第6話 とりあえず飯はうまい
早朝トレーニングを終えた俺とレオは食堂のテーブルにつき、朝食が運ばれてくるのを待つ。
俺はデニッシュパン、レオはホットサンドがメインのメニューを注文した。
ホットサンドにも惹かれるものがあったが、ここの朝食メニューは二種類。せっかくだからレオと違うものを注文してみた。
朝食前に運動したため、空腹感が半端ない。匂いをかいだだけで腹がぎゅるぎゅると悲鳴を上げている。
宿屋のいかついオヤジ(38歳)の娘さん、素朴な三つ編みが素敵な看板娘(16歳)が朝食を運んできてくれた。
スープにサラダと、メインであるデニッシュパン。
これだけ言うとボリュームが少ないんじゃと思われるかもしれないが、デニッシュパンの大きさが半端ない。
普段の俺なら食べきれるかどうか不安になるほどの大きさだ。
ただ、期待していたわりにはなんだか地味な朝食だなぁと思いつつパンにかぶりついてみる。
なるほど、外はカリッと。中はふんわり。いい食感……が!?
俺の歯がパンを覆っていた堅い膜を突き破ると、香ばしい匂いが強烈に鼻腔をくすぐってくる。これは、バターだ! ふんだんに使われたバターの香りが閉じ込められていたんだ! しかもこのパンは出来たてであり、中はまだ熱い。むき出しになった生地からはわずかに湯気が漂ってくるほどだ。それがより一層強烈な香りを生み出す結果となっている。
俺の手により包囲網に穴が空けられたパンは、中に閉じ込められた芳醇な香りを余す所無く一気に放出する。しかも放出された先、目の前には俺の口と鼻があるのだ。こんな至近距離で強烈パンチを受けてしまってはノックアウトされざるをえない。
たまらずもう一度パンにかぶりつく。すると更なる衝撃が俺を襲った。
デニッシュパンと言うと甘くパサパサしたものというイメージが強かったが、このパンは間逆だ。
俺の口に広がったイメージは、ステーキ。それも、口の中でとろけるほどのサシの入った高級肉。
とろけるイメージの正体は、チーズだ。熱々のパンの中に、とろけたチーズが隠されていたのだ。
そしてそのチーズを覆い隠していたのはパンではない。分厚く塩辛いベーコン。ベーコンでチーズを巻き、その上をさらにパンで覆って練り上げたのがこのデニッシュパンの正体だ。
溶けたチーズがベーコンの肉汁やバターの風味と絡み合い、強烈過ぎるベーコンの塩味と滲み出た余分な油はふんわりしたパンに吸収されて味のコントラストを生み出している。咀嚼するたびに味の強さが変わり次の一噛みを催促され、次に襲い来る味が予想できない。次の一噛みをするとどうなるのかがどうしても気になり、噛むのをやめられない。味わうのに集中して呼吸を忘れてしまい、苦しくなった俺は思わず口を大きく開けて呼吸をしてしまう。口からは、思わず「はふぅ」という声が漏れた。
っと、危ない!
口に広がる感動に集中している間に、手にしたパンからチーズが垂れそうになっていた。俺はもう一度パンにかぶりつく。
すると、食べる進めるのがどうにも止まらない。奥に進むとパン、バター、ベーコン、チーズの配分が変わるのか、常にこちらの予想を超える味わいがもたらされるため食べるのを止める事ができない。おまけに、場所によって使われている香辛料も……いや、それどころかパンの生地すらも違うようだ。食感も、味も、香りも。すべてが新鮮。全てが俺を飽きさせない。
あまりに急いで食べてしまったためか、少しむせてしまう。
いかんいかん、焦りすぎだ。少し落ち着こう。
そう思ってスープを一口すすると、再び俺の世界が変わった。
あっさりした味なのに、どこか甘みがある。甘みの正体は玉ねぎだとして、妙に体に染み入ってくるこの風味は……タケノコか!?
これは予想外の食材だ。タケノコといったらシャキシャキした食感を楽しむものという固定観念があったが、磨り潰してその風味を生かすとは。
どこか落ち着く風味を体に流し込んだ事で、ようやく俺の口に平穏がもたらされる。どうせ次の一口を食べたら再び戦乱が起こるのだろうが、今はつかの間の平穏すら愛おしい。
落ち着いたところで、俺はレオの方に目を向ける。
自分の食事にばかり集中してまっていた俺だが、レオの食べているパンがどんな物なのか気になったのだ。
こっちがこれだけの一品なのだ。レオの頼んだ方はどれほどのものなのだろう?
横目でレオの食事を眺めると、レオは手にしたホットサンドを手で軽く押し潰しつつかぶりついていた。
手で押しつぶすのは、そうしなければ口の中に押し込めないからだろう。
レオが手に取っているのは、カリカリになるまで焼いた二枚の食パン。そしてその間に挟まれているのはキャベツと、厚さ二センチはあろうかという鳥の照り焼きだ。
それを見た俺の喉が、ごくりと鳴る。
もの欲しそうに見ていた俺に気づいたレオは、手にしたホットサンドを差し出し「食べてみる?」と嬉しい申し出を提案してくれた。
俺は一も二もなく頷き、ホットサンドにかぶりつく。かぶりついてから、これって間接キスだよなぁと気づいたが俺の頭はそれどころではない。エロの化身である男子高校生に食欲の方を優先させるなんて、なんて罪な食事なんだ。
かぶりついてまず思ったのは、ボリュームだ。カリカリの食パンをやっとの思いで突き抜けた先には、これまた分厚い肉。肉を固めに仕上げているのはわざとなのだろう。大抵の肉は工夫してでも柔らかく仕上げるのに、間逆の方向に進んでいる。だがそれがいい。それが、一噛みするだけでこの圧倒的な満足感を与えてくれる秘訣なのだろう。
肉汁と照り焼きソースが溢れる。二噛みほどしてから襲い掛かってくるのは照り焼きの甘辛い旨みと、わずかに感じる苦味。口に入れるまで気づかなかったが、野菜はキャベツだけではないようだ。やや堅い芯の残る瑞々しい野菜。苦味のある柔らかな葉。酸味のあるペースト状に磨り潰された野菜。力強い照り焼きソースで口の中が支配されてしまう事が無いためだろう、時折口の中に残るその苦味や酸味が何とも心地良い。ホットサンドの方も、何度噛んでも飽きが来ないようになっている。大ボリュームの食事を最後まで食べてもらうための工夫か。
「うまいぞぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」
鳥の照り焼きを飲み込んだ俺は、思わずそう叫んでいた。
周りから奇異の目で見られようと、俺のこの気持ちは隠す事ができない。うまいものをうまいと言って何が悪い。
「うるさい。食事中は静かにしなさい……あと、私も一口もらうわね」
そう言って、レオは俺のパンにパクリとかぶりつく。
次の一口を食べようとパンを口元に近づけていたため、レオの唇がほんの数センチ先まで近づいた。肩は完全に密着し、わずかに吐息が掛かる。レオの白くさらさらな髪が俺の頬を撫でていった。
さすがの俺もこれにはドキリとする。間接キスより食欲が優先される事はあっても、直接的なゴニョゴニョより優先される事はない。
こいつ無防備すぎるんじゃないのか。いやまぁ、特殊部隊も真っ青なくらい強いから無防備もへったくれも無いのかもしれないけど。
◇◇◇
この後俺達は武具店に行き、レオに俺の服を見繕ってもらった。
服と言っても、魔法が掛かったれっきとした防具だ。魔力を循環させる事で魔法の防御膜作を成するらしい。注意点としては、装備した直後は魔力の貯蔵が不十分なため効果を発揮しないのと、何度も連続して攻撃を受けると溜まった魔力が枯渇するのでこれまた効果を失う事。
魔法使いが使うような杖も並んでいたが、バヤールの分身体である指輪より遥かにランクが劣るため不要との事。
旅に必要な道具はレオが既に持っているし、日用品は空間魔法で取り出せるので不要だ。ある意味、家にある物まるごと所持したまま転移してきたようなもんだしな。
「あとは、ステータスや職業レベル、スキルレベルをどう割り振るかね。当面はバヤールの補助を元に魔法使い系統で凌いで、その間に貴方の得意とする戦闘スタイルを確立させるのが基本となるけれど」
そう言ってレオがこちらの様子を伺う。
「と言っても、俺が得意とする戦闘スタイルなんてもん無いしな……今のスタイルのままレベルを上げていくのが無難なんじゃないか?」
運動神経に自信はある方だったが、レオとの組み手で俺の自信は木っ端微塵に打ち砕かれていた。
考えてみれば、普段から命がけで戦ってるような連中と張り合えるはずもない。
「即戦力になるのを優先するなら、それがいいだろうね。俺の補助は、単純にタイガのレベルを40程度ブーストするものと考えてくれたらいい。だからタイガ自身が魔法使いとしてのレベルを上げればその分強力な魔法を使えるようになる。タイガのレベルが30程度まで上がれば、最上級魔法にも手が届くだろうさ」
俺の言葉にバヤールも同意する。
そういうわけで、俺はレベルUPで得たポイントを魔法使い系統の項目に割り振る事に決めた。なんか、まんまゲームだなこれ。課金したらスキルリセットとかできたりしない?
俺は、レオやバヤールと相談しながら慎重にポイントを割り振っていく。
メインは攻撃魔法が得意なウィザード。サブとして、補助魔法が得意なセージの職業レベルを上げていく事に決めた。
といっても、サブのレベルを上げるのは当分先になるだろうけど。
昼食を取った後は町の外に出て、移動時の注意点や野営の仕方をレオに教えてもらう。両親と一緒に謎のサバイバル生活をしていた事もあるので一応テントを張ったり簡単なビバーク程度ならできるが、魔物避けだのなんだのについては全く分からない。
なんとか自分一人で野営の準備ができるようになった頃には、既に日が傾いていた。
昨日も今日も、ほとんど訓練だけで一日が終わったな。
まぁ、異世界で旅をしようというのだからそれも当然なのかもしれんけど。




