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傍観者ではいられない!  作者: ぽぽりんご
第二章 レオ編(シリアスあっさり風味)
23/51

A-4 ヴィクター

◇◇◇ 回想 ◇◇◇

 

 

 ある雨の日だった。

 その日は珍しく客人が尋ねてきた。

 なんでも、お爺さんの元同僚なのだとか。

 

 客人の男は目深にフードを被っている。

 雨を避けるためか、それとも人目を避けるためか。フードからは、両の手と緑掛かった黒髪がわずかに覗くばかり。

 しかし、たったそれだけの情報でも男が相当強いであろう事が伺える。長身でがっしりした体つき。体幹も確かで、足運びに淀みが無い。手には小さな箱を持っている。相当大事なものが入っているのか、動く時には箱を庇うような仕草をしていた。

 

「レオナ、奥の部屋にいなさい」

 

 私はお爺さんの言葉に従い、横目で客人を見やりながら奥の部屋へと移動する。

 

「……?」

 

 違和感。いや、既視感だろうか?

 私は、この男に見覚えがあるような気がした。

 私の知り合いなんて、麓にある街の住人達しかいないはずだ。しかし街でこんな男性を見かけたことはない。街に降りるのは週に一度程度であるためそれほど詳しいわけではないが、こんなに強そうな人なら記憶に残るだろう。

 

 気になった私は足を止め、男に視線を集中する。

 視線を受けて空中に浮かび上がった男の名は、ヴィクター。

 知らない名前だ。やはり私の勘違いか。

 この時の私は、それで納得した。

 

「レオナ」

 

 お爺さんの催促を受け、私は奥の部屋に入って扉を閉めた。

 そして、扉に耳をくっつけて息を潜める。奥の部屋に入れとは言われたが、話を聞くなとは言われていないからだ。こうすれば話は筒抜けだし、私の目には元々扉など意味が無い。一緒に部屋に入ったアイオーンも私の真似をして扉にぴったりと体を寄せている。手持ち無沙汰になった私はアイオーンの体を撫で回した。気分を良くしたアイオーンは、体をごろんと床に投げ出しその背を床に擦り付ける。

 

 

 そんな事をしている間に、扉の向こうで会話が始まった。

 

「……ヴィクター。変わらないな、お前は」

「お前は変わったな。ずいぶんと老いた」

「それは、仕方のない事だ。お前とは違う」

 

 椅子に腰掛けた二人は、テーブルを挟んで話を始める。その内容は殆どが昔話で占められていた。

 お爺さんは私の話と、少しだけアイオーンの話。ヴィクターという男は、かつて愛したという女性の話。

 二人とも自分の話が無い。ある意味似たもの同士なのだろうか? 仲が良さそうには見えなかったけれど。

 

 

「まぁ……お互い、息災だったようで何よりだ。ずっと気にしていたのだよ、あれからのお前達がどう過ごしていたのかを」

 

 一段落して。

 ヴィクターはテーブルに両肘を付いて手を組み、口元の笑みを隠しながらそう言った。

 

「お前が人のことを気にするなど、珍しい事もあるものだ。この強い雨はお前のせいか」

「ひどい言い草だな。私だって時を経て変わる事もあるさ。なにしろ、この世に生を受けているのだから……さて、昔話はこれぐらいにして本題に入るとしようか」

 

 長い昔話が終わると、ようやく彼がここに来た理由に話が進んだようだ。

 二人は互いに目線を交わして相手の様子を探る。やはり、仲が良いわけではないらしい。

 先に視線を逸らしたヴィクターは、机の脇に置いてあった箱を両の手で掴みお爺さんの前に差し出す。そして丁重に蓋を開け、その中身を晒した。

 

「これが、連中の手がかりだ」

「……」

 

 箱の中には、黒い宝玉が収められていた。宝玉というと綺麗なイメージがあるが、その宝玉を見た印象は『禍々しい』だった。まるで心の奥底まで覗き込まれているかのような。いや、むしろ逆だろうか? 中に秘められた何かを覆い隠すために、この宝玉の色は暗いのかもしれない。

 

「手がかりなど……今更そんな物に何の意味がある?」

「意味など求めていないさ。お前がこれにどういう意味を見出すかも知らん。少なくとも、私はこれに意味を見出せなかった」

 

 私はヴィクターの言葉に違和感を持った。

 ヴィクターの仕草からは宝玉をひどく大切に取り扱っているような印象を受けたのだが。

 対するお爺さんは、何かを考え込むように押し黙っている。

 

「あとはお前がどうするかだ。調べるも良し、目と耳を塞いで生き続けるも良し……なんなら、売り払ってもいい」

 

 そう言い残してヴィクターは小屋から立ち去ろうとする。宝玉は箱ごと机の上に置いたままだ。

 ヴィクターが外に続く扉を開けると、雨が大地を叩く音が家の中に響き渡った。ヴィクターは扉を閉める前に軽く家の中を振り返る。ふと、私と目が合った気がした。しかしヴィクターの位置から私が見えるはずなんて無いのだから、偶然だろう。

 

 扉が完全に閉じると、急に静かになる。ほんのわずかに響くのは、雨が屋根を叩く音。

 お爺さんは静寂の中、ヴィクターが去ってからもしばらく無言で佇んでいた。

 

 その目には何が映っているのだろうか?

 普段の私ならば、誰が何を見ているのかおおよその推測はできる。

 しかし、この時ばかりはお爺さんが何を見ているのかわからなかった。

 さすがの私も、人の過去まで覗き込むことはできない。

 

「十四年……長かったような、短かったような」

 

 やがてポツリと呟いたお爺さんは深々と目を閉じ、溜息を吐いて脱力する。

 先ほどまでのお爺さんには、ひどく迷っている様子だった。

 しかし、迷いは捨てたようだ。お爺さんは、何事にもさっさと結論を出さないと気がすまない性質なのだ。良くも悪くも。

 

「だが、今の儂にとってはこの十四年が全てだ」

 

 お爺さんが煙草を咥えて火を付ける。珍しい……いや、初めて見る光景だ。

 そもそも、この煙草はお爺さんが吸うために持っていた物ではない。煙草の匂いを使って人が居ると錯覚させ、獣を誘導するために使っている物だ。

 煙草には強い匂いがある。獣に気づかれる可能性を増やすような行為を、お爺さんがするはずがなかった。

 長らく放置していたため湿気っているのか、なかなか火が付かない。数度の試行の末ようやく火がついた煙草を咥え、お爺さんは一息ついた。

 

「年老いるまで戦いばかりに明け暮れたこの儂が子供を育てる事になるなんぞ、夢にも思っていなかったが……悪い生活では、なかった。儂には……私には、過ぎた幸せだ」 

 

 お爺さんは机の上に置かれた箱に手を掛ける。そしてその蓋をそっと閉じ、部屋の隅にある引き出しの中に無造作に放り込んだ。

 煙草は既にその身の半分ほどを灰に変えていた。お爺さんは灰を皿に落として再び煙草に口を付け、深く呼吸をする。

 

「フレイヤ様。レオナ様は強くなりました。私の全てを教え込みました。弓も、策敵も、罠も、体術も、ナイフも。私をはるかに超える使い手に成長しました。追手に見つかったとしても、易々とやられたりは致しません……後悔があるとすれば、私が弱かったことでしょうか。あなたの娘を救うこともできず、レオナ様にも人並みの幸せを与えてやる事ができなかった……」

 

 フレイヤというのは私の祖母の名だ。お爺さんは元々、私の祖母の付き人だったらしい。祖母が亡くなってからも私の母に仕え、今では私の成長を見守ってくれている。

 お爺さんは、泣いているように見えた。昔を思い出して、涙を流しているように見えた。

 

 私は扉から体を離して目をつぶり、そっと耳を塞いだ。

 アイオーンが、私の頬をぺロリと舐めた。

 

 

 

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