第3話 乗馬経験/Zero
馬の筋肉は半端ない。
蹴られたら死ぬ。
ゴルゴ13と馬の背後に立ってはいけない。
翌日。
目が覚めると、まだ日も出ていない早朝だった。
まぁ寝始めたのが夕方だしな。
なぜだか流していた涙を拭い、俺は伸びをした。熟睡しすぎていたせいか、寝起きだというのにやけに体に疲労感がある。
軽く柔軟体操をして体をほぐすと、俺は宛がわれた部屋を出てリビングに向かった。
と、俺と同時に起きたのか、それとも俺の立てた物音で目が覚めたのか。レオの方も寝ぼけなまこな目を擦りながらリビングに出てきた。
俺はレオの姿を見て絶叫を上げる。上げざるを得ない。
なぜならそこには、桃源郷が存在したからだ。
「は……裸Yシャツだとおぉぉぉぉぉぉッッ!?」
レオが体に纏っているのは、薄手のYシャツ一枚。いやおそらく下には何か着ているのだろうが、サイズの合っていないだぼっとしたYシャツはレオの脚をいい感じで覆い隠し、まるでYシャツ以外は何も身に着けていないように見える。
上二つのボタンを留めていないため、胸の谷間が丸見えだ。俺が睨んだ通り、結構大きい。肩口は寝ている間にはだけ、片側が二の腕まで見えるほどずれている。胸で引っかかっているためそれ以上ずれなかったようだが、もっと胸が小さければ完全にはだけてしまっていたのではないだろうか? 残念なような、嬉しいような……何を隠そう、俺はおっぱい星人なのだ。
いや俺だけではないだろう。人は皆、おっぱいを求め、おっぱいを吸って成長する。おっぱいと共に生きている。人類はみなおっぱいにより育まれたおっぱい星人なのだ。
破壊力の高すぎるレオの肉体に視線を持っていかれたまま、俺の体は硬直する。ついでに他の部分も硬直しているが、これについては仕方ない。こんなお見事な物を見せられて硬直しないなんて、逆に失礼というものだ。
ちなみに破壊力が高いってのは、理性に対してだ。ふぅ、まったく。レオも罪な女の子だぜ。俺のように清廉潔白な紳士が相手でなければ、危険な状況に陥る所だった。
俺が動きを止めていると、レオは目を擦っていた腕を下ろしてはだけたシャツを直しながら俺に声を掛けてきた。
「……何? 何か問題でも?」
「いえ。結構なお手前で」
「……? まぁいいわ。少し待ってて、スープだけ温めておくから。顔を洗いたいなら表に水があるから。歯磨きも同じ場所においてある」
そう言ってレオはキッチンにある鍋の下に小振りな薪を二本放り込むと、指先から何か光るものを流し込んだ。
すると、二本の薪はあっさり着火し炎を上げ始める。
魔法だ。異世界ファンタジーだ。
だが俺は、レオの使った魔法っぽいものなんて一切見ちゃいなかった。
視線は胸元や太腿に釘付けである。ここには夢と希望が一杯につまっている。ファンタジーな魔法なんか目じゃないくらいに。
「どうでぇ、俺のプロデュースは」
「最高を超えている。お前天才か」
いつの間にか俺のすぐ傍まで寄ってきていたバヤールに対し、俺はがしっと熱い握手を交わした。
こいつとは仲良く出来そうだ。俺達は、血よりも濃いエロスという絆で結ばれている。
「ははは、もっと言うて良いぞ。ちなみに、一番上と二番目のボタンは超級魔法を使ってこの世から消滅させておいた」
「お前っ!? なんて素晴らしい事を!」
「どうだ、隙間から覗く隙だらけの肌は?」
「胸の所の張りと皺がとんでもない事になってるな……それに、チラリチラリと見える太腿も俺の理性をガリガリと削っていく。あと、直接的に見える所以外もいろいろとやばい。ボタンとボタンの間にある微妙な隙間が、こう……」
「意外とアイツ、胸大きいからな……そそられますなぁ」
俺は感動のあまり、涙まで流していた。
俺、異世界に来て良かったよ……夢の国は、ここにあったんだ。
俺は、生まれてきた事を神(レオの裸Yシャツ姿)に感謝した。
「バヤール。お前、いい奴だったんだな……」
「当たり前だろ。エロが嫌いな人間なんていねぇ。人は皆、神秘を追い求める罪深き生き物なのさ」
エロは異性への愛情を育むが、同性との友情を育てる事だって可能なのだ。エロは偉大。エロはグレイト。エロは世界を平和にする。
でも、バヤール。お前人間じゃないだろ。
「レオ、どうでぇその服の着心地は?」
「悪くないわ、やけに肌触りがいいし。私ごわごわしたのは苦手だから手足は素肌でないと眠れなかったんだけど、これなら大丈夫ね」
「気に入ったなら、ぜひ使い続けてくれ。俺の服もそれを望んでいる」
「服が……? 変な事を言うのね。くれるというのならありがたく頂くけど」
しばらくしてスープを温め終わると、俺達は朝食を食べる事にした。
朝食は簡素なものだ。パンにスープ、保存食であろう干し肉。パンも干し肉も思ったより柔らかかったので、意外と普通の朝食だ。日本の食事とそれほど変わらない。
食事をしつつレオが俺に話を振ってくる。話は、俺をこの世界に連れてきた理由から始まった。
バヤールは、レオに頼まれて俺をこの世界に連れてきたらしい。
「あなたを呼び出したのは、お願いしたい事があったからなのよ」
「なるほど、わかった了承しよう」
「真面目に話を聞いてほしいんだけど」
「いや、俺としては真面目に答えたつもりなんだが」
テーブルを挟んで座ったレオは身を乗り出してこちらに話しかけてくる。
それを見た俺も思わず前かがみになってしまう。
「……なぜ、私が前かがみになるとあなたも前かがみになるの?」
「これは仕方の無い事なんだ。血流が俺にそうさせる」
「血流……? まぁいいわ。それより話を続けるわよ」
コホンと咳払いをしたレオは姿勢を正す。
あああ、桃源郷の奥が見えなくなってしまった……いや今でも十分桃源郷なんだけど。
「うまく説明する自信がないから結論部分から言う……人の心を乗っ取ってしまう宝玉がある。私はそれを探し出して、全部ぶっ壊したい。あと、できればそれを作った奴も何とかしたいと思っている。でも私一人じゃ出来そうにないから、協力者を探している」
この後、レオは少しだけ躊躇した後に説明を続けた。
「異世界人はすぐ強くなる上に、死んでも元の世界に戻るだけだって聞いたから。協力をお願いできるなら、適役だと思った」
躊躇した理由は、都合が良い人材だからという内容を言いたくなかったからか。まぁそりゃ言いにくいわな。
でも、俺はそんな事気にしない。
可愛い女の子にエロい格好でお願いされて断れる男がどこにいるというのだ?
「俺の答えは変わらないよ。どうせ目が覚めるまで……三ヶ月ぐらいは暇人なんだ、協力するさ。てか、異世界に一人でほっぽり出されるほうが嫌だよ」
そう言って俺は笑う。
爽やかスマイルで、レオの事を気遣ってわざとそんなセリフを言った感じを装う。
あざといと言うなかれ、世の中を上手く渡っていくには必要なスキルだ。
それに、レオの手助けをしたいと思ったのも本心からだしな。レオの表情は真剣そのものだ。あんな顔されちゃ、エロい格好とか関係なく首を縦に振ってしまう。
報酬云々についてレオが交渉しようとしてきたが、俺は丁重に断った。
まぁ報酬は頂くがな。レオ、報酬はお前からの愛だっ!
……いや、今のはさすがの俺でも少し恥ずかしい。自重しよう。
この後、俺はこの世界の過酷さに揉まれて色々悩んだりするハメになったのだが、この時の俺はそこまで深く考えず了承した。
だがこの時の決断に後悔なんてしていない。
人生の転機。俺の人生は、この時大きく分岐したのだ。
レオと共に歩まなかった人生なんて、のちの俺には想像もできなかった。
◇◇◇
俺達は出かける準備をして家の外に出る。
準備といっても、俺はやる事なんて何もないけど。比較的頑丈な服に着替えたぐらいだ。
目的地は最寄の町。そこで旅の準備をする。俺が使う分の装備を買うのだ。
ちなみに、最終的な目的地は昔の遺跡。追跡魔法で探った所、人の心を乗っ取るとかいう宝玉を作った奴がしばらくそこに滞在していた事がわかったらしい。いわば敵の根城だ。今は反応が消えてしまったとの事だが、何か手がかりが残っていないか探るんだとか。
すんなり行けば、ここから一ヶ月程度で到着する……俺が足手まといにならなければ、だけど。
家の前の広場でバヤールが何事か唱えると空中に複雑な紋様が浮かび上がり、そこから馬が出てきた。
でかい。普通の馬より一回り以上は大きいだろう。
視線を合わせると、「森馬」という言葉が浮かび上がってくる。
種族名だろうか。すごい適当な名前だ。森の中を走れるから森馬なんだろうか。
「まずはこいつに乗って町まで行くわ。一時間ほどで着く」
「へぇー。俺、馬に乗るのは初めてだよ」
「……初めて?」
俺の言葉を受けて、馬に鞍を取り付けていたレオがその手を止める。
そして、何か少し考え込んでいる様子でむむむと唸り声を上げた。
「……私が後ろに乗ると前が見えなくなるから、タイガには必然的に後ろに乗って貰う事になるけど。後ろに乗るなら体重移動ぐらいはできないと駄目ね。少し練習してからいきましょうか」
「乗馬かー。一回やってみたかったんだよな」
馬に乗れると聞いて、俺ははしゃぐ気持ちを少しだけ漏らした。
だって、馬だぞ? ファンタジー世界の騎士とかが乗ってそうな奴だぞ? 憧れるじゃないか。
「気を付けて乗ってね。無理だと思ったら馬の首にしがみ付いて。そしたら勝手に止まってくれるから」
「早く走るならともかく、小走りぐらいなら大丈夫だろ?」
「……そう思うなら、乗ってみなさい」
レオの言葉を聞いて若干不安感が募ってきたが、まぁ大丈夫だろう。
俺は意気揚々とあぶみに足を掛け、馬の背に飛び乗った。
乗ってみると、視線の位置が思ったより高くて少し怖い。高さは三メートル近くはあるだろうか。バスケットゴールよりやや低いぐらいの高さだ。
「脚で馬の腹を軽く挟んでみて、そしたら歩き始めるから。手綱を片方だけ軽く引いたら方向転換するから、広場をぐるぐる回るように歩いてみて」
「りょーかい」
レオの言葉に従ってみると、馬がゆっくりと歩き始めた。
思ったより揺れる。あとは、なんと説明していいか分からないが妙に不安感を感じる。馬のどっしりとした安定感に反しておれの体が安定してくれないからだろうか。足を進めるたびに馬の背中の強靭な筋肉が動き、俺の体を揺らすのだ。
「……レオ。何の説明もせず馬に乗せるのは酷だと思うぜ」
「だって、説明できる自信ないもの」
「せめて説明する努力だけでもさぁ」
下のほうから、なんか不吉な事を言ってるのが聞こえてきた。
うん、たしかに歩いてるだけで思ったより揺れる。これはやばいかもわからんね。
「んじゃ、少しペース上げようか。足で挟む力を強くしてみて」
「ああ、タイガ……落馬したら回復魔法だけはかけてやるよ」
不安感を押しつぶして言われたとおりにしてみる。
が、若干腰が引けているからだろうか。思いのほか力が入らず、歩くペースは一向に変わらない。
業を煮やしたのか、レオがチッチッチッと鳥の鳴き声のように舌を鳴らした。
馬への合図だったのだろう、その声を聞くと馬の歩くペースが急に速くなる。
「おっおっおっ、これは結構ゆれ……おおおおお?」
「これが軽速歩。二拍子のリズムで揺れるから、それにあわせて体を動かして」
「いやっ、これはっ、どうやってっ???」
おれの体は完全に馬の背に弄ばれている。突き上げられて体が空中に投げ出され、落下しはじめたと思ったら再び馬の背にカチ上げられて再び空中へ。体を動かすとか安定させるとかそんな事ができる状況ではない。
てかまじでやばい! 落ちそうになったら馬の首にしがみ付けと言われたが、それすら出来んて。
「おいいいいいっ! 無理だってこれ! 二拍子とか言われてもわかんねぇよ!」
俺は必死に手綱を握りって立ち上がり、馬の背に体が触れないようにする。
こうしている間は体が振り回されることは無いようだが、馬の背に少しでもケツが触れたらもうだめだ。馬の背中の筋肉はんぱない。
「後ろ足の動きを見てタイミングを測って。馬の背が上下するのは、後ろ足を蹴り出した時だから」
「いや、見えないだろ、後ろ足!」
「……そういえばそうだった」
レオが溜息をつくと、馬が止まった。
俺は息を吐いて脱力し、馬の背中にぐでーんと寄りかかる。たった三十秒ぐらい走っただけだったが、既に俺の息は上がっていた。
「やっぱいきなり森馬は無理だって。普通の馬でもきついのによ」
「……じゃあ、私が後ろに乗って乗り方を教えるわ。同じ場所をグルグル回るだけなら、斜め前さえ見れていれば大丈夫だし」
バヤールの言葉を受けたレオが、さっと俺の後ろに飛び乗ってくる。その動きはまるで猫のように軽快だ。さすが異世界人。
「私が体重移動を補助するから、あなたは体を動かすタイミングを覚えて」
後ろにぴったり密着したレオが俺に語りかけてくる。吐息が背中に当たってこそばゆい。レオの体温を背中に感じる。
というか、体。完全に密着してますやん。これってものすごい体勢なのでは?
俺は背中の感触に全神経を集中させる。
……おおお? 少々分厚い上着を着ているので気づくのが遅れたが、背中に一際柔らかい感触が当たっているぞ?
これは間違いない。おっぱい! おっぱい!
この世界の下着事情はどうなっているのだろうか。この建物の設備やレオの服装からの推測でしかないが、文化レベル的に下着にワイヤーが入ってる可能性は低いだろう。レオは薄手のシャツしか身に着けていなかった。もしかしてこれって、おっぱいが布だけを挟んで俺の背中にぴったりフィットしているのでは?
なんという事だ……馬の背中の上に理想郷が存在するなんて、考えたこともなかった。
なんて俺がアホな事を考えている間に、再び馬が動き始めた。
先ほどまでと違いレオが俺の体を前後に動かしてくれるので、体勢は安定している。
なるほど、たったこれだけ体を動かせば体勢が安定するのか。先程までの俺は馬の動き全部に強引に体を合わせようとして失敗していたが、考えてみれば失敗するのは当たり前だ。馬が動く速さに合わせて体を動かすなんてできるはずがない。あと、上下ではなく前後に体重移動するのがコツっぽいな。
そして、レオが俺の体を動かすために何度も体をぶつけてきてくれているわけだが……その、なんと言いますか。ふふ、少々下品な事を言ってしまいますとね。
おっぱいがね、むにゅりと押し付けられるわけですよ。押し付けられた状態で、俺が体重移動を失敗するたびに上下左右に揺すられるわけですよ。
俺の下半身は既にエレクチオンしている。堅いGパンに押さえつけられているので俺の愛馬の凶暴さが視覚に現れることはないが、こんなエロい状況で馬に大きく揺さぶられ股間に激しい衝撃をくわえ続けられると、この果てに行き着くのはあまりよろしくない未来だ。
乗馬してて果てるとかどんな変態だよ。
「集中してない」
俺の様子を見て取ったレオが軽く頭突きを食らわせてくる。
ハッ、危なかった。意識がトリップしてしまう所だった。
「今は、私の体の動きに集中しなさい」
「ある意味集中してます」
とんでもない誤解を招く言い方だなおい。
だが、さっきの頭突きで俺の意識は覚醒した。あのままでは俺は行き着く所まで行って戻って来れなかっただろう。無数の生命の源が俺の体外に排出され、パンツの中で1cm競泳自由形(ただし自主活動のためゴールは無い)を開始していたかもしれない。
ああー、危なかったのじゃー! もう少しでレオにゴミカス以下の汚物を見るような侮蔑の視線を投げ掛けられる状態になる所だった。
バヤール? アイツには別にどんな視線を向けられようがどうでもいい。そもそも目が無いし。
この後十分ほどレオの指導を受けた俺は、一時間ほどで馬に乗れるようになっていた。
調子に乗って走る速度を上げ落馬しかけ、再びレオの指導を受けたりしているうちに、いつのまにか時刻は昼を過ぎていた。
休憩を挟みながらとはいえ、四時間ほども馬に乗っていた事になる。あれ、馬ってこんなに乗ってて大丈夫なもんだっけ? 馬も人間もそんな体力ないような。
そう思って聞いてみると、バヤールの補助魔法で身体能力や回復力が強化されているらしい。
……バヤールってもしかして凄い篭手だったりするのだろうか。喋るし。飛ぶし。何か吐くし。




