表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傍観者ではいられない!  作者: ぽぽりんご
第二章 レオ編(シリアスあっさり風味)
26/51

B-5 襲撃と再会

 

 

 慌しい空気を感じた。

 睡眠から覚醒したレオがベッドから飛び起きると、バヤールが声を掛けてくる。

 

「お前は野生の獣かよ……尋常じゃない様子で冒険者組合の方に掛けていった奴が一人。なにか不穏な空気を感じるな」

 

 バヤールの声に相槌をうちつつ、レオは既に準備を進めている。

 身体能力強化・防御力向上・精神侵食耐性の魔法が掛けられた一級品の装備に身を包み、矢の本数と普段腰の後ろに差している短剣の具合を確かめつつベルトで体に留めていく。

 最後に弓を手に取り、弦を弾いて具合を確かめる。既に弦は張ってある。昨日調整をしたばかりのため、慣らしのために弦を張り詰めたまま様子見をしていたのだ。時間を置いても弓は最高の状態を保っている。あの老技師の腕前はさすがだ。

 

 軽く顔を洗い、手櫛で軽く髪を整える。目を覚ましてからわずか二分で戦闘準備は完了していた。

 

「ちょい待ち。お前さん、俺を置いていく気かよ」

「……忘れてた」

 

 レオはバヤールを左手につける。金属製の篭手だがさしたる重さを感じる事はなく、指の動きを妨げる事もない。むしろ身につける前より微細な体のコントロールができるようにも感じる。事実、バヤールを身につけている時の方が狙いを定めやすい。さらには補助魔法を使いレオの身体能力を強化する事もできるのだ。伝説級の武具を自称するだけの事はある。

 

 準備を整えたレオは、冒険者組合に向かった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「魔物の群れだよ! 1000匹以上はいる。この街に向かってるんだ! 衛兵隊にも連絡して、今状況を確認しに向かってもらっている!」

 

 息も絶え絶えといった様子の冒険者だが、はっきりとした声で脅威を周りに喧伝している。

 日の出前のため冒険者組合にはほとんど人がいない。非常用に詰めていた職員が二人。あとは……目を覚ましたばかりであろう、戦いの準備もできていないものが十名ほど。おそらく併設している宿屋に泊まっていた連中が大声を聞きつけて出てきたのか。

 突然の危機に、彼らは行動ができていない。寝起きというのも災いした。事態は彼らの行動だけで収集できるものではないのに、彼らだけでどうすべきかの問答を繰り返している。

 

「魔物の群れが街を襲う、か。噂には聞いてたが、この街に来るとは……」

「どうする? 戦うのか?」

「逃げるべきじゃないか? 突然すぎる、準備不足だ」

「……一部だけとはいえ、ここは防壁のある街だ。大群なら必ず防壁のある南の荒野から押し寄せてくるだろう。ここで迎え撃つのが一番いいと思うが」

「ここで戦ったら、不利な状況になってもたぶん逃げられないよ? 南側以外は山に覆われてるからね」

 

 彼らの算段は、自分達がどうするかの算段だ。この街をどうするかの算段ではない。また、街の防衛状態を冒険者達が把握しているはずもなかった。これは衛兵達の管轄だ。冒険者側は何も考えなくて良いというわけでもないが、優先度はかなり低い。まずは街の保有する戦力を明確にした上で、衛兵達に防衛ラインの形成方法を決めさせるべきだろう。

 時は一刻一秒を争うと判断したレオは、ガラにも無く声を張り上げて自分の意見を述べた。

 

「どう行動すべきか決まらないなら、すぐに決める必要はない。そもそも状況が不明確。情報収集は衛兵隊がやってくれているというのならば、まずは今自分たちが出来る事だけやればいい」

 

 レオの言葉に、おどおどしていた組合職員は救いの神を見るかのようにレオへ視線を向けた。

 それも無理は無い。組合職員は知識として魔物達を知っているが、直接魔物達と戦う立場ではない。街に魔物が襲ってくるという状況で冷静になれというのは無理がある。

 

「で、出来る事って……?」

 

 まるですがりつくような視線。組合職員以外の者達も口を閉じ、レオの言葉を待った。

 二年間この街を離れていたとはいえ、レオは有名人だった。風の噂で活躍が聞こえてくるほどの、最高クラスの冒険者。まだ若いとはいえ、レオの判断を聞く価値はある。周囲の冒険者達はそう判断した。

 

 しかしレオが答えた内容は至極当然のような、あっさりしたものだった。

 レオは淡々と言葉を返す。

 

「寝てる連中を、たたき起こせ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 太陽が完全に顔を出す頃には、街の南門付近にかつてない程の人で溢れかえっていた。

 冒険者と衛兵が総勢500名。その後ろには武装した街の住人が1500名。それ以外の街の住人は、護衛と共に街の反対側に避難している。

 山の合間にある街のため、元々街の面積は広くない。水源である山から離れる事もできず、険しすぎる山を切り開く事もできない。人口こそ二万を数えるが、街自体は狭いのだ。大通りが整備されている事もあり、避難にそれほど時間は掛からなかった。

 

 物見の塔から荒野の先を見渡していた衛兵が、大きく手を振りながら叫ぶ。

 

「見えてきたぞ! 魔物の群れ……ありゃ、1000どころじゃねぇな。2000か、2500といった所か」

「数で負けるか。なら、門を閉めて防壁の上から攻撃する以外の選択肢は無いな」

「防壁を破壊できそうな類の魔物がいたら、最優先で攻撃。その次が遠距離攻撃してくる敵。最後が、防壁を登ってこれる敵だ。どれにも当てはまらない敵は無視して構わん」

 

 衛兵長や各中隊の指揮官達が方針を決定する。事前に話し合った内容とやることは変わらない。事前情報との違いは、魔物の数が報告より多かった事ぐらいか。

 と、衛兵長達の後方で魔物の群れの方向をぼんやりと眺めていたレオは、気になる点があったので衛兵長に報告した。

 

「……飛行できる魔物が少数いるようだけど」

「あー、面倒だな……つっても少数なら遊撃がせいぜいだろう。早めに潰すに越した事は無いが、気を取られて防壁を破壊されないようにな。前衛連中は、飛んでくる敵から魔法使いを死んでも守れよ」

 

 答えたのは、街の衛兵長だ。

 衛兵長はレオの目が異常に良い事を知っていたので、レオの発言をすんなり受け止めた。

 

「レオナ、それ以外に何か気になる奴はいるか? 厄介な魔物がいるなら、先に把握しておきたい」

「それ以外には、特に……?」

 

 魔物の群れを眺めていたレオは違和感を感じて言葉を濁す。

 一番目に付くのはゴブリンとオーク。それにグレイウルフやバグベアー。よく見かけるような、極々一般的な魔物達だ。

 ゴブリン達の中にゴブリンメイジやゴブリンアーチャーが混じってはいるが、それも至極普通の状況。

 なのに、違和感がある。魔物の行進に、違和感がある。

 

 魔物の群れが行進している。これはいい。

 魔物の統率が取れている事自体は異常だが、歩みを進めること自体に問題はない。

 

 乾燥した荒野を進軍する彼らをしばらく見つめていたレオは、ようやく違和感の正体に気づいた。

 魔物の群れの一部が、微妙に上下に揺れているように見える。

 飛んだり跳ねたりしているわけでもない。

 なら、上下に揺れる理由は?

 

「……地面の下に、何かいる」

「地面の下?」

「魔物達がいるから見えにくいけど、大地が大きくうねっている。地面の中を大型の何かが進んでいる」

「地面の中を進む、大型の魔物っていったら……」

 

 その正体に思い至った者達が、半ば悲鳴のような声を上げる。

 

「まさか……サンドワームか!」

「まじかよ、オーバーSランク、レベル70の魔物だぞ!? 下手したらそいつ一匹で街が壊滅させられちまうよ!!」

「そもそも、地面の下を進めるなら防壁を無視して街の中まで一直線だ……やべぇんじゃねのか?」

 

 衛兵長も焦りの表情を浮かべつつ、最大限出来る事だけを指示する。

 それは部下に死ねと命じているも同然の行為だったが……それ以外の手段は、無い。

 

挑発(インサイト)を使えるものはいるか! 大仕事だぞ!! 敵の中にサンドワームがいる可能性がある。防衛ラインなんて素通りして街を襲われるかもしれん。最優先攻撃目標だ。サンドワームが確認できたら、総力を挙げてここで食い止めろ!」

 

 体長数十メートルにも及ぶ超級の魔物の攻撃を、その身に引き受ける。

 それは死と同義だ。だが、その指示に反対する衛兵達は居なかった。

 

「住人を避難させるか? いや、いっそ俺達全員が移動する手もある。いくらサンドワームでも、固い岩盤や水源近くの地面は掘り進めないはずだ。今ならまだ、山沿いに移動できる」

「そうだな。地上を這って進めるのでもない限り、逃げる事は可能だろうな」

「……そうか。下手に避難しても意味が無いな」

 

 冒険者が数名逃げる事を提案したが、結局は無駄だ。

 サンドワームは地上を這って進む事も可能。サンドワームの体の構造上、地中を進む事と食事をする事がイコールになる。そのため、腹がいっぱいになったサンドワームは基本的に地中でじっとしているが……稀な事象とはいえ、移動する必要に駆られれば地上を這って進む事もあるのだ。

 

 魔物の群れが街に近づいてきていた。

 防壁の上に立つ者達は、思い思いの方法で神に祈りを捧げる。自らの安全。家族の安全。友人の安全。街の安全。全ての者に祝福を願う。

 

 レオはまっすぐ魔物の群れを見つめた。

 レオの矢ではサンドワームを倒す事はできない。

 なら、レオは他の魔物達の相手をする事になる。

 防壁を破壊、または防壁を超えて攻撃してくる魔物を皆殺しにする。

 それが、レオの役割。

 

 魔法使い達が周辺の魔力を集め始めた。

 支援職が皆に支援魔法を掛けて回る。

 弓兵隊が矢を番えた。

 

 いまや、魔物達は防壁のすぐ傍まで迫ってきてた。

 気の早い魔物は既に攻撃を開始してきている。距離が遠すぎるためろくなダメージはないが、防壁にファイヤーボールが数発命中した。

 

「まだだ。まだ引き付けろ。最初の一撃で、第一陣を壊滅させるぞ!」

 

 よく通る衛兵長の声が周囲にこだまする。

 衛兵達も、冒険者達も。手に汗を掻きながら衛兵長の指示に従っている。

 衛兵達はともかく、冒険者達が防衛ラインを敷くような訓練を行うのは年に数度程度だ。まだか、まだかとそれぞれの心に焦りが募る。

 逆に衛兵達は訓練経験こそ豊富だが、魔物との実戦経験が少ない。来るな、来るなと心のどこかで思ってしまう。

 

「強力な魔法を使える者は体の大きい魔物を狙え。弓兵隊は遠距離攻撃ができる敵を仕留めろ。外すんじゃないぞ!」

 

 それだけ言うと、衛兵長が大きく息を吸い込んだ。

 皆、会戦の狼煙が上がるのだと理解した。

 張り詰めた緊張の糸が、最大限まで張り詰められる。

 

 

「撃てーーーッッ!!」

 

 

 衛兵長が攻撃指示を出したのは、群れの先頭が防壁にたどり着こうかという時になってからだった。

 この距離で攻撃を外すはずが無い。降り注ぐ魔法の雨は群れから突出した大型の魔物達を残らず焼き尽くし、魔物の死骸は後ろから来る追加の魔物達の盾となった。

 弓兵隊は、先ほどから防壁に攻撃を加えてくるうっとおしい連中を一掃する。こちらが攻撃を仕掛けてこないのをいい事に、調子に乗って近くまで接近しすぎていた。軽率な行動の代償は、弓兵隊の矢をその身に受ける事で支払う事となった。

 

「よし、初撃はうまく決まった。次以降も同様の手順でいくぞ。観測班は地面の様子に注意しろ。地中の敵を見逃すなよ」

 

 レオは自然な動作で弓に矢を番えて狙いを定め、一呼吸してから息を止め、矢を放つ。狙いは魔法使い達を狙っている鳥型の魔物だ。矢は狙いたがわず魔物の急所を打ち抜き、絶命した鳥はそのまま地面に激突して潰れたトマトのようになった。

 それを十数度も繰り返すと、周囲に飛行する魔物は居なくなる。レオは鞄から矢を補充しつつ、次の目標郡を見定めた。

 

 レオの放った矢が、遠く離れたゴブリンメイジの頭を撃ち抜く。ゴブリンが今まさに放とうとしていたファイヤーボールが暴発し、周囲の魔物を巻き込んで爆発した。

 

 

 

 戦いは、おおむね順調に進んでいた。魔物達は数度の激突だけで既にその数を二割ほども減らし、突撃も散発的になっている。対するこちらの被害は、鳥系の魔物に襲われた者と敵の魔法の余波を受けた者が数名程度。いずれも軽症だ。防壁も無事であるし、序盤の戦いはこちら側の完勝といっていいだろう。

 

「……サンドワームだ! 二時の方向、防壁に近づいてくるぞ!!」

 

 観測班が声を上げると同時に、皆の視線がそちらに集中する。

 見ると、長細く盛り上がった地面がゆっくりと接近してきていた。

 ゆっくりと言っても、あまりに巨大であるためそう見えるだけだ。人間の全力疾走よりは早いだろう。体長は、推定四十メートル。太さは五メートルといった所か。

 

「サンドワームの注意を引き付けろ。防壁の上からでいい。防壁を壊されたら、炎の魔法で隙間を埋めて敵の侵入を防げ! ……すまない」

 

 ぽつりと呟いた衛兵長の最後の言葉は、誰かの耳に届いただろうか。

 衛兵長の指示に従い、戦士風の装いをした衛兵達が防壁の上を駆けて行く。続いて回復/補助魔法を使う魔法使い達。最後に、少し離れて高レベルの魔法使い達が続く。

 先ほどまで余裕のあった防衛ラインだが、主力ともいえる人員達が移動した事で一気に負荷が高まる。小集団の指揮を執る者達が声を張り上げて鼓舞を行うが焼け石に水だ。

 とはいえ、小型の魔物の殲滅が多少遅れたところで大した害はない。短時間で防壁を崩せるわけもないし、敵の遠距離攻撃による被害も微々たるものだ。

 

挑発(インサイト)!」

 

 一人の戦士がサンドワームに対してスキルを発動し、注意を引き付ける。

 すると地響きと地面のうねりは一瞬だけ動きを止め、そして周辺の大地を盛り上げつつ浮上してその頭を地表に現した。

 

 ミミズの頭に大きな口をつけたような、生理的嫌悪感を抱かせる外見。怒っているのか、その口から生えた鋭い歯を外側へ大きく広げ、租借するように喉を動かして威嚇している。獲物を口の中へ呼び込もうとする動作は、見るものに原始的な恐怖を与えた。

 サンドワームの歯は外側の鋭いものだけではない。喉の奥には様々な種類の歯が幾重にも連なっている。サンドワームはこの歯で飲み込んだ土を細かく砕き、巻き込まれた動植物の体液だけを抜き取ってから外に排出するのだ。

 

「図鑑で見たことはあるが……えぐいな、こりゃ」

「俺、あんなのに飲み込まれたくねぇよ……防壁ごと飲み込まれそうじゃねぇか」

 

 体を震わせながら、レオの近くにいた者達が恐怖の声を上げる。

 だが声を出した者達はまだマシな方だ。中には声を上げる事すらできず、完全に恐怖に飲まれてしまった者達もいる。

 

「アイスカッター!」

「ウォーターボール!」

「スパイダーネット!」

 

 サンドワームの口に、次々と魔法が打ち込まれる。

 サンドワームの弱点は、水や粘着性の高い物質だ。単純な体の構造をしているが故の強靭な生命力を持つサンドワームだが、その構造が弱点にもなる。あらゆる物を咀嚼し、体液だけを吸収してその他の物質を外に排出するという仕組み。単純であるが故に、この流れはサンドワームの意思を持っても変える事はできない。つまり水分を過剰に摂取させる、あるいは口にした物の排出を妨害する事で生命活動を阻害する事ができる。

 この方法の弱点は、倒すまでに時間が掛かるという所か、動きが鈍るまでに十分は掛かることだろう。

 

 次々と攻撃を受け続けるサンドワームだが、まるでなんでもないかのようにゆっくりとした動作で体を縮めて地面に横たわる。直後、一気に体を伸ばしサンドワームは防壁へと体当たりを敢行した。狙いは防壁の上にいた衛兵……サンドワームに挑発を仕掛けた戦士だ。

 凄まじい衝撃と轟音。ただの一撃で防壁の一部が崩れ、防壁の上にいた戦士がサンドワームに飲み込まれていくのをレオは目撃した。戦士は、レオの見知った顔だった。

 ギリッと歯を食いしばるが、レオは防壁に群がる魔物への攻撃を止めない。レオの弓ではサンドワームに対して有効な攻撃手段たりえない。レオは黙々と魔物達に向けて弓を放ち続けた。

 

 

 

 十分が経過した。

 サンドワームの攻撃を受け、数十の者達が負傷した。

 崩れた防壁に殺到する魔物を抑えるために、数十の者達が負傷した。

 他に人員を取られたために防衛が薄くなり、防壁をよじ登ってきた魔物の襲撃を受けて数十の者達が負傷した。

 

 しかし、それだけだ。

 負傷者が撤退できる領域は死守したため、ほとんどの者は治療を受けて一命を取り留めている。

 死亡したのは、サンドワームに挑発を仕掛け直接攻撃を喰らった数名だけだろう。

 回復の早い者達は戦線への復帰も始めている。

 

 サンドワームはもう殆ど動かない。じきに死ぬ。

 サンドワームさえ居なければ、敵の攻撃を防ぐ事はたやすい。こちらの勝利だ。

 レオは、そう確信していた。

 

 

 

「……ッ!? レオ、逃げろ!」

 

 それは突然だった。

 背後に尋常ならざる気配を感じたレオは、バヤールの注意が耳に届くより前に躊躇なく弓を手放し前方に転がる。立ち上がりつつ腰の後ろに固定したナイフを引き抜き顔を上げると、そこにいたのは目深にフードを被り仮面を付けた男。

 

 フードを被ろうが仮面を付けようが、そんな物に意味は無い。目を凝らせば名前が見えてしまう。

 いや、仮に名前など見えなくてもレオが目の前の男を見間違えたりする事はないだろう。

 

「……ヴィクター」

「ふむ、久しぶり……とでも言えば良いのか? 息災だったようで何よりだ。お前に死んでもらっては少々困る」

 

 レオの頭に血が上る。どの口がそんな事を言うのか。

 ナイフを構え、衝動に身を任せるままに一歩踏み出そうとした瞬間。レオはヴィクターに背後から羽交い絞めにされていた。

 

「!?」

「威勢が良いな、好感が持てる。容易にこちらの言いなりになるような者ではつまらないからな」

 

 耳元で囁きつつ、ヴィクターはレオの白く輝く髪を指先で軽く撫でる。

 先程までとは逆に、レオの顔からは血の気が引いていた。レオはヴィクターの動きを全く把握する事ができなかった。圧倒的な力の差。勝ち目など無い。

 

「とはいえ、困ったな。まだ姿を現すつもりなど無かったのだが……あまりに上手く防衛されてしまったものだから、嬉しくなってつい出てきてしまった。私の悪い癖だ、人の可能性を試してみたくなる」

 

 ヴィクターはパチンと指を鳴らす。指先から生まれた三つの光はゆっくりと落下していき、地面の中へ埋まり消え去った。

 この男のしでかした事だ、ろくでもないことに違いない。レオは体を震わせつつもヴィクターの動向を注視した。

 

「……お前さんよ、こいつぁ一体どういう事だ? なぜお前が、お前のままで生きて活動してやがる?」

「不思議かね? むしろ、私が大人しく眠り続けている事のほうが異常だろう」

「……ま、確かにそうかもしれんね」

 

 剣呑な空気を放ちつつバヤールがヴィクターに問いかける。二人は旧知の間柄のようだ。

 怒気を孕んだバヤールとは対照的に、ヴィクターはのらりくらりと言葉を受け流すのみ。この場はヴィクターに支配されていた。

 

「心配するな。この場でお前達をどうこうするつもりはない……ただの挨拶だよ。それと、この街の住人達への試練の追加だ」

 

 レオはわずかな地響きが巻き起こるのを体で感じた。

 地中深くから、何かが地上に這い上がってこようとしている。

 

「こんな事ならもっと準備をしておけばよかったかな。あいにく準備不足なもので、()()相手しか用意できなかった……少々味気ないが、仕方あるまい」

 

 ヴィクターの体が溶けていく。まるで幻だったかのようにヴィクターの体の色が薄まっていき、やがて風に流され消え去った。

 どこからか、ヴィクターの別れの言葉が響いてくる。

 

「また会おう。必ず会えるさ、それが運命と言うものだ。お前の復讐が叶う事を神に祈らせてもらおう……バヤール、それまでの間はお前がその娘を守れよ。今のお前に出来る事など、その程度のものだろう」

 

 レオの神経を逆撫でするセリフ。だがレオはそれに構わず、床に転がった弓を拾い上げつつ防壁から身を乗り出して地面を見下ろした。

 今のレオではヴィクターに勝てない。なら今出来る事だけをすればいい。最優先は、ヴィクターの置き土産が何かを見定める事。

 

「気をつけて! まだ終わってないっ!」

 

 声を張り上げて周囲に注意を促す。

 だが、いくら注意をしても無駄な事だってある。人の力を超えた脅威の前には、意味を成さない事だってある。

 

 

 

 不意に。

 地面が大きく揺れた。

 

「お、おい。こりゃ地震か?」

「いや、これは……ッッ!?」

 

 突如、声を上げた冒険者二人の立つ防壁が盛り上がり、そして茶色い何かに包まれて視界から消えた。

 防壁が崩れ行く轟音の中、レオは男の悲鳴と骨が磨り潰される音を聞いた気がした。

 現れたのは、サンドワーム。先ほどまで戦っていたものより大型の個体が防壁ごと冒険者達を飲み込んだのだ。

 サンドワームが地盤を滅茶苦茶に荒らしたおかげで防壁はその強靭さを失い、一瞬でその半ばまでが崩れ去る結果となった。

 

「踏ん張れ! 瓦礫に巻き込まれるな!」

 

 バヤールが叫ぶ。

 バヤールの言葉に従い、レオはわずかに残った支柱部分に手を掛けて耐え落下するのを数秒遅らせた。その甲斐あってか、レオの小さな体は細かい瓦礫に揉まれながら共に地面まで滑り落ちはしたが、幸運にも瓦礫に潰される事なく済んだ。代償として地面に激突した右足に大きな損傷を受けたが、魔法さえ使えば回復にさほど時間は掛からないだろう。時間さえあれば、再び戦える。

 

「距離を取れ! 一旦体勢を……」

 

 レオと同様に地面に落ちた衛兵の中隊長が指示を出そうとするが、次の瞬間サンドワームの巨体の下敷きとなって地面に赤い染みを残した。

 中隊長を踏み潰したのは、防壁を崩したサンドワームとは別の個体。そいつは獲物を見定めるかのように、防壁から地面に放り出された者達をゆっくりと見回している。

 

 轟音。

 遠く離れた場所で、半壊した防壁に新たなサンドワームが突っ込み、防壁に更なる穴が開いた。

 もはや防壁はその役目を果たさない。

 

「嘘だろ……サンドワームが、三体も……?」

 

 衛兵の一人が呆然と呟く。指示を出すべき立場の者達さえ、この状況にはどうする事もできずに思考を停止させる。

 一体ずつ、かつ防壁が無事な状態なら対処もできなくはないだろう。

 だが、防壁も無く。既に防衛ラインは崩れ去った状態で、しかも三体もの超級の魔物を相手にする?

 どんな手を尽くそうが、どうにもならないとしか思えなかった。

 もはや襲い来るサンドワームから逃げる事しかできない。逃げ出せなかったものは、飲み込まれるか潰されるかだ。

 

「終わりだ……もう、この街は」

 

 絶望に打ちひしがれるように、誰かが呆然とそんな事を口にした。

 誰もが同じ気持ちだっただろう。もしかしたらその言葉を口にしたのは自分かもしれないと、皆は思った。

 

 

 

 そして今。

 レオの頭上で獲物を探していたサンドワームが、まっすぐレオの方を見た。

 レオは、動けない。右足を動かす事ができない。

 

 サンドワームが、その大きな口を開いて襲い掛かってくる。

 その喉には幾重にも連なる歯がどこまでも続いている。きっと、地獄の底まで続いているのだろう。

 

 そんな事を思いながら、レオはサンドワームに飲み込まれた。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ