第15話 夢はいつか覚めるもの
「来た……来た来た来たっ」
俺は物陰に身を隠し、大通りを歩く巨体を覗き見る。
こうしてあらためて見ると、やはりでかい。恐怖を与える能力など関係無しに、本能的に恐怖を感じる。
だが、ここで仕留めなければ泥沼だ。体力・再生力で上回る相手と泥仕合? そんなの勘弁してほしいね。
俺は、アークフレイムを三重にして展開した。アークインフェルノの方が威力自体は高いが、味方の攻撃の邪魔になるかもしれないし多重展開もできない。アークフレイムを選択するのが正解だろう。この攻撃が放った後はソウルブレイクをフルパワーでお見舞いする。魔族の核を攻撃するのに最も向いている魔法だ。
ルベルは狙い通りに大通りを道なりに進み、十字路に差し掛かったところで落とし穴にはまる。
落とし穴の底はスパイダーネットで満載だ。おまけに穴の淵に手を掛けたそばから淵もぼろぼろと崩れていく。体勢を崩したルベルはその場に転倒した。
ふふふ、掛かったなマヌケェ! 俺の意地の悪い蟻地獄のような罠から逃げ出せると思うなよ。
転倒したマヌケに向かって、防壁から魔法やバリスタが雨あられと降り注ぐ。俺もアークフレイムを三連発でお見舞いした。
再生する隙も与えず次々と着弾する攻撃はルベルの体を破壊していき、その場に残るは一本の黒い爪のみとなった。魔族の核か。
さすがに核の守りは頑丈なのか、マジックシールドのような物で攻撃を防いでいる。このまま攻撃を防ぎきられるとまずいと考えた俺は、爆炎と土煙の隙間からわずかに見える爪に向かってソウルブレイクを放った。これがむき出しの核に当たれば、さすがの魔族といえどもひとたまりもないだろう。
と、爪が急に高速で飛翔しその場を離れる。俺の攻撃は空を切った。
舌打ちして俺は次の攻撃を放とうとするが、次の瞬間には攻撃を中止し地面に転がるはめになった。
空中を飛ぶ爪が、俺の方に向かって一直線に突っ込んで来たのだ。先程のソウルブレイクで警戒させてしまったからだろうか。ああ、失敗だ。仕掛けるなら確実に仕留められると確信を持ってからだと、レオに言われていたのにな。
俺の頭上を通過した爪は、そのまま建物に突き刺さる……かと思ったが、建物を貫通し弧を描くようにして再び俺の方に向かってきた。俺はまだ立ち上がることすらできていない。やばい、死ぬ!?
「ぬううううんッッ!!」
ドカンと盛大な音を立てて、ガストンの戦斧が魔族を横合いから殴りつける。空気の振動が俺の体に伝わり、思わず体が縮こまった。
周りを見ると、ガストンに連れられた防衛隊十数名が俺の周囲に展開している。ひとまずは助かったらしい。
だが、戦況はそれほど良くはない。ガストン以外の人達も相当な使い手のようだが、向かってくる敵を弾いて迎撃する事はできても敵にダメージは与えられていない。ときおり放たれる強力な攻撃も、ひらりひらりと回避される。空を自由に飛びまわる敵に攻撃を当てるのは至難の技だ。
それに今は向かってきてくれているが、逃げに転じられたら終わりだ。魔物達の死体を使ってもう一度あの強大な体を作られるかもしれない。
「このままではまずいな……タイガ殿、私が敵の動きを止める。敵と組み合った状態で敵だけを攻撃できる魔法はあるか?」
「ある。魔族に対して一番効果的な魔法だ……だけど、どうやって敵の動きを止める気だ?」
「こうするほかあるまいっ!」
そう叫んだガストンは戦斧を手放し、飛来する黒い爪をその両の手で握りこんだ!
無茶な事をする。今は装備にかけられた魔法の防御が働いているが、おそらく十秒と持たないだろう。防御がなくなれば、ガストンの指は失われる。
爪はガストンを引きずったまま空中に逃れようとするが、ガストンが地面を踏み砕くとそれも叶わなくなる。てかガストンの足、地面にめり込んでないか? おかしいだろ。
だがチャンスだ。俺はガストンの近くまで駆け寄り、暴れる魔族の核――爪の根元に向かって、ソウルブレイクを叩き込んだ。
ピキーンと澄んだ音を立て、魔族の核となっていた宝玉が砕け散る。
そして、黒い爪が空気に溶けるように消えていった。
しばらく様子を伺っていた俺達だが、黒い爪が再生される様子はない。
聞こえてくるのは、遠くから響く防衛隊の魔法攻撃の音のみ。
……勝った。魔族を、倒した。さすがの魔族といえども、これだけの人数相手ではさすがに分が悪かったようだ。
俺は心の内から湧き出てくる達成感を抑えつつ(まだ戦いは終わっていないのだ)、バヤールに念話で状況を連絡した。
バヤールから労いの言葉がかけられるが、バヤールからのは要らない。レオに褒めて欲しい。ついでに何かご褒美的なものも賜れるとありがたい。
周りの人達も、控えめではあるが喜びの喝采を上げつつ次の戦場に向かう。魔族に止めを刺した俺やガストンは、すれ違いざまに皆に肩を叩かれて労われた。
「はっはぁ! よくやったタイガ殿。褒章は期待しておけ、とびきりのものを用意しておいてやるぞ!」
最後にガストンが俺の肩をドンと叩きつつ宣言する。
慣れてきてしまったのか、それ程ダメージは受けなかった。
え、なんか不安なんだけど。ガストンが用意する褒章とか嫌な予感しかしない。ガストン印の変な勲章とかくれないよね?
◇◇◇
「……死んだか、馬鹿者め」
突入したルベルの様子を見守っていた魔族が吐き捨てる。
戦況は良くない。町の中に突入した者達も、町中に張られた第二の防衛ラインを超える事はできなかった。
どうせ死ぬなら防壁の連中を掃討するか、または一気に町の中心部まで突撃して第二防衛ラインの連中を引きつけて欲しかったものだ。そうすればこのような苦しい状況に陥る事も無かっただろう。
せっかくチャンスを得たのに建物に引っかかってろくに行動できなくなるとは……あいつは想像以上に愚か者だったらしい。
いや、想定以上に建物が頑丈だったと思うべきだろうか。鳥の魔物を使役し町中の偵察は行っていたが、さすがに建物の強度を調べる事まではできなかった。
あるいは、借り物の力――ルベルの力を過大評価していたか。
そちらの可能性の方が高そうだ。本物のルベルなら、この程度の町を滅ぼす事など造作も無かった事だろう。
だが、今回作り出したのは所詮ルベルの姿を模しただけの人形。かつて魔王とまで呼ばれたルベルの強大な力には及ぶべくも無い。
思えば、あいつはルベルに対する信仰が強すぎる節があった。
ルベルの姿を借りる事で、自身も強くなったと勘違いしてしまったのか……
頭を振って、魔族は終わってしまった事を思考の外に除外する。
切り札の一枚は死んだ。
なら、もう一枚の切り札を切らなければならない。つまりは、自分だ。
自分はそれほど強くない。単純な戦闘能力自体は他の魔族に劣ると思わないが、多くの魔族が持つような特殊能力を持っていないのだ。
馬鹿正直に真正面から戦えば敗れる可能性が高い。あの馬鹿のように罠を仕掛けられる事すらされず、数の暴力に押されてただあっさりやられるだけ。
だがそれゆえに、油断がない。人間を下に見ない。自身の力を過信しない。
まともに戦って負けるなら、まともに戦わなければ良いのだ。
今回の戦いの主軸となったのは二人。ガストンというこの町の冒険者組合長と、タイガという魔法使いだ。
この二人を始末すれば、次の戦いではこちらが有利。防壁にも穴が開いている。早めに次の戦いを仕掛ければ、戦況を優位に進めることができるだろう。
今日の所は混乱に乗じてこの二人を始末する。それだけで満足するとしよう。
勝負は、次だ。次こそは勝つ。
それだけ考えた魔族は、残った魔物達にまぎれて町へと向かった。
脆弱な攻撃魔法や矢が飛んでくるが、その程度のことではこの身は傷つかない。注意すべきは、バリスタや投石器の類のみ。
生き残った魔物達を囮にすれば、町の中に進入する事ぐらいたやすいだろう。
あとは夜まで物陰に潜み、闇にまぎれて標的を始末し町を脱出すればいい。
魔族は最後にそんな事を考え、この世から消滅した。
◇◇◇
「核に直撃……仕留めた」
矢を放ったままの姿勢で静止していたレオは息を吐き、程よく張り詰めた緊張の糸を緩めつつ弓を降ろす。
統率する者のいなくなった魔物達は見る見るうちに隊列を崩し、防壁から雨あられと降り注ぐ弾幕を受けて命を落としていく。半数ほどは反転し逃げ出し始めたが、もう遅い。森の中まで逃げ込めたのはほんの一部。魔物達のほとんどは死滅した。
この戦いは、防衛側の大勝で幕を下ろした。
被害は少ない。敵の矢や魔法攻撃を受けた者達は多いが、一撃喰らった程度では大した負傷もしないだろう。負傷した者達は後ろに下がって治療を受けてから戦線に復帰している。
唯一気になるとしたらルベルが防壁を破壊した時だが、あれだけ分かりやすく体当たりを仕掛けてきたのだ。防壁の上にいた連中は余裕を持って左右に逃げる事ができた。あとは、崩れた防壁の裏側に人がいなかった事を祈るのみ。
「タイガの方もうまくやったみたいね」
「そうだな。何かご褒美とか上げたほうが良いんじゃないか? レオが何かしてくれたらタイガも奇声を上げて喜ぶぞ」
「奇声……」
レオは、ご褒美を上げた時のタイガを思い出し溜息をついた。
たまにタイガは奇声を発する。ご褒美を上げると、全身で力いっぱい喜びを表す。
おそらくその要因は自分にあるのだろうが、まったく理解できない。
バヤールの口車に乗ってしまった時によくそのような状況になるので、バヤールの方は間違いなく理解している。
が、理由を聞く気にもなれなかった。どう考えても、馬鹿馬鹿しい理由でこの男連中は騒いでいるのだ。
それに、聞いた所で自分は理解できないだろう。恋愛沙汰やら男女間の関係についての事柄だと思われるが、それらを自分が理解できるとは思えない。
馬鹿騒ぎする二人を見て、ずいぶんと楽しそうで羨ましいと血迷った考えを抱いた事もある。しかし、自分がその輪に入る事はできないだろう。
レオがぼんやりと周囲を見回していると、レオに匹敵するほどの速度で駆けつけてきて防壁によじ登ったガストンが(階段使えよ)、敵のいなくなった光景を見て勝ち鬨を上げた。
ガストンにつられて勝ち鬨の輪はどんどん広がっていき、町中が歓声に包まれる。
ずいぶん元気な町だ。ガストンが軍事面でのトップに座っているからだろうか。それとも、そんな町だからこそガストンのような男がトップを張っているのだろうか。
レオは、風にたなびく髪を押さえて遠くの空を見つめた。
雲が流れていく。あの雲の向かう先に、レオの故郷バーストゥがある。
犬の鳴き声が聞こえて、レオは防壁から身を乗り出し町を見下ろした。
町中で第二防衛ラインを形勢していた衛兵隊が、犬達にご褒美のご馳走を振舞っている。
あれは、魔物のいる場所を探すために訓練された犬だ。町の衛兵隊の相棒。
犬達はワンと一声鳴いてからご馳走にがっついている。その尻尾はみな一様に元気よく振り回され、喜びを力いっぱい表していた。
衛兵達は、そんな犬達を撫で回して褒めちぎっていた。飯を食い終わった犬は全身を撫で回され、地面をゴロンゴロンと転げ回りながら喜びをあらわにしている。
褒める側も、褒められる側も。ずいぶんと楽しそうだった。
楽しそう、か。
自分も昔はああやって過ごしていた。いろんな事が楽しくて、一緒にいろんなことに挑戦するのが楽しくて。
ここ二年程はそういった事を遠ざけて生きてきたが、最近どうも自分の心にぶれが見られる。
人は、一つのことだけに執着して生きてはいけない。夢はいつか覚めるものだ。良い夢だろうと、悪い夢だろうと。
そろそろ、自分の生き方を見つめなおす時期が来ているのかもしれない。
復讐を捨てる気は毛頭ないが、復讐を終えて何も残らないというのも味気ない。復讐を終えたら、自分のやりたい事をおもいっきりやる。お爺さんも、自分にはそういう人生を歩ませたいと思っていたはずだ。山に引きこもる事で私の生活を大きく制限してしまっている事を、ずいぶんと悔やんでいたようだったから。
自分の考えがこんなにも変化してきている一番の原因は、タイガか。
あの犬っぽい雰囲気を持つ少年は、レオの心にゆとりを持たせてくれている。何より、わかりやすいのがいい。喜びも悲しみも、感じている事を素直に表現してくれている。感情に合わせてその黒髪が元気に逆立ったり悲しげに垂れ下がったりしているのではと錯覚させられるほどだ。おまけに、何も言わなくてもこちらの心情を察してくれる。
まるで、自分のかつての相棒のように。
昔を思い出し、レオは少しだけ寂しくなった。




