第16話 とても楽しい、幸せな夢を見た
「見よ、この戦いの殊勲章。二体の魔族を仕留めた勇者達の凱旋だ!」
ガストンが手を掲げ雄叫びを上げると、周囲の者達も同様に思い思いの声を張り上げる。
怪我人の治療に協力し一段落ついた後、こっそり宿に戻ろうとしたらガストンに捕まったのだ。
レオは本気で嫌がっていたが、どうやらガストンは身体能力でレオを上回るらしい。マジ逃げしたレオをとっ捕まえやがった。
今ではレオは借りてきた猫のように大人しくしており、周囲の歓声に手を上げて応えている。
俺も手を上げると、歓声に紛れて聞き捨てならない言葉が俺に向けられた。若い女性の声だ。「かわいいー!」だの、「誘ってみようかな?」だの。ふむ、なかなかに興味深い発言ではないか。歓声に紛れてはいるが、エロに敏感(ついでに性感帯)な俺の耳からは逃れられない。
歓声を受けながらゆっくり町を練り歩きつつ宿に戻る途中、本当にお誘いがかかった。
普通の町娘っぽい人からの素直な感謝の言葉やら、娼婦のお姉さんからの熱烈なアタックやら。
俺は後者にふらふらと引き寄せられそうになったが、レオに耳を引っ張られて引き戻された。
娼婦のお姉さんは「あらあら」と声を上げつつ俺の体に寄って来たがレオがキッと睨むと「残念」と言葉を残して去ってしまった。
ああ、お姉さーん! カムバーーーーックッッ!
そう叫んだ俺にレオは冷たい視線を向けたが、仕方ないじゃないか。重力に体が引かれるように、男は綺麗な女性に惹き寄せられてしまう。極自然な事だ。でなければ、子孫が繁栄しない。
「レオ、嫉妬か? 他の女に取られたくないなら良い方法があるぜ。教えてやろうか?」
「いい、そういうのじゃないから。仲間を取られたくないと思うのはごく普通の事でしょう」
「お前の普通はおかしい」
レオとバヤールがいつも通りのやり取りを交わしている。俺は、お姉さんが去った方を眺めつつ愛欲に満ちていたかもしれないIFの未来に別れを告げた。
まぁいい。少し取り乱してしまったが、レオの事だ。今回活躍した俺に何かご褒美的な事をしてくれるはずだ。
正確には、褒めたいけどどうすればいいかわからずバヤールに相談して口車に乗せられ、なにかしでかしてくれるはずだ。
しまったな、さっきの行動でレオの機嫌を損ねてしまった。さっきの汚名を挽回……返上? すべく、頑張らなければならない。
汚名は上塗りできるのだ。恥も上塗りできる。悪い意味じゃなく、いい事で上塗りしてしまえばいい。
レオは何気にチョロいからな。
◇◇◇
「そういえば」
宿に戻り、レオと今回の戦いについての反省会を終えて。
隣のベッドに腰掛けたレオが弓の手入れをしながら、どこか上の空といった雰囲気で俺に質問を投げ掛けてきた。
夜の帳はすっかり落ちきっている。窓から見えるのは、無数の星々で満たされた夜空。
ライトの魔法で照らされた室内は、穏やかな空気に包まれている。
戦っている間は濁流のごとく時間が駆け抜けていったからだろうか。興奮が冷め切った心は昼間とは対照的に、静かで平穏な状態を保っていた。
時間の流れがひどく緩やかに感じる。
まるで、今この時。二人きりの時間が永遠に続いていくかのように、
宿に戻ったときは少し不機嫌だったレオだが、謝罪しつつ甘い物を差し出したら満面の笑みであっさりお許しを頂けた。レオ、まじチョロい。
ちなみに甘い物は、この宿屋の女将さん(32歳 3人の子持ち)に作って貰った。
「タイガの故郷ってどんな所なの?」
「ん? そうだなぁ……」
俺は防具に付いた汚れを落とすのを中断して考え込む。
どう説明したものか。漠然とした質問だ。
そもそも、今更どうしてこんな質問をするのだろう……レオがぼんやりとしているのも珍しい。
思い当たる事がないわけでもない。以前にもレオがこんな雰囲気で俺に質問してきた事があった。あの時は、両親について聞いてきたのだったか。
今回の戦いで貢献したお陰で、俺達は町の住人から沢山の感謝の言葉を貰った。母親に連れられた小さな女の子に、感謝の言葉と共に花束を受け取ったりもした。
今のレオに家族はいない。
きっと、色々と思うところがあったのだろう。
うん、楽しく明るい話をするのが良さそうだ。
暗い気持ちを吹き飛ばすような馬鹿話でもいい。自慢じゃないが、お馬鹿な体験談なら話題に事欠かない。
ただ、そこに繋げるのが難しい。この世界に学園祭なんて無いだろうから、いきなりそんな話をしたって通じないだろうし。
「俺は高校生……学生なんだけどさ」
「学生?」
あ、そこからか。
「俺のいた国では、みんな学校で教育を受けるんだよ。十五歳までは義務教育。殆どの奴は十八まで高校に行って、大体の奴はあと少し別の学校に行ってから働き始めるんだ」
「へぇ、確かにこっちの世界でも大都市には私塾ってものがあるけど。それと同じようなものかな……行けるのは、一部の人間だけだけど」
俺は、旅の途中でちらっと見た私塾の様子を思い出す。
あれって、どちらかと言うと俺の世界で言う専門学校に近いよな。教える側が専門的な分野に偏っている上に、実用的な事ばかり教えているようだった。教えてるの、農法とか建築法とかだぜ……
ちなみにこの世界は識字率が結構高い。子供の頃、教会に通うついでに習うらしい。
「ちょっとイメージが違うかな、どちらかといえば教会の方が近いよ。あと勉強だけじゃなくて、遊びも学ぶというか」
「遊びを学ぶ? 不思議な事を言うのね」
レオが作業の手を止めてこちらに視線を向ける。
少しだけ興味が惹かれたようだ。
「いやいや、遊びを学ぶのは大事だよ。人生、楽しく生きていかなきゃやっていられないからね……って、まだ学生の俺がいう事でもないけどさ」
「ううん、すごく良い考え方だと思う」
レオがキラキラした目でこちらを見る。おおう、本当に興味を惹いたようだ。
レオは、遊ぶとか楽しむとかいう事に無頓着だ。以前にそういう話を振ったこともあるが、自分には縁の無い事だとばっさり切り捨てていた節がある。だから、ここまで食いつかれるとは思ってもいなかった。
なにか心境の変化でもあったのだろうか。
「学校が終わってから友達とだべったり、好きな部活に入ったり。ああ、部活ってのは……ま、同じ遊びが好きな連中が集まって一緒に練習したりする活動の事だよ。俺はバスケ部に入ってるんだ」
そうしてバスケのルールや面白さ、大会で勝ち進んだ事、強豪高とぶつかって惨敗した事などを話した。レオは興味深そうに話の続きをねだり、普段は珍しい笑顔も頻繁にこぼしてくれた。
「私が好きな事っていえば、弓になるのかな?」
少し考え込んだレオが、枕をぎゅっと胸に抱きしめて言う。
その仕草が普通の女の子っぽくて可愛らしい。
いや、レオだって普通の女の子だ。強くてかっこいいが、俺と同い年の女の子なのだ。
「ああ、レオは弓道部が似合いそうだ」
「弓の部活もあるんだ。そうね、私が学校に通っていたとしたら間違いなく弓道部に入ってるわね」
笑顔だ。ありえない空想をして、楽しそうな生活を想像して。
レオは笑顔で、羨ましそうに。でも少しだけ寂しそうに、もしもの学校生活についての話を続けていた。
そんなレオを見た俺は、なんだか無性に苦しくなった。胸を締め付けられるように、苦しくなった。
どうしてだろう。レオと同じ光景を共に見ることができないのが辛いのだろうか。
俺は焦るように、話が途切れないように。学校生活の話。悪戯を仕掛けて大失敗したときの話。修学旅行の話。好きな映画の話。家族で旅行したときの話。初めて飛行機に乗った時の話。友達や爺ちゃんとゲームで対戦して大喧嘩にまで発展した話。いろいろな話を続けた。
「……本当に、楽しそう。いつか見てみたい」
レオが視線を伏せて呟く。
言葉とは裏腹に、どこか諦めたような表情。憧れは憧れだと、切り捨てているような。
レオの陰鬱な気分を晴らそうとした俺の話は、どうやら逆効果だったらしい。
レオはきっと、楽しいという感情を封じ込めている。自分のために、自分のやりたい事をする。そういった行為を禁じている。何かに取り付かれたように、義務感に押しつぶされるかのように。ただ目的に向かって一直線に進んでいる。
さっきは少しだけ空想に手を伸ばしはしたが、あまりに遠すぎる世界の話だったからか。再びレオは伸ばした手を下ろしてしまったように感じた。
駄目だ。そんな表情は、駄目だ。
世界は楽しい事で溢れている。俺はこの世界でレオに手を引かれ、沢山のものを見せてもらった。日本にいたんじゃ見られない光景を見せてもらった。
楽しかった。レオと一緒に世界を見て回るのは、楽しかった。
俺はレオにも楽しんで欲しい。レオと一緒に、笑顔で過ごしていきたい。
どうすれば、それが叶う?
とても難しい問題だとは思う。だが、俺はすぐに答えを出すことが出来た。
難しく考える事なんて俺には似合わない。応えはシンプルに、率直に。
素直にやりたいと思ったことをすればいい。当たって砕けるのが俺の信条だ。
決意した俺は、勢い良くベッドから立ち上がって身を乗り出す。
そしてレオの方に腕を差し伸べこう言った。
「なら行こう。レオが俺を案内してくれたみたいに、今度は俺が世界を見せる番だ。レオに、俺の世界の楽しい所を沢山見せてやる番だ」
突然立ち上がった俺に、レオは少しびっくりしたようだった。
後方にバランスを崩して後ろ手を付き体を支えている。
やや迷いを見せた後、レオは手を伸ばし俺の手を握る。
握り返してくれた手の平の温もりを感じ、俺はなんだかとても嬉しくなった。
「うん、わかった。全部終わったらタイガと一緒に行く。タイガの世界を、タイガと一緒に見て回る……約束」
「ああ、約束だ」
俺は、レオと約束を交わした。
大事な約束だ。必ず実現させなければならない。たとえ、どんな障害が待ち受けていようとも。
少しだけ赤面して、レオは握った手を引き寄せてくる。
俺も力を込めてベッドの上に座ったレオを引き起こし、俺とレオは間近でお互いを見つめあう状態となった。
雪のように白く美しい髪。俺の目には、他の何よりも色鮮やかに輝いて見える。
猫を思わせる綺麗な青い瞳。その瞳には、俺の姿が映っている。
手を回せば、抱きしめられそうなほどの距離。
今はまだ、抱きしめる事はできないけれど。
それでも、二人の距離はずいぶんと縮まったように感じた。
レオからほんのり漂ってくるのは石鹸の香り。風呂に入ったばかりだからか。
窓から吹き込んでくる風が火照った体を冷やしてくれる。
火照っているのは、風呂に入ったせいではない。顔が熱い。心臓の音がうるさい。手の平にほんのり汗が滲んでくる。緊張しているのか。
どうしてだろう? レオと二人でいるのは、いつもの事のはずなのに。
「……あー、お二人さん」
唐突に。
ベッドの脇から聞こえてきたバヤールの声にびっくりし、俺とレオは握った手を離して距離を取った。
俺は唾を飲み込んで自分の発言を振り返ってみる。レオと顔を合わせられない。もしかして俺、ものすごい恥ずかしい事言ってなかったか?
……いやいや、何を恥ずかしがることがある。素直な想いを告げただけだ。何も恥ずかしいことはない。
チラリとレオの方に目をやると、レオの方も俺と同じ状況のようだった。時折こちらに目をやるが、顔を合わせてくれない。
「若いねー、青春だねぇー。おっさんには刺激が強すぎるわ」
「いやいや、そこまで変な事は言ってなかっただろ」
「そうね。タイガの世界に興味があるから、見せてもらうという話をしただけよ」
「俺の耳にはもっとお熱い話に聞こえたんだがねぇー……ぐえぇぇぇぇ!」
レオがバヤールをベッドの脇にある机の角にぶつけた。
レオはバヤールに対してはかなり暴力的だ。自業自得なのでかわいそうだなんて欠片も思わない。
ピクピクしながら体を持ち上げたバヤールは、こちらに向き直る。
「ぐぬぅぅぅぅ……ま、いいんじゃねぇの。レオはもっと色んなものを見るべきだと俺も思うし。レオなら……向こうの世界に行く事も、出来るかもしれないな」
「出来るかもって……出来ないかもしれないのか?」
「こっちから向こうに行くのは、ちょっと難しい。俺一人ならなんとかなるが、他の奴を連れて行くのは俺だけの力じゃ無理だな」
うげ、そういう問題もあったのか。俺がこっちに来れたからレオも向こうに行けるものだとばかり思ってた。
……あれ? なんか他にも忘れてる事があるような……
「あっ、あー! そういえば、時間の流れも違うのか? 向こうの世界に行ってこっちの世界に戻ってきたら、浦島太郎状態じゃねぇか!」
「浦島太郎状態ってのが何かは知らんが、いったん向こうの世界に行くならこっちの世界を捨てる覚悟は必要だな。なにしろ、向こうでの一日がこっちでの一年だ。十日も向こうの世界にいたら、こっちでは十年経ってる事になる」
なんてこった、気軽に行き来できるような類の話じゃなかったか。
気軽に約束だなんて言ってしまったが、しょっぱなから話が破綻してる。
いや、一日ぐらいならなんとか……それ以前に向こうの世界に行く手段を探さないといけないけど。
「私は別に構わないけど。目的を達成した後なら、タイガの世界に行くのも面白そうだし」
「……え? まじで?」
いや、どうなんだろう。
そういえば戸籍とかどうなるんだ?
よくよく考えてみれば、俺一人じゃ解決できなさそうな問題が山盛りじゃないか?
……ああもう、知らん! 俺に何とかできなくても、俺のトンデモ両親なら何とかしてくれるだろう。
情けないとか言うな。俺はまだケツの青い未青年なんだよ。青いのに未青年とはこれいかに。
話が終わった後、俺達はそれぞれのベッドで眠りにつくことにした。
いつにも増して疲労感で一杯だったため、これならすぐに眠りにつけそうだ。
バヤールがなんか余計な事を吹き込もうと近寄ってくるのが視界に入ったが、俺はバヤールの上に壊れたパソコンを乗せる事でこれを回避した。
今では俺も立派に空間魔法を使える。俺も成長しているのだよ、バヤール君。
まぁバヤールの補助を受けてという前提の話だけどな。
バヤールを大人しくさせると、あっという間に瞼が下に落ちてくる。
睡魔に襲われると共に、疲労感が溶けていくように薄まっていく。今日はとても気持ちよく眠れそうだ。
その日は夢を見た。
とても楽しい、幸せな夢だった。
レオと一緒に学校に通い、学校の帰り道に寄り道をして。休日には一緒に出かけて馬鹿話をする。
そんな、本当に夢のような時間を過ごした。
夢から覚めるまで。
第三章 タイガ編、完。




