B-3 探しモノ
人は、未知なるものに恐怖を感じる。
暗闇を怖いと感じるのも、何があるかわからないと思うからこそ。
恐怖は人の根幹をなす感情だ。怖いからこそ、それを克服するための手段を考える。
もっとも単純な手段は、集団を作る事だろう。弱者でも寄り添えば、夜の闇からも、強大な魔物の脅威からも身を守る事ができる。
そうやって人類は繁栄してきたのだ。
だが、集団で身を守るのは人類以外の生物も行っていることだ。人だけが特別というわけではない。
なら何故、人類はここまで繁栄できたのだろう。
人は、言葉を交わす。情報を交換し経験を伝え、次の世代への糧とすることが出来る。
知識を得るという事は、未知が既知になるという事だ。既知ならずとも、想像し、欠落した情報を補完し、未知に対する対抗手段を編み出すに至る事もあるだろう。
やがて人は、明かりを作った。闇を消し去る光は、人に安らぎを与えた。
人は、武器を作った。強力な爪も牙も持たない人類だからこそ、最強の矛を持つに至った。
人類は世界の覇者となった。
また、人が未知に対して感じるのは恐怖だけではない。
探究心をくすぐられるものもいるだろう。
憧れを持つものもいるだろう。
だからこそ、人は旅立つ。冒険する。挑戦する。
これが、人類の歴史。
この世の全てが既知になってしまえば、人類は停滞するだろう。壊死するだろう。
人は、未知なくして生きて行く事はできない。
人の飽くなき探究心が、今の世界を創り出した。
中でも、ほら、アレだ。
女体の神秘は男の探究心を刺激する。
エロは偉大だ。エロなくして、人類の繁栄はありえない。人の生きる原動力こそが、エロパワー。
「だからこれも、人類の歴史の一ページを刻むのに必要な事だったんだよ」
「言い残す事はそれだけかしら」
街の大浴場の入り口で、赤と銀の装飾に彩られた篭手ことバヤールが土下座している。篭手がどうやって土下座をしているのかはよくわからないが、おそらく土下座している。
バヤールの前には、ラフな格好をしたレオが仁王立ちしていた。
ラフな格好と言っても、普段よりむしろ露出は少ないだろう。薄手のシャツに、膝まである柔らかいハーフパンツ。お洒落の欠片も見えない格好だが、バヤールは随分とレオらしい格好だとは思った。今までのレオはとっつきにくい感じがしたが、今のレオにはそんな雰囲気は微塵も感じられない。その辺にいる普通の女の子と変わらない……どころか、なんだか急に子供っぽくなったようにも感じられる。
二人の周囲には、寸劇をうろんげな眼差しで見ながらスルーする街の住人達。
言葉を発する篭手に対し、子供が興味を示した程度だろうか。大抵の人は横目で二人を見つつ通り過ぎるだけだ。
「まさか、篭手が覗きをするとは思わなかったわ」
「カーッッ! 人間の男に覗かれるならともかく、命を支えあう相棒に対してこの仕打ち。真の相棒なら、不測の事態にそなえて風呂にも武具を持ち込むべきとは思わんかね?」
「全く思わないわ」
「あ、そうですか……」
バヤールはがっくりとうなだれた。
レオは力を失ったバヤールを抱え上げ、包帯で包み、縛り始める。
「え、ちょっと待って。何これ。俺、緊縛プレイの趣味は無いんだけど」
「こうでもしないと勝手にどこかに飛んでいくでしょ」
レオは、目隠し(?)をして縛り上げたバヤールを脱衣所のロッカーの中に放り込み、固定した。
「おいおいベイビー、これが相棒に対する仕打ちかよ。信頼しあうのが、仲間ってもんだろ?」
「うるさい。肥溜めにぶち込むぞ」
全く信頼できない仲間のバヤールにイラッとしつつ、レオは辛辣な言葉を吐き捨てた。
その言葉にバヤールは縮みあがる。「やめて、それだけは!」という心の声が聞こえてくるかのようだった。
「……お、お前! 肥溜めにぶち込んだ篭手を装備する気かよ!」
「装備するわけないじゃない。肥溜めに突っ込んだらもう捨てるわ。肥溜めの底で永遠に封印されていればいい。今度は誰も封印を解こうだなんて思わないだろうから、安らかに眠れるわよ」
「やめて! 俺、一応伝説の武具よ? 捨てるコマンドを入力しても『それは捨てられません』って出る類のアイテムよっ!?」
「大丈夫。呪いは私には効かない」
「呪わとらんっちゅーとろーが!」
バヤールの脅迫も、バヤールに全く固執していないレオには全く無意味だった。
先ほどはバヤールにもう少し優しくしてやろうと思っていたレオではあったが、そんな気持ちはバヤールのお馬鹿な行動のせいで塵と化していた。
バヤールは泣いた。
◇◇◇
「そういえば」
レオが風呂を上がった後。
バヤールの拘束を解いて宿で豪勢な夕食をもぐもぐと頬張りつつ、レオはバヤールに声を掛ける。先ほど大浴場にバヤールが現れた時、気になっていた事を聞こうと思ったのだ。まずは風呂でゆっくりする事を優先したため、今まで聞くのを忘れていた。
と、給仕係がレオの机に新たな皿を置いていった。本日のメインディッシュであろう鶏の香草焼きだ。皿を置いた給仕係は一時も停止することなく、次の机に向かって移動を続ける。周囲では、他の給仕係も狭い机の間をひっきりなしに行きかっていた。食事がおいしいと評判の宿であるため、夕食時の今はひどく混雑している。この宿の食堂には外部からも人が押し寄せてくるのだ。宿泊客優先でなければ、席が空くのを結構な時間待たねばならなかっただろう。
「部屋に放置してきたのにどうして私の居場所がわかったの?」
口にしていた物を飲み込み、運ばれてきたばかりの肉を切り分けながらレオは続く言葉をバヤールに投げ掛けた。
大浴場は宿屋に隣接しているわけではない。宿場街全体で共同管理しているため、この宿から結構距離がある。
バヤールは大浴場の場所を知らないだろうし、それにそもそも大浴場に行く事自体をバヤールに伝えていない。
唯一の手段としてはレオを追跡する事ぐらいだろうが、それも不可能だとレオは自信を持って言えた。自分が、他者に見られている事に気づかないはずが無い。
「行儀悪いぞお前……なんで居場所がわかったかっていや、そりゃ追跡を使ったからだよ。宿に色々荷物おいてあっただろ? 荷物の持ち主を追跡する魔法を使えば一発だ」
「……持ち主の居場所を、追跡?」
バヤールの言葉に、レオは少し考え込む。考え込みつつ、鶏肉を口に放り込んでおいしそうに頬張る。
何か、ひっかかるものがあるようだった。傍目には、とても考え込んでいるように見えないけれど。
レオは肉の味をたっぷり堪能した後満足げに飲み込み、水を口にする。
「初めて聞く魔法ね。その魔法は、持ち主の手を離れて時間がたった物に対しても有効なの? たとえば、森の中に二年ほど放置してあった物とか」
「当然有効だぜ。数日ほど誰かが持ち歩いていたなら持ち主と認識される奴が変わっちまうが……誰も触っていないのなら、間違いなく」
「……そう」
それだけ聞くと、レオは無言で食事を再開した。
今度は本当に、何か真剣に考え込んでいる様子だった。
やがて食事を終えると、レオはバヤールに対して宣言した。
「次の目的地が決まったわ」
席を立ち、バヤールを左腕に装備して部屋へと移動する。
レオの言葉は随分と平坦で、人間味がなかった。大浴場前で怒りを爆発させている時や、先ほどおいしそうに食事を頬張っている時は随分と感情をむき出しにしていたのに。レオの感情は頻繁に心の奥へと引っ込んでしまうらしい、とバヤールは分析した。そして、感情を引っ張り出す手段のいくつかを記憶に留めて置いた。こいつ、怒らせたほうが面白いキャラしてるし。
レオに知れたら肥溜めの中に突っ込まれそうな事を考えつつ、バヤールはレオの言葉を聞く。
「私が昔住んでた小屋に行く。少し、調べたいものがあるの」
レオは、底冷えするような声色で。そう口にした。




