第2話 ガチホモフィッシング
ある日の朝の出来事。
清々しい気候だった。冷たく心地よい風が体を撫で、昇りはじめた太陽が体に温もりを与えてくれる。率直に言って最高の朝だった。
気分を良くしたタイガは、宿の裏手に回って日課の魔法の練習を始める事にした。
まず最初にやったのは、空間魔法の練習。
アイテムボックス的なものではなく、転移魔法のほうだ。難易度は高いが、これができるようになったら移動がずいぶんと楽になる。
次の目的地である遺跡――フリッカ神殿に道を繋げるイメージを持って空間をこねくり回す。
その日はいい天気だった。作った異空間から手を引っ張り出した時の手ごたえもなんだかいつもと違った。
例えるならば、釣りで大物をヒットした時のような。
そうしてタイガが空間の狭間から手を引き抜くと、重厚な鎧と大きな盾を持った男がずるりと転がり落ちてきた。
見た目は爽やかなイケメンである。風を受けてたなびくサラサラの髪は、見ているだけで何だかイラッとするぐらいイケメンだ。
だが彼は、どこか人と違う所があった。
そう、彼はホモだった。
比肩する者の無い程までにホモだった。
道行くガチムチな冒険者男性達を見ては涎を垂らし、彼らの会話をホモホモしく捏造しながら身もだえするような男だった。
急に何か思いついたかのように動きを止めると、おもむろにズボンのベルトを緩めて裾を引っ張り、自分のイチモツを眺めだす。
「ほほう、ほうほう……こうなっているわけか。なるほど、興奮するとこのように膨張すると」
もっこりした自分のブツを見ながら納得したかのように頷く男。
彼の名前はダグラス。
ほんの少し行動を見ただけで分かる、奴は生粋の変態だ。
近づいてはいけない類の変態だ。
「か、神様ー! お助けーッッ!!」
タイガは絶叫を上げ、その場から脱兎のごとく逃走した。
魔法で強化した足は素晴らしい力を発揮し、オリンピック選手ですら感嘆の声を上げるであろう見事な逃げっぷりだった。
「レオ! バヤール! 俺、とんでもない奴をフィッシングしちまったよっ!」
宿の部屋に飛び込んだタイガは、レオとバヤールに助けを求める。
そして乱れた呼吸を落ち着けつつ、噴き出た汗を拭った。
レオとバヤールは状況が把握できていないのか、ポカンとこちらを見つめるだけだ。
「とんでもない奴って……貴方の後ろにいる戦士の事?」
「……は? 後ろにいる……?」
レオの言葉の意味を図りかねているタイガの肩に、ポンと手が置かれた。
がっしりとした手だった。なぜかわきわきと微妙に指先がうねってタイガの肩を揉みしだいている。
「おいおい、人を呼び出しておいて逃げるだなんて酷い奴だな。まぁ僕としては、逃げる者を追いかけるシチュエーションというのも好物ではあるのだが、ねっ」
「キャーーーーーッッ!」
タイガは黄色い悲鳴を上げた。
タイガの背後にはホモが忍び寄っていた。
魔法使いとはいえ、魔法で強化したタイガの身体能力は常人の及ぶ所ではない。
それに追いついてきた以上、奴も相当な手練だ。
俺の背後の穴が危ないと戦慄するタイガ。
戦慄のタイガはレオの後ろに隠れると、ガクガクと生まれたての小鹿のように脚を震わせた。
レオはそれをチラリ見ただけで、視線を再びガチホモマックス男に向ける。
「それで、あなたは?」
「ああこれは失礼。女性の部屋に断りも無く立ち入ろうとするなど、貴腐人にあるまじき行為でしたね」
「貴腐人……?」
レオが不思議そうな表情で顔をコテンと傾ける。サラサラした髪が流れて肩から滑り落ち、レオの背後で小さくなっているタイガの体を撫でた。あ、すべすべしてて気持ちいい。
疑問の声を上げたレオだが、ダグラスはレオの疑問に答えるより自己紹介を優先する事にしたようだ。手を胸に押し当て敬礼のようなポーズを取ると、堂々と名乗りを上げた。まるで高貴な騎士のような立ち振る舞い。先ほどまで不気味な笑顔を浮かべていたホモと同一人物だとはとても思えない。
「僕の名前はダグラス、見ての通りの戦士だ。本来なら仲間と共に転移するはずだったのだが、そちらの男性――タイガの空間魔法に巻き込まれてしまってね。転移途中でここに落ちてきてしまった」
その言葉を聞いて、レオとバヤールはジト目をタイガに向ける。
「タイガ……俺がいない時に新しい魔法を試すのはやめといたほうが良い。思うんだが、タイガは何か変な物を引き当てちまう運命を持っている」
「俺が今まで引き当てた中で一番変な物はバヤールなんだが」
「とにかく、新しい魔法を使うときは俺の目の届く範囲内でやってくれ」
「そうね。タイガ一人だと何をしでかすかわからない不安はあるわね」
「マジで? 俺ってそんなに何かしでかすような奴だっけ?」
レオにまでそんな事を言われてしまった。
タイガは己の行動を振り返ってみたが、それほど大したことをした記憶はない。
しいて言うなら、磁力魔法に失敗して全身打撲の重症を負ったり、拘束魔法に失敗してレオと一緒に拘束されたり、幻覚魔法に失敗して崖から転がり落ちそうになったり……あれ、やっぱ色々やらかしてるな。
「しかし困ったな。まさか空間魔法に巻き込まれるとは……この世界に最も疎い僕がはぐれるとはついてない。金も無いから宿に泊まって仲間を待つことすら出来ないし……せめてあと一人、誰か一緒だったらよかったのだが」
口元に手を当て考え込むダグラス。
ホモとはお近づきになりたくないが、仲間とはぐれた原因が自分にあるとなっては邪険にもできない。しばらく宿に泊まる金ぐらいは渡すべきだろうとタイガは思案する。一昨日の戦いで魔族を討ち取った報酬をガストンから受け取っているため、懐はかなり潤っていた。
それを差し引いても、金には余裕がある。こっちの世界に来て一ヶ月。冒険者組合の依頼をろくに受けていないにもかかわらず、タイガは倒したモンスターの報奨金だけで一年は遊んで暮らせるほどの金を手に入れていた。レオなんて、もう一生遊んで暮らせるぐらいの金を持っているんじゃなかろうか。
「なら、しばらく俺達と同行しないか? これも何かの縁だ。それに、困った状況になった原因はタイガにあるわけだしな」
「えっ」
バヤールがとんでもない事を言い出した。
ホモと旅路を共にする? 何を言っているんだこいつは。どうやら脳味噌がぷーになってしまったらしい。
「……素性の知れない人間を同行させるのは同意しかねるけど。これもあなたの言う『運命』とやらなの?」
「うーん、というよりは単純に打算だな。悪い奴じゃなさそうだし、ちょうど前衛が欲しいと思ってたところだし」
レオとバヤールが意見を交換する。
タイガも口を挟もうと考えたが、感情論しか出てこないので止めた。
バヤールのように『運命』とやらが見えるわけではないが、ダグラスが悪い奴ではなさそうだというのはタイガにもわかる。
なんとなく親近感が沸くというか、日本人っぽい雰囲気なのだ。仮に学校で同じクラスにいたとしても、違和感がない。ホモでさえなければ普通に友人として仲良くやっていけそうだ。ホモでさえなければ。
いやホモでなくとも駄目だ。無防備でアホの子のレオに他の男を近づけさせたくは無い。
「僕が同行して構わないのなら、ぜひともお願いしたいね。あいにく僕はこの辺りの地理や情勢に疎いから下手に動けない。現地の人と行動を共にできるなら願っても無い話だ」
ダグラスは乗り気のようだ。反面、レオは渋い顔をしている。
「悪い人でないとしても、あまり気が進まないわね。こちらの都合に巻き込んで死なれたら目覚めが悪い」
「それについても心配ねぇよ。こいつはタイガと同類だ、しかも相当強いぞ? レベル90近くはあると見た」
「よくわかるね。僕のレベルは89だ」
「89!? ……なるほど、タイガと同類というのはそういう事か。死なないのなら、確かに一緒に連れて行っても問題なさそうね」
「え、ちょっと待って。俺とダグラスが同類ってどういう事? 俺はホモじゃないよ? 俺は女の子とおっぱいをこよなく愛する清廉潔白な男子高校生だよ?」
さらっとスルーされそうになるが、タイガは必死に声を上げて抗議した。
突然のホモ疑惑。身に覚えが無い。
「性癖の話じゃねぇよ、お前と同じ世界の人間だって話だ。死んでも死なねぇ」
「ああ、そっちか……って、俺以外にもこっちの世界に来てる奴がいるんだ」
「全くいないわけじゃないな。過去も含めるなら、俺の知ってる限りでも十人以上いるぞ。三百年ほど前に冒険者組合を設立したアホとか」
「マジか……」
どうやって来たんだろうとか色々聞きたい事はあったが、まずタイガが気になったのはもっと単純な事だった。不意に町中で外人に話しかけられた時、みんな同じような気持ちになるんじゃないだろうか。
「……ニホンゴ、お上手ですね」
「……僕は日本人だ。この姿はネットゲームのアバターだよ」
おおう、そうですか。白人っぽい外見と名前から外人だとばかり。
タイガは過去にバヤールから聞いた事を思い出した。
そういえば、こっちの世界には魂を引っ張ってきてるって話だった。なら外見なんてどうとでもなるのかもしれない。
バヤールの話なんて、女の子に関すること以外は聞き流していたからうろ覚えだけど。
「あれ、もしかして俺ももっとイケメンな外見でこっちの世界にこれたのか?」
「確かに外見を弄る事ぐらいはできるな。タイガ、人の話はきちんと聞いとくもんだぜ」
「お前人間じゃないだろ」
「人間以外の話も聞いとけ。あと一応言っとくと、たぶんこいつホモ好きなだけでホモじゃないぞ。俺の美少女センサーがビンビンに反応して……」
バヤールが何事か言いかけたが、同時にガンガンと鍋を叩く音があたりに響き渡りその言葉を遮る。朝食の時間のようだ。
続きは朝食を食べながらしようという話になり、タイガ達は二階の部屋から一階の食堂へと移動した。
移動する途中、タイガの心にわずかに引っかかるものを感じた。
ホモ容疑をかけられたせいで聞けなかった事だ。
先ほどのレオの口ぶり。強いから連れて行くというより、死なないから連れて行くというニュアンスに聞こえた。
自分もそうなのだろうか? 死なないから、レオと一緒にいる事を許されている?
この世界に来た時、確かにそういう話はした。
でも、なんだかレオとの間にすれ違いのようなものを感じたのだ。
それが何かはわからない。
しかし、タイガの心にはしこりのようなものが残った。




