていた拘束も掻き消え、崩れ落ちるレオの体を支えつつヴィクターが呪文詠唱を始めた。
これは、転移魔法だ。離れた場所に移動する魔法。
最後にヴィクターはタイガの方を見た。
何か言いたげな目だったが、ヴィクターは何も語らない。そのまま二人は、その姿をタイガの前から消した。
同時に光の輪も消え去り、タイガの体は地面に崩れ落ちる。
静寂が辺りを包み込む。
タイガは、ただ呆然とその場に佇んでいた。
最後のレオの言葉。
声は届かなかったが、唇の動きで何を言ったのかは分かる。
レオは最後にこう言った。
「ごめんなさい」と。




