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第4話 踏切:猫は現れた、何も起こらなかった

坂の途中に、一匹の猫がいます。


その猫と出会うたび、主人公・涼太は、もう戻らないはずの過去の断片と向き合うことになります。


これは、過去を変える物語ではありません。

止まっていた時間を、少しずつ動かしていく物語です。

駅前の踏切は、一日に数回しか降りない。閉まる時間は短く、待っている人もそう多くない。


涼太は自転車部の朝練に向かう途中、その踏切で足止めを食らった。久しぶりの朝練だった。三週間ぶりだ。


カンカンという音が鳴り始めたとき、遮断機の向こう側に猫がいた。ハルだ。線路の脇、敷石の上にちょこんと座っている。


涼太は遮断機の前で待ちながら、猫を見ていた。電車が近づく音がする。猫はこちらをじっと見ている。


電車が通過した。


風が吹いて、ハルの姿が揺れたように見えた。次に目を開けたとき、猫はいなくなっていた。


遮断機が上がる。涼太は線路を渡った。何も起きなかった。空気も変わらない。匂いも、いつもの踏切のままだった。


「あれ」


涼太はしばらく、線路の脇を見ていた。猫がいた場所には、敷石と雑草があるだけだった。


肩透かしを食らったような気分で、涼太は朝練に向かった。


***


朝練は、思っていたよりすんなり終わった。誰も涼太のことを特別に気にしなかった。三週間休んでいたことについて、聞いてきたのは一人だけだった。


「久しぶりだな」


「うん」


「また走るのか」


「分からない。今日は、来ただけ」


それだけの会話だった。涼太はその日、自転車には乗らず、見学だけして帰った。


帰り道、また同じ踏切を通った。今度は遮断機は上がっていた。線路の向こうに、猫はいなかった。


涼太は踏切の真ん中で立ち止まって、線路を見下ろした。


何も起きなかった、ということが、なぜか引っかかっていた。今までは、猫を見れば必ず何かが起きた。今日は、何も起きなかった。


涼太は歩き出しながら、考えていた。


もしかしたら、猫は何も起こしていないのかもしれない。猫がいるところで何かが起きたのは、たまたまだったのかもしれない。あるいは――猫が来なかった日は、何も起きないようにしている、誰かの判断があるのかもしれない。


どちらなのか、確かめる方法はなかった。


ただ、涼太はそのとき初めて、自分が「過去に何が起きるか」ではなく、「猫が今日、何をするつもりなのか」を気にしていることに気づいた。今までは、起きたことに反応するだけだった。今日は、何も起きなかったことについて、考えていた。


涼太は歩きながら、一度だけ踏切を振り返った。遮断機は、上がったまま動かなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


『時をかける猫』は、過去をやり直す物語ではなく、過去と向き合うことで前に進んでいく物語として書きました。


坂の途中に現れる猫・ハルが何者なのかは、最後まで明かしていません。読んでくださった方それぞれに、自由に想像していただけたら嬉しいです。


少しでも心に残る風景や言葉があれば幸いです。

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