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異世界シンママ(仮) ~バリキャリ妊婦は熱砂の皇子の仮初め寵姫~  作者: 多摩ゆら
第一部

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5.禍つ者


「ちょっ! と……! なんですか!?」


「はあ? 分かってて来たんだろう。いい歳して今さら生娘ぶるな」


「ちょっ――、ン、やっ……!」


 唇が重ねられ、背中に手が掛かったと思った瞬間、視界が反転した。音もなく絨毯の床に引き倒され、男がのしかかってくると椿は猛然と抵抗する。


「そんなつもりじゃありません! 離して!!」


「何を今さら。俺の情けが欲しいと言ったのはお前だ。庇護してほしいんだろう? 情婦として」


「は――。はあ!? ん……っ!」


(あっ。「情け」って、そういう意味!?)


 そんな時代劇じみた意味だとは考えていなかった。そこに思い至らなかったのは自分のミスだが、それにしたって強引に過ぎる。

 少し厚めの大きな唇が自分のそれをすっぽりと覆っている。超至近距離から金の目に射すくめられ、ムスクの香りも相まって肉食動物に襲われた気分だった。


「い、や……っ!」


「強情な――。黙って委ねろ。悪いようにはしない」


 唇を奪われながらも口内には侵入されないよう椿がそこを固く引き結ぶと、節張った大きな手がシュッと帯をほどく。

 先ほどの侍女に直されたせいか、信じられないほどたやすく解けたそこからイクバールが直に腹に触れてくると、椿はぞっと総毛立った。


(待って待って!! 嘘でしょいきなり……!)


 イクバールの目はあくまでも冷静で、彼がそれほどの興奮をこの行為に、自分に抱いてないのが分かる。けれど力の差は歴然で、このままでは強引に体を奪われてしまう。


 当然ながら自分は処女ではないし、元夫以前にも人並みに恋愛経験はあったが、それでも会ったばかりの男と同意なしで行為に及んだことなんてない。

 いつだって主導権は椿の方にあった。何より今は、自分一人の体ではないのだ。

 椿は唇を振り払うと、両手で腹を覆って叫んだ。


「こっ……、子供がいます! お腹に!!」


「……っ」


「だからやめて――やめて下さい……」



 椿の叫びにイクバールは怯んだようだった。押さえつけていた手を離すと、探るようにその腹を見下ろしてくる。


「子供……? そんな気配はなさそうだが?」


「あります! ほら、ちょっと出てきてるし! まだ5か月になったばかりだから分かりづらいけど!」


 椿は思いきってズボンを少し下げると、ふっくらとしはじめた腹部を晒した。外から見て分かるかは微妙なところだが、恥ずかしいとか四の五の言ってる場合じゃない。

 なりふり構わぬ必死な様子にイクバールはため息をつくと、椿の上から退いた。


「ちっ……。それならそうと早く言え」


「言う暇も与えませんでしたよね!?」


 服をかき合わせて手負いの猫のように睨むと、イクバールは興味を失ったように水差しの水を飲む。

 ……とりあえず、良かった。妊婦を犯すような外道ではなくて。同意なく襲ってきた時点で外道であることは間違いないが。

 イクバールは髪をかき上げると鷹のような目でじっと椿を見つめる。


「どういうことだ。夫は一緒じゃないのか」


「夫とは……別れました。一月前に」


「それはそれは。子まで成したのに捨てられたのか。不憫なことだな」


「……ッ! こっちが捨ててやったのよ!」


 こちらを嘲笑うような言葉にカチンときて、思わず言い返してしまった。牙を剥く椿にイクバールが愉快そうな視線を向ける。


「気の強い女だ。……しかし困ったな。これでは当初の目的が果たせない」


「……?」


 十分な距離を取って怪訝に見上げると、イクバールはさも困ったとでも言うように肩をすくめた。そのわざとらしい様子に椿は冷たく返す。


「情婦に、ってこと……? あなた、別に私なんて欲しくないでしょう? 太守で、若くて顔も良くて――何も困ることないじゃない」


「そう褒めるな、照れるだろう。しかも次に国を負って立つべき皇子だしな。たしかに何も不自由はない」


「褒めてな――。……皇子?」


「ああ。クファール帝国シャムス朝・現皇帝マスウードが第一皇子、イクバール。……なんだ、知ってて誘ってきたのかと思ったぞ」


「…………」


 椿はぽかんと目の前の美丈夫を見上げた。ずいぶんと若い統治者だとは思ったが、どこぞの貴族の息子か何かなのだろうと思っていた。

 しかし――皇子? 皇帝の息子!?


 知るわけがない。知っていても誘わないが、とんでもない人と未遂――いや、キスしてしまった。

 唖然と固まると、イクバールは大した興味もなさそうに指についた水滴を払う。


「情婦に、というのはまあ方便だ。……お前、『(まが)つ者』という言葉を聞いたことはないか?」


「まが――。え……?」


「ないか。……実はな、お前がそうなんじゃないか、という報告が上がってきた。異界より来たりて、災厄や不吉をこの国にもたらす者なのではないかと」


「……っ!?」


 椿はぎょっと顔を上げた。そんなもの、聞いたこともない。何より自分がここに来たのはつい数時間前のことなのに、一体誰がそんなことを……!


「星読みの館、という組織がある。神官どもが天候や吉凶を占っているのだが、そこから今日、星の乱れの報告が入った。異界とこちらの世界が交わってしまったかもしれないと。その知らせを俺が受けた直後――お前が太守府に来た」


「え……」


「前例がないのでな。ひとまずはそいつを『禍つ者』と仮定して、俺のもとで監視することにサーリフと決めた。早々に探し出して顔を見にいく予定だったから、お前の方から来てくれたのは僥倖だった」


 にや、と眉を歪めて笑われ椿の背中に冷たいものが伝った。拳を握りしめると首を振る。


「わ、私は――『禍つ者』なんかじゃありません! ただの人間です。そんなの迷信だわ」


「そうだな。俺もそう思ってる。……だが年寄りは迷信深いのが多くてなあ。『禍つ者』ではない、もしくはそうである証拠を、隅々まで調べろと言ってきた。それで――これだ。裸に剥いてみれば、呪いの痣の一つでもあるかもしれん、とな。幸い俺の『情け』をお前も求めてくれたことだしな」


 ぐい、と自らの襟元を下げ、イクバールが鎖骨を露出させる。そこに覗く黒い刺青とその仕草の意味に、椿はぞっと後ずさった。帯を急いで巻き直して首を振る。


「証拠なんて、何もないわ……! 嫌よ、絶対見せない」


「安心しろ、俺も他人の子を孕んでる女をひん剥く趣味はない」


 襟を直し、イクバールは嘆息すると壁に寄りかかった。少しの間ランプの炎を見つめると、金の目が椿をゆっくりと射抜いた。


「なあ、取引をしないか? ツバキ。……俺の愛妾になれよ」




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