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傍観者ではいられない!  作者: ぽぽりんご
第二章 レオ編(シリアスあっさり風味)
25/51

A-5 誰もいない

◇◇◇ 回想 ◇◇◇

 

 

 この日の私は上機嫌だった。

 なんせ、鳥を三羽も仕留めたのだ。獲物を狙う鳥や羽を休めている鳥であれば今までも仕留めた事はある。だが、自由に空を舞う鳥を狙って仕留めるのは至難の業だ。この日の私はそれを三度もやってのけた。

 ちなみに、鳥はアイオーンの大好物でもある。いつもより元気に尻尾を振っているのは今日のご飯を期待してのことだろう。

 

 鼻歌を歌いながら家路を急ぐ私達だったが、飛ばした視界の先に普段と違う光景が映った。

 私達の住む家の扉が、破壊されている。

 

 

 ゾワリと毛を逆立てた私は荷物を手放し斜面を登り、高台へ。道から逸れたその場所からは家の様子を直接見て取る事が出来る。つまり、弓で狙えるという事だ。

 私の様子を見たアイオーンも気配を殺し、私から離れた所で息を潜めて地に伏せている。

 

 小屋の様子を覗き込む。扉は内側から壊されていた。

 視線を飛ばして家の中を見ると、お爺さんが一人いるのみ。魔物の類に襲われたわけではないらしい。

 しかしお爺さんの様子がおかしかった。左目を押さえ、時折苦しむようにもがいている。

 

 怪我? 病気?

 

 一刻を争うかもしれない。

 私は斜面を駆け下り、一目散に小屋の前へと駆け寄った。

 

「お爺さん! どうし……」

「来るなッッ!!」

 

 ふらつく体で小屋の外に出てきたお爺さんに声を掛けたが、お爺さんは私に向かって片腕を突き出し拒絶の言葉を放つ。

 残った手は左目を押さえている。鬼気迫る表情に、震える体。気のせいか、その右目は赤く輝いているように見えた。

 

「来るんじゃない……アイオーンを連れて、街に行け。儂なら心配はいらん」

 

 私は口をつぐんだ。

 おじいさんの言葉を意訳すると、無事ではないがお前が心配しても意味が無いという事だ。

 

 街に行けと言われたが、街に行って何をするというのだ?

 これはつまり、ただの時間稼ぎだ。ここからしばらくの間離れてほしいという事。

 

「お爺さん。私は強くなった。手助けが必要ならば言って欲しい」

「……いいや。お前の手助けは、不要だ。儂が決着をつけるべき事だ」

 

 私の言葉にお爺さんは拒絶の言葉を返す。

 私は迷った。お爺さんの言葉に従うべきか、反抗すべきか。

 通常であればお爺さんの言葉に従うべきだろう。だが、今の事態は尋常ではない。私はどうすべきか結論を出しかねていた。

 

「時間切れか……もう、抑え切れん」

 

 お爺さんは、息を荒げて脱力する。お爺さんの顔には、後悔の念が浮かんでいた。

 一体何に対して?

 この時の私は疑問に思ったが、今ならわかる。私が戻ってくる前に自殺しなかった事を悔いているのだ。

 

「レオナ」

 

 お爺さんが力なく呟く。

 普段の力強さを感じる声とは全く違う、歳相応の弱々しい声。

 お爺さんの体は、ひどく小さく見えた。急に歳をとってしまったかのようだ。

 

「儂を殺せ」

 

 私は、お爺さんの言葉が理解できなかった。

 随分と判りやすい言葉のようにも思えたが、理由がわからなかった。なぜ私がお爺さんを殺さなければならない?

 

 お爺さんが近づいてくる。

 その目が赤く見えたのは、血走っているからか。体には血管が浮かび上がり、ところどころが破損したのか酷い内出血をしているようだった。

 

 お爺さんが両の手を広げる。

 先ほどまで覆っていた左目には黒い宝玉が埋まっていた。

 宝玉からは黒い霧が噴出しはじめ、まるで闇で出来た衣のようにおじいさんの体の半分ほどを覆う。

 やがて黒い霧は固まり、光を拒絶するかのような暗さを持つ甲冑へ。

 

 黒い騎士。

 お爺さんの意思と温もりは消え、冷たい気配を放つ無機質な存在がそこに居た。

 所々隙間の開いた、歪な姿だ。左目が中心となっているからだろうか、右半身はほとんど甲冑に覆われていない。

 

 咆哮。

 お爺さんの口から放たれたとは思えない。獣染みた声。

 

 

 

 私の頭は混乱し、ぐちゃぐちゃだった。状況も何もわからない。

 だがまるで別の自分がいるかのように冷静に状況を俯瞰する私もいた。

 弓の練習のおかげだろうか。あれはある意味、自分の心を切り離して自分を見つめなおす訓練でもある。

 

 精神汚染。傀儡。幻惑魔法。何らかの方法でお爺さんは正常な状態ではなくなっている。

 原因は、左目の宝玉である可能性が高い。

 第一優先目標。お爺さんを正常に戻す。

 

 手段一。宝玉の除去。

 現状では不可。目の奥に侵入している事、人を操っているという事実より、脳と直結している可能性がある。

 除去は慎重に行わなければならない。最低限、お爺さんを取り押さえる必要がある。

 

 手段二。近接戦闘により取り押さえる。

 不可。体重で圧倒的に負けている。老いたとはいえ、さすがに私よりお爺さんの方が体格は良い。仮に取り押さえられたとしてもそれで手一杯だ。宝石の除去などできようはずもない。

 

 手段三。手足を損傷させた上で取り押さえる。

 考慮の余地あり。ただし、間近で相対した状態で弓を使う事はできない。アイオーンに注意を引いてもらうか、あるいは近接戦闘を行うか。

 

 自我を失っているとしたら通常ありえない力を出せる可能性もある。近接戦闘は危険だ。

 

「アイオーン!」

 

 私の呼び声に答え、アイオーンが草陰から飛び出してくる。

 お爺さんがアイオーンに注意を向けた瞬間に私は姿勢を低くし、横向きに構えた弓に矢を番えて放つ。素早く矢を放つならこの体勢が望ましい。精密な射撃はできないが、無理な体勢で放ったとしても私が数メートル程度の距離を外すはずが無かった。

 

 狙い通り私の矢は足の甲を貫き、お爺さんの右足を地面に縫いとめた。

 私はアイオーンが再び草むらに隠れるのを見て取ってから、次の一矢を放つ。今度は左脚。甲冑に威力を殺されはしたが、こちらも狙い通りふくらはぎを貫いた。

 

 こうなればこちらのものだ。

 私は続けて二矢を放ち、お爺さんの両の手を狙う。共に筋肉を断絶する位置だ。回復魔法を使ったとしても、回復までにかなりの日数を要するだろう。

 左手の方は暗い影のような塊に阻まれたが、右手の方は狙い違わず刺さった矢が腕の腱を断絶した。

 

 腰の後ろに固定したナイフの感触を手で確かめた後、私はお爺さんの方にゆっくりと近づいていく。

 おじいさんはその場を動かず、手をだらりと下げたままだ。

 

 あと二歩で間合いに入るという所で、私は地を蹴り急加速した。

 脚を払い、倒れこむ際にお爺さんの右腕に脚を絡め、もう片方の腕を自身の体で押さえ込む。

 足の甲に刺さった矢が地中深くまで刺さっていたからか、倒れた際にお爺さんの右足から固いものが砕けるような音が聞こえた。

 お爺さんは、されるがままに私の攻撃を受け続けていた。

 

 お爺さんの顔の半ばまで覆っている兜を、両手を使って強引に引き剥がす。

 ナイフを引き抜き(まぶた)を切って宝玉の様子を確認すると、嫌な予想が現実のものとなっている事がわかった。

 宝玉は単純にもぐりこんでいるわけではなく、お爺さんの体とほとんど同化している。宝玉と繋がっている器官が何かは知らないが、目の奥となると脳しか思い浮かばない。少しの傷でも致命的だ。

 

 私は、この場で宝石を除去するのを諦めた。縄で縛って街まで連れて行こう。そして医者に見てもらうのだ。

 

 

 ごきり、と。

 鈍い音が響き渡った。

 

 変わった音だった。まるで、耳以外から音が入ってきたような。

 強い痛みを感じた脚を見ると、お爺さんの腕……いや、甲冑から触手のようなものが伸び、私の脚に絡み付いていた。

 わずか三センチほどの太さしかないにもかかわらず相当な力を持つらしく、その触手は私の脚を握りつぶしている。

 骨は折れ、潰れた血管からは血が噴き出していた。

 自分でも不思議なほど冷静に自らの体の損傷を見つめていた。それよりむしろ、拘束に効果が無い事に対しての方が衝撃が大きい。

 こんな事ができるなら、縄で縛っても意味が無いのではないか?

 

 数を増やした触手は私の腕や首にも纏わり付く。逃げようとしたが、既に脚を捕らえられている以上はどうしようもない。

 ナイフで触手に切りかかるが、ナイフ程度ではこの触手を切り裂く事はできなかった。

 

「が、は……ッッ」

 

 首を締め上げられ、喉から空気が抜ける。頭に血が回らなくなったのか、視界が徐々に暗くなる。

 私は空気を求めて大きく口を開けようとする。すると私の頭の後ろにいた触手が動きを変えた。普通の人間なら見えない位置だろうが、私にはその動きが筒抜けだった。お爺さんの体内に宝玉がある事からなんとなく予感はしていた。この触手は私の体内に入ろうとしている。口をあけようとした瞬間に動きを変えたのは、そういう事だろう。

 私は歯を食いしばり耐える。触手の太さが変わらないのであれば、口以外から体内に侵入するのは困難だろう。……いや、目をくりぬかれたら駄目かもしれないが。

 

 私の危機を見たアイオーンが草陰から飛び出してくる。

 だが、無数の触手に追い払われて近づく事ができない。それどころか触手の一本に後ろ足を掴まれ拘束されてしまった。アイオーンは暴れまわるが、その触手から逃れる事は出来なかった。

 

 この状況をアイオーンが打破する事はできないだろう。私はアイオーンに逃げろと伝えようとしたが、気道を完全にふさがれているため私の口から声が発せられる事は無かった。

 

 やがて、お爺さんが立ち上がる。

 手足の損傷は綺麗さっぱりと消えてなくなっていた。尋常ではない回復力だ。

 立ち上がったお爺さんは私の体に圧し掛かる。先ほどとは逆に、今度は私がお爺さんに体を押さえ込まれた。

 お爺さんの手が私の頬に掛かる。むりやり口を広げようとしているのだろう。

 

 だが、そこでお爺さんの動きが変わった。

 触手は相変わらず私を拘束しようと動いているが、お爺さんは触手の方に手を掛けその動きを抑えようとしている。

 お爺さんは私の喉と右腕を抑えていた触手を無理やり引きはがし、地面に押さえつけた。

 お爺さんが口を開く。

 

「レオナ……お前は、強くなった。私よりも、強くなった。不要な負担を背負わせてしまうのは心苦しいが……すまない。私の落ち度だ」

 

 私はさっき、自分が強くなったと言った。だがそれは技術的な話だ。

 今のお爺さんが言及しているのは、心の話だろう。私はお爺さんが何を言おうとしているのか理解していた。

 何が「強くなった」だ。先ほどの自分をぶん殴ってやりたい。お爺さんがいつも言っている強さとは、そんなものではないのだ。

 

 そんな事はないと。強くなどないと言いたかった。お爺さんがいなくなることに私は耐えられない。ましてや、自らの手で殺すなど。

 お爺さんが触手を抑えている。

 今なら、殺せる。お爺さんを、殺せる。

 簡単だ。ナイフをその心臓に突き刺すだけで良い。

 

 

 だが、そんな事。出来るわけが無かった。

 私はずっとお爺さんと一緒だった。お爺さんに育てられ、この小さな山小屋で一緒に暮らし成長してきた。

 お爺さんは、私をずっと見守ってくれていたのだ。そのお爺さんがいなくなる? なら、私はどうすればいい?

 

 私はナイフを手にしたまま体を氷のように強張らせていた。

 お爺さんの決意。お爺さんが最後に力を振り絞って触手に抵抗している。お爺さんの想いを無駄にはしたくない。

 

 結論は出た。

 私は、お爺さんを殺さなくてはならない。

 

 だがどんなに決意を強く持ったつもりでも、私の体は一向に動かない。ただガタガタと震えるばかり。

 

「駄目……私には、無理だよ」

「レオナ」

 

 お爺さんの、諭すような声が耳元で響く。

 

 体が動かない。まるで自分の体じゃなくなってしまったかのようだ。私はお爺さんが思っているより、ずっと弱い。ずっと、お爺さんに守ってもらって生きてきた。弱虫な人間だ。

 

 

 と。

 私の頬に、血がポタリと落ちた。

 血は、お爺さんの首筋から垂れてきている。

 

 アイオーンだ。

 アイオーンがお爺さんの首筋に噛み付き、その命の火を消そうとしている。

 

「アイオーン……すまんな、損な役割を引き受けてくれて。レオナを守ってくれて、ありがとう」

 

 お爺さんが血を吐きながらも声を絞り出す。

 あれほど暴れまわっていた触手は、今や力を失っていた。

 お爺さんは触手を押さえていた手を離し、アイオーンの頭を撫でる。

 アイオーンは、悲しげにクゥーンと鳴いた。

 

 アイオーンの下半身は赤く染まっていた。見れば、右の後ろ足がない。触手に握りつぶされたのか、あるいは拘束から逃れるために自ら食い破ったのか。

 

「レオナ。今までありがとう。お前は、儂の生きがいだった。お前がいたから、最後の最後で人間らしい生活を取り戻す事ができた……後悔ばかりだった儂の人生の中で、お前は、唯一の希望だった」

 

 お爺さんが最後の言葉を遺す。私はその言葉を一つたりとも聞き逃すまいと耳を澄ませた。

 

「フレイヤ様……私はようやく、役目を……終え……」

 

 やがて、お爺さんの目から光が失われる。

 脱力したお爺さんが私の体の上に圧し掛かった。

 

 軽い。おじいさんの体は、こんなに軽かったのか。

 私の記憶にあるお爺さんは、いつも力強くて。いろんな事を知っていて。とても凄い人だったのに。

 今は、こんなにも軽い。

 

 私は泣いた。

 お爺さんを想って、涙を流した。

 

 アイオーンが私の頬を力なくぺロリと舐める。

 アイオーンの傷は深い。回復魔法を掛けなければ死んでしまう。私は術式を発動し、アイオーンの脚を癒そうとした。

 

 

 

 瞬間。

 

 

 

 お爺さんの左目に寄生していた宝玉が飛び出し、私の方に飛んでくる。狙いは、私の目か。

 咄嗟に頭をずらして辛うじて宝玉を避ける。地面に当たり跳ね返ってきた宝玉をナイフで切りつけるが、宝玉は傷一つ付かずに弾き飛んでいったのみ。宝玉はぐるりと弧を描きながら、再び私の方に向かってきた。

 

 まずい。お爺さんの体と触手が回りを囲っているため、ろくな回避行動ができない。

 やむおえず私は宝玉を手のひらで掴み取る。しかし手の平からでも侵食できるのか、私の手は焼きごてを押し当てられたような熱さに襲われた。薄手の手袋はあっという間に侵食され、ぼろぼろになって散っていく。

 手を振って宝玉を投げ出そうとするが、遅かったようだ。宝玉は細い触手を私の腕に這わせて同化を始めていた。

 

 私はお爺さんの方を見る。

 自らの命を絶って私を守ろうとしてくれたお爺さん。

 だが私は、その思いを無駄にしてしまった。

 親不孝者だ。

 

 

 ――いや、諦めるのは早いか。

 私はナイフを自らの手に押し当てる。肉ごと断ち切れば同化から逃れる事も可能かもしれない。

 そう思った私は、一思いにナイフを持った腕へと力を込めようとする。

 

 だがその前にアイオーンが行動を起こした。

 アイオーンが、私の手の平に巣食う宝玉を噛み千切り飲み込んだのだ。

 そうしてアイオーンはつたない足取りで私から距離を取り、地面にぐったりと倒れる。

 そして私の方に目を向けてきた。

 

 

 お爺さんを蝕んでいた黒い宝玉は、アイオーンをも蝕んでいた。

 あの宝玉に触れてはならない。

 

 私はアイオーンの視線の意味を理解していた。

 私の視線はアイオーンの体内すら見通している。宝玉の位置も、宝玉がアイオーンの体に根を張り巡らせているのも捕らえていた。

 内臓が同化されている。もう、助からない。

 

 

 

「アイオーン」

 

 私はアイオーンの名を呼んだ。

 いつものように。いつも呼んでいる名前。

 だが、返答は返ってこない。

 

 牙を剥き、目をドロリと濁らせて迷うように頭を振るアイオーン。

 今まで見たことの無い姿。

 赤い瞳は、先ほどのお爺さんと同じもの。

 

「いやだ」

 

 本来なら、黒い宝玉に同化されるのは私のはずだった。

 お爺さんを殺すのは、私のはずだった。

 それを、私の役割を。すべてアイオーンが引き受けてくれたのだ。

 

「そんなの、いやだ」

 

 頭がクラクラする。過呼吸だろうか。目がチカチカとして、まるで夢の中にいるかのように現実感がない。

 だが私の体は行動を始めていた。私がさっさと行動していれば、ここまで酷い結果にはならなかったのではないか? なぜ私はこんなに、どうしようもなく弱い? 私より年下のアイオーンは、あんなにも強かったというのに。

 

 矢を番え弓を引き、狙いを定める。

 殺意はいらない。狙いを定める時も弓を放つ時も、殺意など込めるな。お爺さんの教えだった。

 アイオーンに食い破られた手のひらが痛むが、そんなのどうでもいい。お爺さんやアイオーンの苦しみに比べれば、こんなもの。

 

 

 

 お爺さん。

 無茶な人だったけど。子供の扱い方もしらない、とんでもない馬鹿で不器用な人だったけれど。

 でも、私の大切な家族だった。私の大好きな、お爺さんだった。

 どんな時も全力で私に生きる術を教える、私の家族。私の教師。私の、お爺さん。

 

 

 アイオーン。

 木の洞で震えているのを見つけたのは偶然。だけど、アイオーンと出会わなかった自分なんて今では考えられない。

 アイオーンが居ると、世界が色付いて見えた。アイオーンは私にとっての道標だった。アイオーンが居ると、心がぽかぽかと暖かくなる。共に歩くアイオーンが道を照らしてくれるから、私も安心して歩いて行く事ができる。アイオーンが居ない世界なんて不安でたまらない。

 

 

 

「アイオーン」

 

 私がその名を口に出したのは、これが最後だった。

 

 私の相棒。

 私の半身。

 私の友達。

 私の、大好きな家族。

 

 助けられなくてごめん。

 一緒にいると、とても楽しかった。嬉しかった。暖かかった。

 これからも、ずっと一緒にいられるものだと信じて疑わなかった。

 アイオーンと一緒の生活は、夢のように幸せで。私の世界が希望で満ち溢れていたのは、アイオーンが居たからこそ。

 

「今まで一緒にいてくれて、ありがとう――大好き」

 

 

 私は、殺した。

 大切な家族を、殺した。

 殺意もなく。いつものように無心に、番えた矢から手を離すだけで殺した。

 

 

 太陽の光を浴びるのが大好きで、いつもポカポカしていたその体はあっという間に生気を失い冷たくなった。

 地面に横たわった小さな体はとても寒そうで、寂しそうで。

 寄り添い抱きしめて暖めてあげたかったが、わずかに残る黒い霧のせいでそれも叶わない。

 私の矢は狙いたがわずアイオーンの体内にある宝玉を打ち砕いたが、完全に無力化された保障もない。アイオーンの死を無駄にするなど、許されない事だ。

 

 

「あ、あ」

 

 喉が思うように動かない。勝手に何かが溢れてくる。

 体がやけに冷たい。自分の体が、まるで氷にでもなってしまったかのよう。

 雫が手の平に絶え間なく零れ落ちているが、その感触も感じない。

 

「うあ、ああああああああッッ!!」

 

 堰を切ったように溢れ出る叫びに身を任せ、拳を地面に叩きつける。

 けれど、いくら叫んでも悲しみは晴れない。

 一人で叫んだって、悲しいだけだった。

 誰とも想いを共有できないのがこんなに寂しいとは思わなかった。

 一人は嫌だ。一人は寂しい。こんなの耐えられない。耐えられるほど、私は強くない。誰か、いないのか?

 

 

 

 やがて喉が枯れ果てた私は、声も出さずに泣いた。

 

 

 

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