第14話 もうあのおっさん一人でいいんじゃないかな
わずかに生臭い匂いの混じった風が吹き抜けていく。
風上に魔物達が集結しているからだろう。姿はまだ見えないが、魔物達の存在を感じて俺は手の平に浮かんだ汗を拭った。
防壁の上やその周囲には、町の守備隊や冒険者が並んでいる。防壁の上に五百人。防壁の後ろ、門や重要拠点に三百人。そして、さらに後ろには武装した町の住人が五百人。
対する魔物達は、報告では千匹程度と言う話だ。数の上ではこちらの方が勝る。質についてもこちらの方が上。町の住人はともかく、守備隊や冒険者なら同数の魔物に負けたりはしない。
高レベルの魔物が混じっていた場合はその限りではないが、偵察してきた限りでは高レベルの魔物の存在は確認できなかったらしい。レオの目でも高レベルの魔物は確認できなかったとの事。油断は禁物ではあるが、魔物より魔族の動向に注意を払うべきだろう。
「来たぞ!」
見張りの上げた叫び声を聞いて俺は魔法のセットを開始する。
部隊の編成の都合上、俺とレオは少し離れた場所に配置されている。
まぁ、離れててもバヤールを介して念話はできるけどね。
同じパーティメンバー同士は固めたほうがいいのではとも思ったが、魔法使い用の範囲支援スキルがある都合上、こういう大規模の戦いでは魔法使いを一箇所に固めて運用するのがセオリーらしい。
そして魔法使いに敵が接近しないよう前衛が周囲を固め、少し離れた所に弓隊が配置される。
防壁から外を見渡すと、遠くの森から魔者達が次々と這い出てくるのが見えた。
いっそのこと森ごと敵を燃やしてしまえば良いのではと提言した奴もいたが、森は町の食料庫でもある。森がなくなれば畑の肥料――腐葉土が不足するし、草食動物を狩る事もできなくなる。敵を撃退してもこの後の町の運営が立ち行かなくなるので、ある意味自爆ともとれるその作戦が実行される事はなかった。
近づいてきた敵と目が合う。
敵は、ゴブリン・オーク等の二足歩行の魔物や、木登りが得意そうな魔物が多い。
まぁ、指揮官となる奴がいるならこの編成は当然か。
熊や狼のようなタイプの魔物が押し寄せてきたとしても、ゴブリンのように弓や魔法で遠距離攻撃ができるわけではなく、そもそも防壁を登る事すらできない。
つまりは何の役にも立たない。
魔物達は進行を続ける。
途中、仕掛けられた落とし穴に引っかかりつつも穴にはまった奴らを踏み潰して進み、あっという間に防壁の目の前まで迫ってきた。
「撃てーーーッッ!」
即席の堀に引っかかって歩みを止めた敵に対し、攻撃開始の合図が轟く。
まだかまだかと手に汗握りながら待っていた攻撃部隊から、一斉に攻撃が放たれた。魔法や矢、それと防壁の上に設置された巨大なバリスタや投石器からの攻撃が雨あられと降り注ぐ。
俺が撃ったのはファイアーボールを四発。俺自身が撃ったのは三発だが、追加詠唱という支援スキルのお陰で魔法が追加発動したのだ。他にも色々な支援が掛けられているため、普段俺が放つ魔法よりかなり威力も強化されている。
俺の放った魔法は、一瞬で数十の魔者達を焼き尽くした。
周囲の魔法使い達がざわめく……まぁ、俺が凄いんじゃなくてバヤールが凄いんだけどな。俺のレベルはまだ30だが、バヤールの支援を受ければレベル70相当の力を持つことになる。レベル70なんて、世界でも最高クラスの力だ。
俺が三回目のファイアーボールを放つ頃には、敵の前衛は総崩れとなっていた。防壁の上から雨のように降りそそぐ魔法や矢が次々と敵を討ち取っていく。
凄いなこれ、敵は防壁に近づく事すらできていない。楽勝なんじゃないか?
そんな腑抜けた事を考えていたのがいけなかったのだろうか。俺は戦況の変化の兆候を見逃した。
見張りが何事か伝えてきてはいたのだが、俺を含めほとんどの連中はそれが何を意味するのか理解できなかった。
いつの間にか一箇所に集まっていた魔者達の死体が盛り上がったかと思うと、そこには十メートルを超える巨躯を持つ魔物が出現していた。山羊の上半身に、馬の後ろ足のような下半身。視線を集中させると、『ルベルの幻影』という文字が浮かび上がってくる。
防壁の高さすら軽く超える、巨大な影。撫でられただけで普通の人間は即死であろう強靭な肉体。そして何より、立ち上る黒いオーラが目を惹き付けて離さない。
それは、目にするだけで人の心を揺さぶる何かを持っていた。本能的な恐怖。そいつから目が離せない。呼吸が苦しくなる。叶う事なら、いますぐこの場から逃げ出したい。
ゾンビか何かなのか、強い腐臭が鼻につく。少なくとも普通の生物ではないのは確かだ。
防壁からの攻撃の手が止まる。
その隙を突いて、ルベルが防壁に突撃してきた。ルベルの巨体にぶち当たられた防壁は一瞬で瓦解し、勢い余ったルベルは町の建物を数軒破壊しながらようやく止まった。
周囲の者達は、その光景をただ呆然と見つめるだけだ。
『落ち着け、タイガ』
バヤールからの念話が飛んできて、俺はビクリと体を振るわせつつ正気を取り戻した。
……あれ、なんだ? 俺はなんであんなにも恐怖を感じていたんだ?
『見る者に恐怖を与える能力か。ルベルにそんな能力は無かったはず……というか、実際に圧倒的な力を持つならそんな能力必要ねぇ。これは、あの肉体を操っている魔族の力だな。あの魔族は、魔物達の死体を素材にして強力な肉体を作り出している。死や恐怖を操る……さしずめ、死霊使いってとこか』
バヤールが自身の見解を伝えてくれる。俺じゃ敵の性質なんて見抜けない。馬鹿正直にやりあって倒せる相手でもないだろうし、分析はバヤールやレオに任せるしかない。
『この状況は不味いな。タイガ、派手な攻撃をあいつに食らわせろ。それで呆けた連中も目を覚ますだろうさ』
『わかった……アーク・インフェルノ!』
俺は、今の俺が使える最大の魔法を行使する。
ルベルを中心に地面に浮かび上がった魔法陣から派手な炎が天高くまで吹き上がり、ルベルの表面を焼き尽くした。
わずか数秒で再生されてしまったが、表面が焼けた事を考えると体自体が頑丈というわけではないらしい。防壁に突っ込んだときも体が破損していたしな。注意すべきはその再生力か。
派手な炎を目にした防衛隊の連中が我を取り戻し、次々と攻撃を再開する。
だが、先ほどまでの連携の取れた攻撃とは程遠い。なにしろ、一番危険な敵は町の中。味方が周囲にいる可能性のある状況では迂闊に攻撃できない。そして、ルベルがぶち壊した防壁には魔物達が殺到している。そいつらを防ぐ事も必要だ。
だが、ルベルが現れたときの攻撃の空白期間の間に、魔物達は防壁のすぐ傍まで迫って来ている。まさに戦闘前にレオが気にしていた問題点が浮上した。防壁に近づかれすぎると、防壁自体が邪魔となって射線が通らない。
防壁から身を乗り出せばなんとか攻撃できるかもしれないが、そんな事をしたら敵の遠距離攻撃のいい的だ。
『ん、レオからの伝言だ。敵の核は右手の爪の根元にあるとよ。そこを叩けば倒せるぞ』
『右手だな……で、どうする? 合流してあの魔族を追うか?』
『いや、レオはここに残る。もう一匹の魔族は自分がなんとかするから、そっちは任せたってさ』
『まじか』
え、俺一人でやるのか? 全く自信ないけど。
……って、俺一人じゃないか。後ろには三百人の冒険者や守備隊がいるのだ。彼らと協力すればいい。
俺は前に出て戦うタイプじゃない。後ろから、一撃必殺の強力な一撃をお見舞いするタイプだ。自分一人で戦おうだなんて考えるべきではない。
『わかった。そっちは任せたぞ、レオ、バヤール』
『おう、任された。死ぬなよ、タイガ』
『ああ』
俺は魔法部隊の指揮官に一言伝えて、防壁から飛び降り町のほうに向かった。
話自体は事前に済んでいる。魔族とまともに渡り合える人間は少ない。魔族が出現した時、魔族の迎撃に当たる人間の選別は既にガストンが行っていたのだ。
俺は物陰に隠れながらルベルに近づいていく。ルベルは、防壁を無視して町の中心部に向かって進んでいる。その方が敵の防衛力を削げると考えたのか、それともただの馬鹿か?
魔族が馬鹿とも思えないが、先ほどからルベルはその巨体が災いして町の建物に引っかかりながら進んでいる。いちいち建物を壊さなければいけないため、その歩みは非常に遅い。俺があっさり追いついてしまったぐらいだ。なんか馬鹿っぽい。
いやいや、待て。お馬鹿を装って何か罠を仕掛けているのかもしれない。油断は禁物だ。
俺が建物の影に隠れながら進んでいると、突然路地から伸びてきたごつい手が俺の首根っこを掴み、路地裏に引きずりこんだ。
くっ、やはり罠か!?
「タイガ殿、敵はかなりの再生力を誇る様子。攻勢を仕掛けるなら、一気果敢に燃え上がるようにせねばならない。協力してくれ」
ガストンだった。
いやまぁ、腕が見えた時点でたぶんそうだろうと思ってたけど。
「でも、早めに仕掛けないと防衛ラインを抜けられちまうぞ。どうするんだ?」
「あの様子では、敵は建物を避けられるルートを選ぶだろう。この先に大通りがある。敵は大通り沿いに進む可能性が高い。大通りの十字路、そこを奴の死地とする」
ガストンの作戦はこうだ。先行した魔道師が十字路に落とし穴を作り、敵を足止めする。そして一斉攻撃をしかけ、敵を仕留める。
十字路を選んだのは、そこならば防壁からも射線が通るからだ。主力である防壁の魔道師部隊からの攻撃が一点に降り注ぐ事になる。
……あれ、これ俺の協力なくても倒せそうじゃね? なんか完璧な作戦っぽいんだけど。
「はっはっは。何をおっしゃる、先行して罠を張る魔道師殿!」
「ぐえぇぇぇっ!」
俺の背中をバンバン叩きながらガストンが陽気な声を上げた。
ガストンが手を動かすたび、俺のライフがガリガリと削られていく。死ぬ。
「俺かよ。俺が罠を張るのかよ」
「当然であろう。虎の子の魔道師部隊はほとんどが防壁の上。罠を仕掛けるのにも時間がかかろう。今から伝令で魔道師を呼び戻していては間に合わん」
「ああ、わかったよ。防衛部隊にきっちり連絡まわしとけよ。罠にはまったけど仕留められませんでした、なんてことにならないようにな……ああ、あと一つ。敵の核は右腕の爪の根元部分にあるそうだ」
「心得た。ふむ、下手に体の奥深くにあるよりよほど狙いにくいな」
ガストンが腕を高速で振り回しつつ建物を破壊しているルベルを見ながら言う。
俺はガストンが了承したのを聞いてから、十字路にむかって駆け出した。昨日レオと町の地形を確認しておいてよかった。「この先の十字路」とやらが何処かわからない、なんて羽目になる所だった。
先回りした俺は、土魔法を使って落とし穴を掘る。地表とそれを支える柱部分だけを残し、残りは空洞だ。
広範囲に深い落とし穴を掘ったため多少の重量では罠が作動しないだろうが、体当たりで防壁を砕くぐらいの質量を持つ相手であれば問題ない。
ガストンは伝令を走らせた後、周辺の者達を集めて十字路の奥の物陰に潜んでいる。
もし罠での足止めがかなわなければ、近接戦闘をしかけて足止めをする心算らしい……無茶だと思うけど。人間があの巨体を止められるとは思えない。止められるのだとしたら、俺はもはやそいつを人間と認めない。
だが、あのおっさんなら本当になんとかしてしまいそうなのが怖い。
聞けば、ガストンのレベルは60を超えているらしい。
もうあのおっさん一人でいいんじゃないかな。




