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異世界シンママ(仮) ~バリキャリ妊婦は熱砂の皇子の仮初め寵姫~  作者: 多摩ゆら
第一部

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41.兆し


 月日は巡り、椿はとうとう臨月に入った。


 腹はいよいよはち切れんばかりになり、あれほど激しかった胎動も少し落ち着いた。その代わりに腹の位置が少し下がってきた気がして、骨盤が地味に押し広げられている感じがする。あとはトイレの回数がすごい。

 椿が最も心配していた逆子の兆候もなく、もういつ産まれてもおかしくない時分に離宮では来客を迎えていた。



「お邪魔いたします。――ツバキさん! あ、いえ、ツバキ様……お久しぶりです。大変なときにお伺いしてごめんなさい」


「ナーラさん! お久しぶりです。つわり明け、おめでとうございます。来て下さって嬉しいです」


 蒼の離宮を訪れたのは、サーリフの妻ナーラだった。苦しんだつわりから解放され安定期に入った彼女は、出迎えた椿に親しげな笑みを向ける。


「ツバキ様の下さったお薬がなければ、もっと苦しかったと思います。今日はどうしても直接お礼を言いたくて――。あの、体調はいかがですか? 長居はいたしませんので」


「お客様なんて初めてだから、ゆっくりしていって下さい。積もる話もありますし……。シャウラ副将軍も、来て下さってありがとうございます」


 椿はナーラの背後に付き従った、怜悧な女武人に声をかけた。非番ということで武装はしていないが、美男子とも見まごう麗人は涼しい目で椿に礼を取る。


「シャウラ、で結構です側妃様。わたくしまでお招きに預かり光栄の至り。もし槍が降ろうとも側妃様が産気づこうとも、このシャウラめがこの場はお守りいたしますゆえ」


「まあ心強い。……私もただの椿で大丈夫ですよ。ナーラさんも。この中では街の一番後輩ですから」


「副将軍は……あっ、シャウラさんは、わたしのわがままに付き合って下さったんです。ツバキさんにお礼を言いたいけれど緊張してしまいそうと迷っていたら、サーリフが心配して――ディルガーム将軍に話をしたようなのです。そこからシャウラさんに話が行って……。せっかくの非番なのにすみません、シャウラさん。わたしたちもほとんど初対面ですのに」


「いえ。お美しい奥方お二人を一度に拝見できて眼福でございます。夫君たちとは話す機会が多いですが、奥方たちと知り合えたのも何かの縁。このシャウラめも輪の中に加えていただけますかな? ツバキ様」


「もっ……、もちろんです! どうぞ!」


 ひゃああ、とナーラと二人して赤くなり、椿は広間へと二人を案内した。茶菓子を持ってきたルムアがシャウラに頭を下げる。


「ああ、ムルアか。久しいな。……どうだ? わたくしの隊に来る気はやはりないか? 殿下やディルガームよりも、そなたの適性に合った仕事を与えてやれるぞ」


「その節はお世話になりました。……光栄なお話ですが、自分はツバキ様の護衛として今後も励みたいゆえ——困ったことがあれば、また相談させていただきたく存じます」


「……ふふ。振られてしまった。ツバキ様の魅力はまったく罪深い」


「えっ!?」


 聞けば、ルムアが前職で失敗してディルガームに捕らえられたあと、イクバールの側仕えになるまで世話をしたのがこのシャウラだったらしい。

 4児の母に涼しげな流し目を送られ、椿はわけもなくドキドキしてしまう。……罪深いのはシャウラだと思う。


「さて、それにしても……もういよいよという頃合いでございますな。安産をお祈りいたします」


「こんなに大きくなるのですね……。わたしも、ツバキさんの教えて下さった『よが』でだいぶ体力がついたのですよ! サーリフにはまだ心配されますが……」


 ナーラがえい!と拳を握るが、妖精が怒っているようにしか見えずシャウラと二人で微笑む。


 実は椿は、サーリフに借りがあった。あの宴でのシナリオを考えたのはサーリフだったのだ。

 「楚々とした美しい花嫁を隣に置いて、堂々と宣言すれば酔っ払った男どもはだいたいだまされる」――そのひどい想定通り、こうして今、ひとまずは安心して臨月を迎えていられる。


 落ち着いたら、またナーラに薬や滋養のあるものなどを差し入れしよう。そんなことを考えながら歓談は和やかに続き、椿はシャウラに問いかけた。



「大先輩としてお伺いしたいのですが、シャウラさんは、どのように陣痛を乗り越えたのですか? 武人であれば、やはり痛みには強いものなのでしょうか」


「いえ……あれは、戦いで負う痛みとはまったく性質の違うものでございますな。言うなれば、体の内側から骨盤と腹をメリメリこじ開けられるような……。生涯最大の痛みと言っても過言はなかったかと」


「そんなに……」


 ヒエ……と妊婦二人が怖じ気づく。そんな二人を見て、シャウラは涼しい笑みを目元に浮かべた。


「まあ、必ず終わりは来ますゆえ。気合いあるのみでございます。あとは、どうしようもなければ夫君の悪口でも言って気を紛らわせるのがおすすめです」


「……悪口?」


 麗人に似つかわしくない言葉に二人がきょとんと首を傾げると、皇子の三の弓・シャウラ副将軍はドスの利いた低い声でつぶやいた。


「そうですね、わたくしの場合は――初産のとき、『ディルガームのクソ野郎、男根もげろ』……などと言ったようです。あいにく覚えておりませんが」


「そ、そうなんですね……。覚えておきます」


 それだけの暴言を吐きながら、後に3人も続いたのは尊敬しかない。ナーラは熱心にメモまで取っている。

 女同士の楽しいおしゃべりは続き、椿は仕立て上がった産着を見てもらおうと立ち上がった。そのとき。


「……えっ」


「ツバキ様? いかがなされ――」


 ブツン、と体の中で何かが切れる感触がして、次の瞬間に生温かい水が足の間を伝った。それは椿の足元にじわりと広がり、シャウラがとっさに立ち上がる。


「――パリサどの! 破水だ。ルムア、産み部屋の支度を。……さあ、ナーラどの。邪魔になってはいけない。我々はお暇しましょうぞ」


「はっ、はい。……ツバキさん! ご無事で! 頑張って下さいませ……!」


「ご武運を。……あなた様は星に導かれて参られしお方。必ずや、良き結果が訪れることでしょう。星の加護があらんことを!」


 できたばかりの友人からの頼もしい声援に、椿もまた拳を握りしめた。


「はい……。二人とも、ありがとう! 産んできます……!」




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