第7話 時は一刻を争う(早急にミニスカメイド服の用意が必要だ)
「レオさん、少々お願いしたい事が」
翌日の朝。
冒険者組合に入るなり、受付嬢であろう女性がレオに話しかけてきた。
レオは俺の方をチラリと横目で見てから返答を返す。
「向こうで話を聞くわ。その間、彼の冒険者登録をお願いしたいのだけれど」
「了解しました。ではこちらへどうぞ」
俺は受付嬢の案内に従ってカウンターの一番端っこに向かう。
そこにいた別の受付嬢から受け取った書類を記載している間、レオと先程の受付嬢は奥のテーブルで話をしていた。
気にはなったが、まずは登録だ。俺はせっせと登録用紙を埋めていく。
……役割? パーティでの役割か? とりあえず攻撃魔法による敵の殲滅と足止め魔法による補助と書いておこう。
俺が登録を終える頃には、レオの方も話が終わったようだ。地図を片手にこちらに歩いてくるのが見えた。
「タイガ、早速で悪いんだけど仕事が入った。一緒に来る?」
「行くさ。何のために俺をこの世界に呼んだんだよ」
「……一応ね。タイガは何も考えずに行動しているような節があるから」
「そりゃ否定はできないなぁ」
溜息を吐くレオに向かい、俺は頭を掻きながら答えた。
思い返してみれば、この時の俺はやはり覚悟が足りていなかった。
レオはそれを心配していたのだろう。
◇◇◇
俺達は森馬に乗って、木々が生い茂る山と草一本生えていない乾いた荒野の境目を進む。
今回レオが請けた仕事は、昨日薬草採取に行ったきり戻ってこなかった冒険者二名を捜索する事らしい。
「最近多いのよ、食い詰めた連中が適正も経験もないのに冒険者になって失敗する事が。ただ道に迷ってるだけならいいんだけど」
「迷う事なんてあるかよ。山一つ超えたりしない限り、斜面を降りるだけで荒野に戻って来れるんだぜ」
「……ま、楽観視はできなさそうね」
それってつまり、その二人は死んでいるかもしれない……という事だろうか。
初めての冒険に若干心躍らせていた自分が恥ずかしくなってくる。
この世界に生きている人達は、命がけなのだ。いや元の世界の人だって実感は薄くとも命がけで生きてはいるんだろうけど、この世界では失敗が即、死に繋がる。
「森の外周付近に危険な魔物が出現した可能性があるわね。森の中は徒歩で移動する。目視による周辺警戒は私がやるから、バヤールは魔力探知。タイガは……私達の様子を見て勉強でもしておいて」
「……了解」
「タイガ、まずはレオに追従して動いてりゃいい。と言っても、レオの尻を眺めてろって意味じゃないぞ。周辺警戒は怠るなよ。お前は死んでも死なねぇが、お前の迂闊な行動がレオを危険に晒す事だってある」
レオの左手に装着されたバヤールから注意を促され、俺は気を引き締めた。頭の片隅に残っていたゲーム感覚な気分をばっさり切り捨てる。
息を吐いて空を見上げると、どこまでも続く乾いた空が目に映った。視界が天地で二色に染め分けられている。視界の下半分が茶色い荒野、上半分が雲ひとつない青空だ。
荒野から吹いてくる風が頬を撫でる。日本のものとは違う空気。粒の細かい砂の混じった、乾ききった風。それが、地平線の彼方からこちらに向かって吹きつけてくる。
頭を右に向けると、今度は緑と青の二色だ。広大な山と空。山間の隙間からわずかに覗く、はるか彼方にそびえ立つ一際高い山脈の上半分だけは白く彩られている。おそらく、富士山よりはるかに標高が高いのではないだろうか。
日本では見る事の出来ない光景。
ここに来てようやく、俺は異世界に来たんだという実感が沸いて来た。
熊に襲われる事も馬に乗ることも、日本で無いわけではない。ヨーロッパ風の町並みだって、テーマパークにでも行けばよっぽどそれらしい物が見れる。
だが、この光景を日本で見ることはできない。
俺はこの風景を心に焼き付けた。
きっと、生涯忘れる事はないだろう。
◇◇◇
森に入ってからは、森馬を下りて徒歩で進んだ。
森に入って三十分も進めば、捜索対象が向かったはずの薬草群生地帯に到着するらしい。
道中、レオは二度だけ脚を止めた。そして弓を構え、数本の矢を森の奥へと打ち込む。
「ゴブリンね。二回も遭遇するなんて……近くに巣でも出来たのかしら」
レオの気配察知能力は普通なのだろうか。いやたぶん異常だろう。それに、こんな木々が密集した森の中で矢を放つなんてのもおかしい。
俺にはゴブリンの姿なんて影も形も見えない。つまり、射線が通っていないという事だ。たしかに矢はまっすぐ進むわけでもないだろうが、木々を避けるように矢を放つなんて曲芸染みた事が出来るものだろうか。
俺の疑問を感じ取ったのか、バヤールが口を開いた。
「安心しろ、レオが異常なだけだ。タイガの常識が崩壊したわけじゃない」
「誰が異常よ」
「おめぇしか居ないだろうがよ」
レオに軽く木に叩きつけられ、バヤールが悲鳴を上げる。
あ、なんか知らんけどレベルが6に上がってる。レオが敵を倒した場合でも経験値が入るのか。パーティを組んでいるから? この世界の仕組みはどうなっているんだろう。
道中この世界の仕組みについてバヤールから説明を受けるが、聞けば聞くほどゲームの世界としか思えなかった。
俺、さっきゲーム気分をばっさり切り捨てたばかりなんだけど……
「……っと、見つけたわ」
そう口にしたレオが進行方向を変える。
レオの後に続いて、十分ほども歩いただろうか。
レオは急に顔を上に向けた。
つられて俺も顔を上げると、生い茂る葉の隙間に人影が隠れているのが見えた。太い幹の上で寝そべっている二人の冒険者は、こちらに気づいてオロオロとしている。
「……何をしているの?」
レオに質問された二人は、気まずそうな表情で顔を見合わせてから弱々しい声を漏らした。
「いや、どうもこの辺にゴブリンの巣が出来てるみたいで……大量のゴブリンが周辺をうろついてるから、見つからないように隠れてたんだ」
「そのまま夜になっちゃって。夜の森は危険だから、夜明けと共に荒野まで戻ろうと決めたんだけど……」
レオは空を見上げた。
太陽は既に真上に到達している。
「魔物に襲われるかもしれないし、一晩中起きてるつもりだったんだけどなぁ」
「いや~、まさか木の上であんなに熟睡できるとは思わなかったよ、はははは、は……」
二人はレオの冷たい視線を受けて沈黙した。
レオの視線は怖いからな。物理的な圧力すら感じる。
やがてレオは溜息を吐くと、脱力して二人に呼びかけた。
「……冒険者組合からあなた達の捜索依頼が出てたわよ。ここから荒野側にいたゴブリンはもう始末したから、あなた達はさっさと山を降りなさい。ゴブリンの巣は私達が殲滅しておくわ」
「レオさんが来たなら安心かな。いやー、ありがたいなぁ……」
「捜索依頼……その費用って、やっぱ俺達も半分ぐらいは出さないといけないんだよな」
棒読みでそう答えた二人の冒険者は沈んだ表情のまま、ややビクビクしながら木から下りて去っていった。
レオは二人が斜面を下っていくのを見送ってから、俺の方に向き直る。
「ここから二十分ほど進んだ先にゴブリンの集落があるわ。ゴブリンの数は四十といった所かしら。放っておいたら数が増えていくから今のうちに消しておく」
「……それはいいけど、なんでそんな事がわかるんだ?」
「それは、こう、意識をビューンと飛ばして周りの状況を肌でビビッと感じるイメージで……」
「千里眼みたいなもんだよ」
俺の疑問に答えようとしたレオの言葉を遮ってバヤールが解答する。
なるほど千里眼か、わかりやすい。レオの説明は、言っちゃ悪いけど感覚的すぎてよくわかんないからな。やけに擬音語が多いし。てか、バヤール。そんな簡潔な解答ができるなら昨日のうちにしといてくれよ。昨日馬上でレオの話を聞いた時は理解できなくて、気配を察知する能力かなんかなのかと勘違いしてたぞ。
◇◇◇
俺とレオは、周辺で一番背の高い木に登ってゴブリンの集落を見下ろしている。
集落を一望できるという事は、射線が通っているという事だ。ここからなら一方的に攻撃できる。
ゴブリンの中には弓を扱う者や魔法を扱う者もいるらしいが、この集落にそういった者はいないようだった。
状況の確認を終えていよいよ攻撃する段階になって、俺の手にじんわりと汗が滲んでくる。
心拍数が上がっている。ただの緊張ではない。精神的に負担が掛かっているのだ。
この世界に来たときに熊っぽい魔物を殺したが、あれは襲われてがむしゃらになっていたから出来た事だ。
魚や鶏を締めた経験なら数え切れないほどあるが、あんな大型の、しかも人型の生物を殺すとなると忌避感がある。
「……大丈夫? 呼吸が落ち着いていないけど」
レオが心配そうにこちらの様子を伺いつつ手袋を脱ぎ、俺の手を力強く包み込む。
汗がにじんで熱くなっているのかと思ったが、どうやら逆のようだ。俺の手は冷え切っている。レオの体温がやけに熱く感じられた。その熱さがレオの存在を身近に感じさせてくれる。一人じゃないんだと強く意識することで、俺のガチガチに固まった心が少しだけほぐれていった。
続いてバヤールが俺に語りかけてくる。
「タイガ、魔物は人を殺す。死にたくなければ殺すしかない」
「……ああ、わかってるよ。その辺は口を酸っぱくして何度も教えられたからな」
魔物は人を殺す。他の生き物より優先して。そう定義された生き物なのだと。
殆どの魔物は人を喰らうが、それは生きるためではない。人を食わない魔物ですら人を襲うのだ。食べるのは、あくまで殺したついででしかない。
それに、魔物は食事をしなくても数ヶ月程度なら平気で生き延びる。大気に漂う魔力を吸収するだけで、ある程度は生きていられる。
魔物とそれ以外の生き物は、明確に別の存在なのだ。
俺は深呼吸して精神を無理やり押さえつけると、攻撃の準備をはじめた。
「……アイスジャベリン、セット。四つ」
狙いは見張り役のゴブリン達。移動せず周辺を見回しているだけなので、狙いを外す事はまずない。
俺の魔法に合わせて、レオが弓を引き絞る。
「シュート!」
俺が放った魔法は、狙い違わず四匹のゴブリンの体を貫いた。
続いて放ったレオの輝く矢が、集落中央にある洞穴や木が敷き詰められた部分……ゴブリンの住家をまるごと消し炭に変える。
爆風に吹き飛ばされたゴブリン達が騒ぎはじめるが、今更慌てた所でもう遅い。
右往左往するゴブリン達を俺は冷静に一匹ずつ仕留め、逃げるゴブリンはレオの矢に貫かれて絶命した。
ゴブリン達は、あっという間に全滅。攻撃開始からわずか二十秒ほどの出来事だった。
ステータス画面を見ると、俺のレベルが一気に9まで上がっている。
だが喜ぶ気にはなれなかった。無理やり平静さを保つようにしているからか。そりゃあれだけ殺せば上がるよな、ぐらいの感想しか持たなかった。
俺達はしばらくその場で待機し、ときおり集落に戻ってきたゴブリン達を始末してから町に戻った。
町に戻る途中は、めずらしくレオの方から俺に話を振ってくれた。どうやら気を使わせてしまっているらしい。
空元気だと自覚しつつも俺はなんとか普段どおりの様子を装い、レオに過剰なスキンシップをはかろうとして頭をどつかれた。
◇◇◇
その日の夜。
宿でタイガと別れ、自分の部屋に入ったレオはベッドに腰掛けながらバヤールと相談していた。
内容は、タイガについて。
レオはタイガについて想いを馳せる。
自分がバヤールと相談した結果、旅路を共にする事になった人。
短い付き合いだが、タイガの本質はすでに感じ取れた。
優しい人だ。ちょっぴりエッチな所はあるけれど、頼まれたら断れないし、人が傷つくのを見て黙っていられるタイプではない。
自分はその優しさに付け込んでいるのではないかと、自己嫌悪に陥る事もある。
今回、捜索対象の冒険者が生きていたのは幸いだった。タイガに最初から挫折を味合わせる事にならずに幸いだった。
あの黒い短髪の少年は、人の死をありのままに受け止めてしまうだろう。
仕方ないで済ませることなく、自分がもっと早く着いていたら救えたのではないかと悩むだろう。
レオは、タイガにそのような苦悩は味わって欲しくなかった。
ここまで考え、何故タイガの事がこんなに気にかかるのか。その理由に思い立ったレオは苦笑する。
タイガは、なんだか犬っぽいのだ。
一心不乱にこっちに着いてきて、やりすぎて怒られたらその短い黒髪をしおらしく垂らしながら反省するが、次の瞬間にはまたこっちに擦り寄ってくる。
まさに犬だった。
「ずいぶんとタイガの事を気に入ったみたいだな」
「そうね。悪い人ではないみたいだし……ただ、優しすぎる所が少し気にかかるかも」
その点については不安要素だった。
だが、少なくとも今回そこが問題になる事は無かった。
「不安がないわけではないけれど、なんとかやっていけそう……かな」
「明らかに空元気だったけどな。でもまぁ、人ってのは慣れる生き物だ。変に気負いすぎないようにだけ気をつけてやれば、すぐ慣れるさ」
「……気負い過ぎないようにさせるには、どうすればいいのかしら」
レオは悩む。が、答えは出ない。自分がそういった類の事に疎いのは自覚している。
レオはバヤールの方を見た。
「……レオ、確かに俺は昔お前に『人を頼る事を覚えろ』と言ったが。俺は人じゃないからな」
「大事な仲間だと認識しているから大丈夫」
「仲間ねぇ。ずいぶんと都合のいい言葉なこって」
バヤールは若干呆れつつも、レオにどうすべきかを教授する。
無論、素直に最善の方法は教えない。教えるのは、面白い展開になりそうな方法だ。
「それほど難しい話じゃない。要は、別のことに意識を向けさせればいいだけだ。嫌な事を、良い思い出で上書きしてからなら夜も気分良く眠れるってもんさ」
「……つまり?」
バヤールは思考を巡らせる。
レオにミニスカメイドの格好をさせてやりたかったが、あいにく服がない。残念だが諦めるしかないだろう。こういった状況になったらすぐに対応できるよう、早急に作らねばならない。
「今日のところは、ひとまず耳掃除でもしてやればいいんじゃないかな。乾いた砂混じりの風に晒されてたんだ。タイガはこの辺の気候に慣れてないし、一回レオが掃除してやったほうがいいだろう」
もっともらしい事を言うバヤール。
それに対し、レオは小首を傾げて疑問の声を上げる。
「……耳掃除? それだけでいいの?」
「ああ、それだけでいい。お前は自分のスペックを自覚すべきだ」
「……? 自分の技量も身体能力も自覚しているつもりだけれど」
「そういう意味じゃねぇよ」
バヤールは呆れた様子だったが、レオらしいとも言える。こいつはどこまでいっても天然だ。
一刻も早くミニスカメイド服を用意しようとバヤールは心に誓った。




