第1話 墓参り
お盆休み中に書いたストックの投下終了。
静かだ。
クーは懐かしさや哀愁の念を押し殺し、廃墟と化した町の中をただ進む。
町の多くが風化し植物に覆われていたが、町の大通りにはそれほど草木が生えていない。おそらく、土が踏み固められているため植物の生育に適さなかったのだろう。根を張るのが遅れてしまったならば、大通りの両脇に並ぶ木々の太い根に栄養を吸われてしまう。
植物の世界も弱肉強食。強く有らねば、生きる事すらできない。
かつて自分が過ごした町の変わり果てた姿を目にしているというのに、そんな益体もない事ばかり考えてしまうのは……自らの精神を守るためだろうか。自分の心は氷のように冷たく閉ざされてしまったのだろうか。
あの時、仲間達を失ってしまった時に。
空を見上げると暗雲が立ち込めていた。今の自分の心境にぴったりだとクーは思った。
一雨来るかもしれない状況だが、なぜだかクーの足取りは重かった。急がなければならないと必死に足を前に出そうとしているのに、まるで何かにしがみつかれているかのように体が前に進まない。
重く沈んだ感情を無理やり掘り起こし大通りを半ばまで進むと、町の中心部に差し掛かる。この辺りの建物は造りがしっかりしているからか、原型を留めているものも多かった。懐かしい町の面影を見てようやくクーの心の中まで町の風景が溶け込んでくる。
昔は、この町も賑やかだった。大声で呼び込みをする屋台の親父達を疎ましく思っていたが(やたらとセクハラ発言をかましてくるのだ)、今となっては懐かしい。
贔屓にしていた宿があったのもここだ。宿の一階は酒場になっており、仲間達とよく飲み明かしたものだった。
朽ち果てた住居の脇を通り過ぎた時。
ふと、手を繋いだ子供が二人走ってくるのが見えた。
二人はクーの脇を通り過ぎる。
クーは思わず振り返ったが、クーの目に映るのは朽ち果てた廃墟だけだった。
耳を澄ますが、耳に入ってくるのは風に揺られて磨れる木々のざわめきのみ。
そういえば、あの二人は冒険者に憧れていたのだったかとクーは思い出す。
両親は嫌がっていたが、あの二人はいつもこっそり家を抜け出してはクーやハルトに冒険の話をねだったものだ。この家は、二人の住む家だった。
ふと思い立ち、クーはとある建物の扉に手を掛ける。
クーが立ち入った建物は、冒険者組合だった。
クーが扉を開けると、中は冒険者達でひしめき合っていた。
よせばいいのに酒場も併設したお陰でいつも酔っ払いで溢れ、賑やかで騒ぎの絶えない場所だった。
酒場のマスター、引退した元冒険者が客と一緒に酒をあおってぶっ倒れる。それを見て周りの客が歓声を上げた。飲み比べでマスターに勝ったら、代金が半額になるのだ。
ぶっ倒れたマスターを介抱しようとしていた冒険者組合の受付嬢がクーに気づくと、マスターを放置してこちらに駆け寄ってきた。
「あ、クーさん! お帰りなさい」
そうしてクーの手を引っ張り、受付カウンターの前まで駆ける少女。
ふんわりと編み上げた髪が左右に揺れている。ぱたぱたとせわしなく動き回るその様は、まるで子犬のようだった。
「今日はプレゼントがあるんです。クーさんは受付嬢みんなの憧れですからね。皆で相談して、クーさんにぴったりのアクセサリを買ったんですよ」
クーは受付嬢達に受けが良かった。
酔っ払いに絡まれた受付嬢をよく助けていたからだろう、お姉さまと呼ばれてキャーキャー言われていたのだ。
受付嬢が取り出したのは、銀の髪飾りだった。
たしか、旅の平穏を祈る際に贈るものだったか。わずかではあるが魔力の循環を助ける効果があるため、ただの縁起物というわけでもない。受付嬢達にとっては非常に高価な買い物だったのではないだろうか?
そう思うクーだったが、受付嬢は無理やりにでもクーに髪飾りを押し付けようとする。
「気にしなくていいんです。言ったでしょう、クーさんは憧れの存在ですから。無事を祈るぐらいのことはさせて下さいよ……あ、あとこの町の冒険者組合を今後ともご贔屓にして欲しいという打算もちょっとはありますけど!」
満面の笑みを浮かべる受付嬢。クーにはできない表情だ。
勢いに押されてクーは手を差し出し、受付嬢から髪飾りを受け取る。
銀の装飾が手の平に触れた瞬間、周囲から音と温もりが消え去った。
クーが顔を上げると、そこには朽ち果てた内装が広がるのみ。床には割れたガラスが散乱し、開いたドアから吹きこんだ風を受けてわずかにカチカチと音を鳴らながら揺れていた。
クーは自分の髪に手を伸ばし、愛用している銀の髪飾りに触れる。
指先に伝わる冷たい感触が、クーの心を落ち着けてくれた。
わずかに手が震えている。呼吸が乱れる。重く湿った風が体に纏わり付いてくるようで、ひどく落ち着かない。
ああ、駄目だと。
クーは呟き、冒険者組合を後にした。
向かう先は、町のはずれ。
最初から目的地はそこだった。町の中に入ったのは、ほんの気まぐれだ。気まぐれだったのだ。
町のはずれには、墓地がある。無数に並ぶ墓標がある。
その半数ほどはクー達が立てたものだった。
魔物達の襲撃を受け、町は壊滅したのだ。
クー達は奮戦したが、当時のクー達には圧倒的な数で襲い来る魔物達を食い止める力などなかった。
魔物達を殺して、殺して、殺して、殺した。だが、万にも届く敵を殺しつくす事などできやしなかった。
あのまま戦い続けていれば、やがて力尽き倒れていただろう。
その時たまたま共に戦った付与魔術士――その後も旅を共にすることになったウィネの機転に助けられ、魔物の包囲を突破しなんとか命を繋いだ。
魔物達が去った後に町に戻ると、そこに生き残っている人はいなかった。
突然の襲撃だったため、避難できた人はごく僅か。
町の復興などできるはずもなく、生き残った人々も散り散りとなって他の町に去っていった。
そうしてこの町は、廃墟となった。
クーは木を切り倒し、形を整えて新たな墓標を地面に突き立てる。
数は、六つ。遺体は無いが、墓を立てるならここにしてくれとエスターに頼まれていたのだ。
一つめ、弓使いのエスター。
二つめ、魔法使いのエリザ。
三つめ、重戦士のロッド。
四つめ、付与魔術士のウィネ。
五つめ、神官のレイジー。
六つめ、精霊使いのノルン。
皆の事を思い出しながら一つずつ墓を立てる。
何もない空間――アイテムボックスから酒瓶を取り出すと、指先でコルクを弾いて飛ばす。気化したアルコールの匂いがクーの鼻腔をくすぐった。
六つの墓標それぞれに酒をぶっ掛けると、クーはその場に座り込む。
そして瓶の底にわずかに残った酒を煽り、息を吐いた。
「遅くなってすまない……二百年も、遅刻してしまった」
風が吹く。
湿った風にあおられバタバタとたなびく旗が遠くに見えた。距離はあるが、高く掲げられているためここからでも目にすることが出来る。
かつては見る者に鮮烈な印象を抱かせていたこの町のシンボル。今ではすっかり色褪せ、ただのぼろ布と化している。だが、ある意味この町を象徴する存在としてはその役目をまっとうしているのかもしれない。
その旗を見れば、哀愁の念に駆られる。この町は、悲しみに彩られている。
「エスター……お前に旅の仕方を教えてもらわなかったら、俺達は野たれ死んでいただろう。お前は命の恩人だ」
もう一度酒瓶を傾けるが、出てくるのは数滴の雫のみ。
クーは酒瓶を脇に転がして空を見上げた。雲は先ほどより分厚くなり、日の光を遮っている。
「そういえばお前、いつも言っていたよな。英雄になりたいって。魔王を倒して夢は叶ったが……死んじまったら、何にもならないだろうがよ」
そうやってクーはかつての仲間一人一人に語りかけていく。
言葉を紡ぐのは得意とは言いがたいが、クーの口からは自然と言葉が溢れ出していた。
いくらでも言いたい事がある。語り合いたかった事がある。
今となっては、叶わぬ願いではあるけれど。
小一時間程して。思いついた事をすべて吐き出したクーは姿勢を正すと、墓標に向かって祈りを捧げた。
全てを終えたクーが立ち上がると、クーの背後から声を掛けられる。
「……終わったかい?」
「ああ、終わったよ。待たせてすまなかったな、椿」
「いいよそれぐらい。二百年も待たせちゃったみたいだし、少しぐらいなら私のクーちゃんを貸してやってもいいさ」
「……私はいつ椿のものになったんだ?」
「ずいぶん昔から私の物だと認識しているよ」
若干意地の悪い笑みを浮かべ、両手を広げた椿はその場でくるくる回りはじめた。ゆったりとした服の裾がふわりと広がる。
やはり待たせすぎたかとクーは少しだけ反省した。椿はこう見えて、嫉妬深いのだ。
やがて動きを止めた椿は、表情を真剣なものに戻した。
「ダグラスと通信できたよ、元気にやってるってさ。というか、いきなりビンゴを引き当てたのかも。ダグラスは今、私達の落下地点がずれる原因にもなった空間魔法の使い手達と同行してるんだけど……彼らはとある物を探して旅をしているらしい」
思わせぶりな言い方だ。だが、それで何が言いたいのかは十分伝わった。
「そうか。どうせダグラスとは合流しないといけないんだ。ぜひその人達と会って、話をしてみたいな」
「私もそう思ったから、合流地点を相談しておいたよ。彼らの目的地は古い遺跡だってさ。これからそこに向かった後、最寄の町に戻ってくる予定。だからその町に行けば合流はできる。ただ……」
アイテムボックスから取り出した地図を広げて町の場所を指差していた椿が、少し言葉を濁す。
「これはただの勘でしかないんだけど……できるだけ早く合流した方がいいかもしれない」
「なら、遺跡に向かうか? 距離次第ではあるが」
「そうだね。直線距離的には遺跡の方が断然ここから近いよ。山の中を通る事になるけど……この体なら問題ないでしょ」
椿が手をぐるぐると回しながら応えた。レベル80を超える肉体に、数々の魔法。目的地の方角を示す魔法もあるし、クーが一緒なら最適な行軍ルートを選択もできる。消耗が激しいが、重力魔法を使えば某忍者漫画のように木々の上を飛び越えながら進む事だってできる。
「なら遺跡に向かおう」
クーは椿の提案をあっさり受け入れた。椿の勘は鋭い。それに、ダグラスと早めに合流する事も悪い事ではない。
クーと椿の行動方針は決まった。
あとは、一人。
クーが視線を向けると、椿は話を切り変える。
「リノちゃんは予定通り、昔住んでた街に寄ってから合流するってさ。遺跡に向かうルートなら、途中で合流できると思う」
「……そうか」
そういえばリノも私と同じだったなと、クーは半ば弟子と化した口の悪い少女に想いを馳せる。
……いや、同じというわけでもないか。自分は元々親しい人とはほとんど死別していた。リノは、この世界に来て初めて死を受け止めるんだ。
「リノは百年ぶりの里帰りになるわけか」
「百年か。長いなー。浦島太郎状態だね」
両手を頭の後ろに組んだ椿は足元の石っころを蹴っ飛ばし大空に跳ね上げ、そのまま空を見上げた。
「私の百年後とか想像もつかないよ。ボケが始まってそうで怖いなー」
「……椿、百年後も生きているつもりか?」
「え? 当然じゃん。私は百五十歳までは生きるつもりだよ」
「世界記録に挑戦とな。確かに椿なら出来そうな気もするが」
「私が世界記録を破ったら、クーちゃんに記念品を贈呈に行くからね」
「……それは、私もそれぐらい生きろという事か?」
「うん。死んだら許さないよ。仮に天国に行ってても、とっ捕まえて記念品を贈呈してやる」
指をクーに向けて、BAN、と撃つ仕草をする椿。
冗談めかした事ばかり言う椿だが、なんだかんだで有言実行を地でいく奴だ。椿は本気だ。
「……努力はするよ。結果は期待してもらっても困るが」
「そんな弱気じゃ駄目だよ。クーちゃんは私とずっと一緒に居てもらわないといけないんだから、もっと覇気を持って貰わないとね」
クーの元まで小走りで近寄ってきた椿がクーの腰に腕を回し、満面の笑顔を浮かべて全力で抱きつく。
「むぎゅー! もう離さない。クーちゃんは私とは切っても切れない絆で結ばれているのだっ!」
いつもよりお馬鹿な発言が過ぎる気がする。きっと、自分を慰めようとしてくれているんだろう。
そう思ったクーはわずかに笑みを浮かべ、ひっつき虫と化した椿の頭を優しく撫でた。
気持ち良さそうに頭を擦り付けてくる椿の髪に指を通し、さらさらと心地よい感触を楽しむ。
と、ぽたりとクーの頬に冷たい感触が伝わってきた。
見上げると、黒く染まった空から無数の雫が落ちてくるのが見えた。
「とうとう降り出してきたな。雨宿りするか」
「そうだね……少し、長引きそうな雨だけど」
最悪、雨の中を行軍する事も考慮に入れてクーは旅の行程を組み立て始める。
雨の中の移動は避けたかったが……いかにレベルが高いとはいえ、椿は雨の山中を移動した経験など無い。心理的な負担が心配だった。
「心配はいらないよ」
椿の呟きが耳に入る。
「私は、クーちゃんと一緒に進むって決めたからね」
クーは、大切な相棒の頭を撫でながら改めて決意を固めた。
椿を守り、ハルトを救う。
かつてハルトと交わした約束を守る。
当初は道標もなく一歩たりとも進む事すらできなかった。無様に足掻くだけの毎日。
だが、リノと出合った事で情勢は変わった。
夢のように幸せな道のりなど望めないであろうことは分かっている。
だが、それでも。自分たちは、希望を胸に抱いて突き進むしかない。期待で不安を塗りつぶし、安寧を求める祈りで焦燥感を押しつぶす。捧げた祈りが、自分達の行く末を少しでも明るく照らしてくれると信じて。
もうすぐだ。もうすぐ願いが叶う。
ハルトがいて、椿がいる。かつての平穏を取り戻せる。
全てを取り戻す事なんてできやしない。だが、それだけは必ず取り戻す。
それが、その想いだけがクーの心を支えていた。




