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傍観者ではいられない!  作者: ぽぽりんご
第二章 レオ編(シリアスあっさり風味)
27/51

B-6 戦うと決めた。それが今の自分

 

 

 レオは堪えようもない吐き気を感じて目を覚ました。

 体を起こし涙を流しながら喉に詰まっているものを吐き出す。何度も咳き込み、肺に溜まった液体を全てひねり出す。

 喉が焼け付くようにヒリヒリする。塩辛い。

 レオが吐き出したのは、海水だった。

 

「よお、目を覚ましたか。すまん、とっさだったんで良い場所を選べなかった」

 

 バヤールの声が聞こえたほうに視線を向ける。だが、そちらには誰も居なかった。

 

 不思議に思いながらもレオが周囲を見渡すと、どこか歪さを感じさせる海岸が目に映った。体の半分ほどまでが砂浜に打ち上げられ、残りはやや冷たい海水に浸かっている。透き通ったエメラルドグリーンの海水は日の光を浴びてキラキラ輝いている。目の細かい砂浜は太陽の熱を余す所なく吸収し、焼け付くような熱さを感じさせた。砂浜の奥には南国風の植物が生い茂り、甘い香りのする果物を実らせている。

 

 だが、それだけだ。それ以外のものは見えない。バヤールも、それ以外の者も。

 とても違和感のある光景だった。

 なぜなら、生き物の気配を全く感じない。

 これほどまでに良い環境が整っているのならば、生物が寄って来ないはずが無いのだ。

 まるで生物が死滅してしまった世界のようだとレオは感じた。

 

「……ああ、私は死んだのか」

 

 レオは、ぽつりと呟いた。

 ずいぶんとあっけない死に様だった。

 

「いやいや死んでねぇよ。なんでそうなるんだよ」

 

 バヤールはあっけらかんと返した。いや、最後の瞬間を考えればそう思うのも不思議ではないが、普通はそう簡単に自分の死を認められるものではない。想像以上こいつはおかしいとバヤールは思った。

 

「ここにお前さんを呼んだのは、少し話をしたいと思ったからだ」

「……話?」

「そう、話だ。どうもお前さんの言動はわかりにくすぎる。こうやって腹を割って話でもしないと、お互い理解しあえないかと思ってな」

 

 あまり幸せそうにも見えないが、人として生きるならその方が良い。バヤールはレオの生き様をただ見守るだけのつもりだった。

 ただ気楽に、暇つぶしがてら世界を見て回れればそれでいいと思っていた。

 しかしそうも言っていられないようだ。自分も戦わなければならないかもしれない。

 ヴィクターとの邂逅。それがバヤールに心変わりをさせた。

 

 古い友の遺言なのだ。この世界に生まれた人類を、愛してやって欲しいと。

 

 とはいえ、無条件で自身の力を貸し与えるつもりはない。

 自分に相応しい主だとバヤールが認めたならば協力しよう。バヤールはそう考えた。

 たとえかつては神の祝福を受けた者であったとしても、今はただの人として生きている。できるだけ、他の人と同じように扱うべきだ。

 心情的には、どうしても贔屓してしまう事は避けられそうにもないが。どうしたって、かつての光景を思い出してしまう。望郷の念に囚われてしまう。

 

「私は別に、あなたの事を理解しようという気は無かったのだけれど」

「そう言うなよ。んじゃ、まず俺がお前を理解する所から初めよう。それぐらいいいだろ?」

 

 レオは、その提案に答えなかった。続きを促しているような雰囲気を感じたバヤールは、無言の了承だと判断した。

 

「ずっとお前の行動を見ていたわけだが……お前、意外と周りに気を使ってるよな。あまりに分かり難いから、何事にも我関せずってスタイルなのかと勘違いしてたけど。今回の戦いでも、味方の被害を気にして動いていた」

 

 レオは味方の被害を最小限に留めるように行動していた。レオが狙っていたのは、一般的に小物と呼ばれるタイプの魔物だ。死肉を漁る鳥型の魔物や、低レベルの魔法しか使えないゴブリンメイジ等々。だが、小物で狡猾であるが故に隙を突いて相手に被害を与える事がある。

 

「……私は、目が良いから。隙を突こうとしている相手を仕留めるのが私の役目。それがもっとも効率的だと判断した」

「放置しても多少怪我する程度だったろ。それより大物を仕留めた方が、報酬だって沢山もらえるんじゃないのか?」

「……お金は、十分持っている」

「そうか。金は、要らないか」

 

 バヤールの質問にレオが答える。

 そんな問答を何度か繰り返しているうちに、レオは誘導尋問をされているような気分に陥った。

 不快に思ったレオは、自分から喋る事にした。言葉で説明するのは苦手だが、バヤールはすでに理解した事の確認作業をしているだけに思えたため問題はないだろうと判断した。

 

「……奪われるのは、嫌いなの」

「嫌い、ね」

 

 たまに自分から喋ろうと思うと、どうにも止まらない。レオは自分が言いたい事を言い終わるまで、止まらない。

 つたない言葉であるため沢山喋っても大して意味はないと思えたし、意味の無い行為はレオの嫌う所ではあったが。こればっかりはどうしても直らない。

 これは自分の性分なのだろうと、レオは開き直った。

 

「知っている街が無くなるのは、嫌い。知っている人がいなくなるのは、嫌い。私を知っている人がいなくなるのは、大嫌い」

「……そうか」

 

 バヤールは溜息を吐きつつ、呆れたような声を上げた。

 

「お前、とんでもない口下手だな。結局は街を守りたいんじゃねぇか。素直にそう言えばいいのに」

「……そう言ってる、つもりなのだけれど」

「わかんねぇよ! お前が何を思って、何を感じて、何をやりたいのかなんてな」

 

 だがまぁ、と。

 バヤールは続けた。

 

「ようやく俺も、お前の糞わかりにくい感情の機微が少しだけ理解できた気がするよ」

 

 日差しが弱くなる。

 光を反射していた植物の葉が、やや暗い色合いに変わる。やがて輪郭までぼやけ、周囲の色と交じり合って赤黒く染まっていく。

 

「ちぃとサービスしすぎかもしれないが、まぁ合格だ。お前が力を求めるなら、俺も全力で協力してやる」

 

 海と空を分かつ水平線が無くなり、海と空は一つになった。上下の感覚もあやふやだ。

 周囲は夕焼けのような赤一色。レオは、綺麗だと思った。

 

「お前は、戦うのか?」

 

 世界の全てが失われると、ようやくバヤールの居る場所がわかった。

 というより、自分がどこにいるかに気づいた。

 ここはバヤールの中だ。赤く見えるのは、外の光が赤い宝玉を通して伝わってくるから。

 

「私は」

 

 バヤールの言葉に、レオは素直に答えた。

 自分の意思は最初から決まっている。それを、そのまま伝えればいい。

 

「戦う。ずっと前に、そう決めた。こそこそと逃げ回るのなんて性に合わない」

 

 戦うと決めた。それが、今の自分。

 かつての自分は戦う事ができなかった。けれど今は違う。

 

 レオは弓を抱きしめるように腕を抱えた。実際に弓を手にしているわけではないが、長年連れ添った相棒の感触は覚えている。レオの理想を叶えてくれる、魔法のような弓。いつか見たお爺さんの姿は、レオの目に焼きついている。空を切り裂き進む矢を、レオは美しいと思った。弓を持てばなんでも出来るし、どこにだって行けると思えた。


 お爺さんの言葉だ。強くなれば、出来る事が増える。いつかお前が夢を見つけたなら、それを叶えられるだけの力を持てと。

 なんて脳筋な言葉だろうとも思ったが、力がなければ何もできないのは事実だ。あの時に今ほどの強さを持っていれば、大切な家族を失う事も無かっただろう。

 それに今だって、力があれば街を守る事もできる。力がなければ何もできやしないのだ。世界は、力のない者に祝福を与えてくれるほど優しくは無いから。

 

 

 レオは、バヤールがかなりの力を秘めている事に薄々感づいていた。

 バヤールの協力があれば街の住人が避難する時間を稼ぐことぐらいならできるかもしれない。

 レオは決意した。

 

「バヤール、力を貸して。あなたの力が必要なの」

「了解……ここに契約は成立した。レオ。俺の力の続く限りお前に協力しよう。これでお前は、無敵の力を手に入れた」

 

 赤く染まった風景が、徐々に薄くなる。

 やがてレオの体まで薄くなり、意識も遠くなっていく。ここへ来た時と同じだ。元の場所に戻ろうとしているのだろう。


 レオは、目を瞑って息を吐いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 レオが目を覚ますと、そこは戦場だった。

 ゆうに十数分は会話をしていたと思ったのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。

 なぜなら、今まさにサンドワームがレオを飲み込もうとする瞬間に立ち戻ってきたのだから。

 

「……ッッ!?」

 

 レオは、必死に身を投げ出した。

 先ほどまで動かなかった右足は、いつのまにか完治していた。それだけでなく、足から羽のような光が噴出してレオの移動を手助けする。バヤールの魔法だろうか? レオは一息で二十メートルほど移動し、サンドワームの捕食から逃れる事に成功した。

 

 そして、振り返らずに距離を取る。

 弓で頭上の相手を狙うのは至難の業だ。高い場所に陣取らなければ、弓の真価は発揮できない。

 

 瓦礫を蹴ってわずかに残った防壁の上まで駆け上がると、レオは目を閉じて状況を把握する。レオの視線は、上空数十メートルから戦場を俯瞰していた。

 

 サンドワームが三体。魔物が約五百匹。

 魔物の方はまだいい。街の住人にとっては脅威でも、冒険者や衛兵にとってゴブリンやグレイウルフ程度の相手は脅威ではない。

 やはり問題はサンドワームだ。サンドワームが暴れまわるたび、味方に死者が出ている。

 

「バヤール。サンドワームを止められる?」

「もちろん。最大まで攻撃を強化すれば、()れるさ」

「その言葉、信じた」

 

 バヤールが何事か唱えると、レオの体に力がみなぎってくるのを感じた。かつてない程の高揚感。今ならどんな事だってできそうな気がする。

 

 レオは、サンドワームの方に視線を向けた。

 サンドワームの巨体にとってあまりにも小さすぎる矢でダメージを与えるには、弱点を狙わなければならない。思いつくのは、目だ。

 小さくてわかりにくいが、サンドワームにも目はある。地面の振動で獲物の位置を探るといわれているサンドワームにとっても、目は重要な器官なのだ。目を失うと暴れるかもしれないが、暴れたければ暴れればいい。その間に逃げてしまえばいいのだから。

 

 

 足を踏み出す。この位置を間違えれば射は完成しない。大事な、最初の一歩。

 踏み出した足の位置にあわせ、重心を安定させる。これを間違えれば矢を番えた時に状態が安定せず狙いを定められない。大事な、矢を放つための土台。

 親指で弦を引き、弦と矢を保持して弓を構える事前準備を行う。これができないと、次の動作で体全体の力をうまく弓に伝えられない。全力の一撃を放つための、誓い。

 弓を天に掲げるかのように両の手を上げて息を吸う。ここまでくると後戻りはできない。流れのままに、祈りのままに。次へ、次へ。

 弧を描くように、両手を左右に大きく開いて引き絞る。レオの全身の力が余す所なく弓へと込められる。

 そして、レオは体を開いたまま動きを止めた。

 

 ここまでは完璧だ。

 あとはタイミングを測るのみ。大丈夫、私ならできる。

 レオはそう思いながら目を輝かせ、サンドワームが何を見ているかを感じ取った。

 

 地面。焼け焦げた魔物が地面にこびりついている。

 崩れた防壁。粉々になった壁の一部と潰れた衛兵が広がっている。

 わずかに残った防壁の上にいる、魔法使いの集団。周囲には、戦士風の男たちが数名。

 

 サンドワームは、次の獲物に狙いを定めた。

 次の獲物に視線を集中させた。

 レオは、それを待っていた。

 

 

 レオが右手の指を開く。

 

 放たれた矢は時計回りに捻れ、軌道を曲げながら宙を進む。

 矢は眩い光を放ち、まるで戦場に流れ星が落ちてきたかのようだった。

 光の正体はバヤールの支援魔法だろう。攻撃の威力を増加させる魔法だ。

 

 会心の射だった。放った瞬間、(あた)ると確信できた。

 レオの矢は狙いたがわずサンドワームの黄色く濁った目に飛び込み、やわらかい目を貫いて体内に侵入する。

 

 

 そして大爆発を起こし、サンドワームの頭を半ばまで吹き飛ばした。

 

 

「……は?」

 

 

 素っ頓狂な声を上げるレオ。

 

 類稀なる生命力を誇るサンドワームも、さすがに頭を吹き飛ばされては生きていられない。

 ゆっくりと力なく崩れ落ちたサンドワームは、質量を大きく失った頭を防壁にもたれかけつつ絶命した。

 

 レオ以外の者達も状況を把握できずぽかんとしていたが、やがて一人、また一人と歓声を上げ始め、やがて全員が声を上げる。

 レオはその場に居た全員からの喝采を浴びていた。

 先ほどまでの絶望感は、サンドワームの頭と一緒にあっという間に吹き飛んでいた。

 

「どうでぇ、俺のブラストフェザーは。すげぇ威力だろ?」

「すごい……これなら、あとの二匹も簡単に仕留められる」

 

 これなら街を救える。内心諦めた街を、救う事ができる。

 レオの心から希望が溢れ出した。

 

「あ、ごめんそれ無理」

 

 そして、バヤールをぶん殴りたいという衝動も溢れ出した。

 

「今の攻撃、三分に一回しか撃てないのよ。再使用不可時間(リキャストタイム)が長いからね」

「はぁぁぁ!?」

 

 レオは珍しく声を荒げ、感情のままに想いを吐露する。

 希望があるから絶望がより引き立つとはよく言ったものだ。レオがここまで感情を露にするなど旅を始めてから一度たりともなかったというのに。バヤールは至極あっさりと、レオの怒りの導火線に火を付けた。

 

「あなたさっき、『これでお前は無敵の力を手に入れた』とかドヤ顔で言ってたじゃない! 無敵なんじゃなかったの!?」

「いやー、あれはその場のノリというか……正確に言うと、レベル40相当のブーストが掛かるぐらいの力かなー」

「こ、この馬鹿手袋……レベル40でも相当凄いけど! 凄いけどっ!」

 

 ただでさえ高レベルのレオに40レベルもの底上げがなされたなら、もはや人類で敵う者などいないだろう。なんせ、人類史上最強と(うた)われた200年前の勇者とその相棒に匹敵するだけの力を持っていることになるのだ。

 だがそんな事はどうでもいいと、レオは頭を振って余計な考えを追い出して勝つための手段を思い描いた。

 まずは、時間だ。

 

 レオは大声を上げ衛兵長に要望を伝える。

 

「今の攻撃、三分に一回しか撃てないから! 時間を稼いで!」

 

 レオの言葉に、衛兵長は即座に反応した。

 

「わかった!……頼むぞ。お前だけが頼りだ」

 

 衛兵長からの真剣な眼差しに、レオはこくんと頷いた。

 衛兵長は近場にいた者達を終結させる。指揮系統がずたずたになってしまったため、この後伝令として駆けずり回ってもらう者達だ。

 一丸となっての防衛ラインなどもう不要。必要なのは、時間を稼ぐための作戦。

 

「防壁はもう役に立たん。外に出て敵の注意を引き付けろ! 敵を倒さなくてもいい。時間さえ稼いだら、さっきのとんでもない攻撃であのデカブツはお陀仏だ!」

 

 衛兵長の声が周囲に轟くと再び歓声が湧き起こる。

 視線が集まるのを感じ、レオはむず痒さを覚えた。

 

「足の速い連中はサンドワームの注意を引き付ける役だ。残りは雑魚共を抑える。サンドワームが近づいてきたら、尻尾巻いて逃げろよ?」

 

 衛兵長が指示を出し終わると、伝令たちがそれを伝えて回るために走る。

 だが、指示が伝わりきるまで待っている時間はない。衛兵長は近場にいた者達だけで作戦を開始した。

 

「突撃! 死ぬなよ、死にたくなけりゃ死ぬ気で走れっ!!」

 

 それだけ叫ぶと、衛兵長は周囲の者達と一緒に敵の中に突入していった。

 

 

 それを見届けたレオは焦燥感を募らせる。

 早く、早く、早く!

 

「あと三十秒だ」

 

 はやる気持ちを抑えて、レオは息を吐いた。

 一歩、足を前に踏み出す。

 弓を放つ動作を開始した瞬間、レオの心は水鏡のような平静さを取り戻していた。

 気が遠くなるほど繰り返してきた動作。弓を射るときは、心を乱すな。お爺さんの言葉を忠実に守って訓練を続けてきた結果だった。

 体勢を整えるだけで、条件反射のように心が静まる。風の流れを感じる。意識のうねりを感じる。自分がその流れの何処を穿てば良いのか、理解できる。

 

「あと二十秒」

 

 狙いを定めたならば、次は自分だ。自分の肉体へと意識を振り分け、自分の思い描いたとおりの所作を行い、狙う先と自分を繋げる。

 レオの意識の中には自分と目標を繋ぐ一本の線のみが存在していた。それ以外の存在は不要だ。暗闇の中に存在するは、一条の光の軌跡のみ。

 高く構えた両の手を下ろしつつ弓を開くと、それを見た者達が思わず息を飲んでしまうほどの張り詰めた空気が広がる。その動作があまりに自然で、完璧であるが故に。その秩序を壊す事を無意識のうちに避けようとしてしまう。

 

「あと十秒」

 

 既に狙いは定めた。あとはこの右手を開くだけで、矢はレオの思い描いた軌跡を描くだろう。

 

「ブラストフェザーが発動したら合図を送る。俺が合図したら撃て」

 

 バヤールの言葉にレオは心の中で頷く。

 レオの右手に持つ矢に、熱い何かが注ぎ込まれるのを感じた。力のイメージは、輝く羽。軽く添えられた力はレオの射になんら悪影響を及ぼさないが、たしかな力強さを持っていた。状況を打破するための力。希望の光。

 

「撃て」

 

 バヤールの言葉と同時に右手を開く。

 これだけの威力があるとわかったなら、なにも目を狙う必要は無い。

 体内で爆発させたならサンドワームとて致命傷だ。

 

 果たしてレオの放った第二射は狙いたがわずサンドワームの上顎に突き刺さり、再びその頭を吹き飛ばした。巨体に見合わぬ小さな脳みそが吹き飛ぶ。

 狙って目を打ち抜けるレオにとって、馬鹿みたいに大きく開いた口を狙うなど造作もない事だった。

 

 サンドワームの周囲で注意を引き付けていた者達が、倒れこむサンドワームから逃げ惑いながらも歓声を上げる。

 

 

「……ッッ!? 撤退、撤退ーーー!!」

 

 最後に残ったサンドワームが、魔物達を抑えている集団の方に近づいていくのが見えた。

 それに気づいた中隊長が撤退の指示を出す。だがサンドワームの移動速度は人の走る速度などより速い。このままでは部隊は壊滅する。

 

「「チェーンバインド!」」

 

 危機を救ったのは、突撃に参加していた魔法使い達が放った拘束魔法だった。接近戦はからっきしだというのに無茶な事をする。

 数名で重ねがけしたとはいえ、チェーンバインドでサンドワームを拘束することはできない。強度がどうこう言う以前の話として、そもそも這って進むサンドワームを鎖で縛った所で大して意味は無い。また防壁等の固定された物体と繋いだのなら、鎖はサンドワームの力に耐え切れずあっというまに砕け散ってしまうだろう。

 ならばどうしたかというと、魔法使い達はサンドワーム同士を鎖で繋いだのだ。さすがに自分と同等の大きさの死体を引きずるのは辛いのか、サンドワームの進行速度が目に見えて落ちた。これなら、走ればなんとか逃げ出せそうだった。

 

 

 そして、再び三分が経過する。

 レオがとどめの一射を放つと、周囲はかつてない程の歓声に包まれた。

 最後のサンドワームが魔物達を押しつぶしながら地面に倒れる。残った魔物達も壊滅状態だ。すでにそのほとんどは戦意を喪失して逃げ惑っている。残った魔物を掃討するのにそう時間は掛からないだろう。こちらの勝利だ。

 

 レオの立つ防壁によじ登ってきた衛兵達のうちの一人が、レオの背中をどんと叩いた。

 

「すげぇなおい! お前がいなかったらこの街は壊滅してたかもしれねぇぜ。見ない顔だが、どっから来たんだ?」

「おいおい、お前の方が新顔だぞ? そいつは子供の頃からこの街……の近くにある山に住んでたんだ。この街で一番の弓使いだよ」


 古株の衛兵が会話に加わる。お爺さんに弓を教わっていた人物だ。たしか、弓兵隊の中隊長をしていた人物。

 

「いつ戻ってきたんだ? お前が戻ってきたって聞いたら飛んでくる奴らは多いぞ。ディーンなんて、お前が出て行ったって聞いたら泣いて飲んだくれて……」

「隊長、それは言わないで下さいって言ったでしょう!」

「何言ってやがる、俺が約束なんか守るわけねぇだろ」

 

 がははと笑い、弓兵隊長が気持ちの良い笑顔を見せる。豪快な笑いは周囲に安心感をもたらした。

 逃げていく魔物達を尻目に、レオの周囲には次々と人が集まってくる。レオがいる防壁の周りは、冒険者と衛兵で溢れかえっていた。

 レオは皆からの歓声と祝福に手を振って答える。らしくないとは思うが、こうでもしないと収まりがつかない。

 

 

 しばらくして周囲の状況が落ち着いてから、レオは防壁の影に隠れて一息つく。

 

「いい街だな」

「……うん。私もそう思う」

 

 バヤールの言葉にレオは頷く。そしてその場に腰を下ろし、壁に背を預けながら空を見上げた。

 いつもと変わらぬ空。いつもと同じように吹く風。あれほどの死闘があったとはとても思えない。

 息を吐く。強張った体が今更震えだした。 

 

 魔物の撃退には成功したが、被害が無かったわけではない。少なくとも数十名の死者が出た。かつてない程の被害だ。

 だが、街は無事だった。復興には時間が掛かるだろう。しかし、これからもこの街は賑やかに栄えていく事は間違いない。

 

 疲労からか、緊張の糸が切れたからか。酷く眠いとレオは思った。

 思わぬ仇敵との再会に意識を割こうとするが、体の方が限界のようでそれも叶わない。今はただ、喜びと休息を求めれば良い。

 

 レオは左手に持った弓を壁に立てかけた後、力を失ったようにだらりと垂れさがった腕を腹の上に乗せる。

 お腹の上のバヤールが何か喋りかけてきている気がするが、頭に入ってこない。

 無意識のうちに、レオはバヤールの上に軽く手を置いて撫で回した。

 堅い。冷たい。もっとふわふわでポカポカしていたら、最高の気分で眠れただろうに。

 

 

 そんな事を思いながら、レオは意識を手放した。

 なぜだか知らないが、とてもいい夢を見られそうな気がした。

 

 

 

第二章 レオ編、完。



GW中に書き溜めた分を放出完了してしまったので次は間が空きます。

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