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異世界シンママ(仮) ~バリキャリ妊婦は熱砂の皇子の仮初め寵姫~  作者: 多摩ゆら
第一部

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40.知らない内側


「イクバール、起きて。この顔で下戸とか嘘でしょう……!? ほら水飲んで! このまま寝ないで」


「俺は酔ってないぞ……」


「酔ってる人はみんなそう言うのよ。……あなた、無理して飲んじゃ駄目よ。お酒が合わない体だったのね」


「飲んでいれば強くなるとディルガームは言っていたぞ。皇子が誕生日の宴に一滴も飲まないなど、格好がつかんだろう」



 水差しの水を差し出すと、それを飲みながらイクバールがとろんとした目で椿を見る。その拗ねたような口調に椿は苦笑した。いつもの鷹が、今夜は雛鳥になってしまったみたいだ。


「体質なんだからしょうがないでしょう。格好悪くもなんともないわよ。無理に飲んだらそれこそ倒れちゃうから、飲むフリだけしてればいいのよ。私が一緒だったら、代わりにこっそり飲んであげるのに」


「……ふん。急に年上ぶりおって」


 ぶすっと呟いたイクバールは、それでもいくらかシャキッとしたようだった。椿に寄りかかりながらも、先ほどまでのまとわりつく様子はない。

 あれはあれでちょっと可愛かったかも……などと思い返していると、ふとあることに気付き椿は体を離した。イクバールを正面から見つめる。


「……ツバキ?」


「そういえば、言うの忘れてたわ。……お誕生日、おめでとう。外出できないから何も贈り物はないんだけど……。お菓子ぐらい作れば良かったわね」


 至近距離で告げると、金の目が小さく見開かれる。イクバールはやがてふっと笑むと首を振った。


「いや、もう十分もらった。俺の美しい花嫁の晴れ姿を、目に焼き付けておいた」


「なっ。そっ……、んな、の――」


 顎に手が添えられ、じっと覗き込まれる。頬を染めて目を逸らした椿を堪能するように長い時間見つめられると、痺れを切らしたように弾力のある唇が重ねられた。

 ちゅ、ちゅ、と二度短く重なり、コツンと額を突き合わせるとイクバールが椿の手に指を絡める。そして少しかすれた甘い声でささやいた。


「ああ……あったな、欲しいものが」


「なに……?」


「……お前の中を、許せ」


「……っ」


 ぺろ、とイクバールが小さく舌を出し、椿はその意図を悟った。うなずくこともできず赤い顔で固まっていると、イクバールはふっと笑ってもう一度顎に手をかける。


「黙っていたら俺は遠慮なく奪うぞ」


「……! んっ――」


 そして今度は、噛みつくように唇が重ねられた。



「……っ、……ふ……」


 表面だけの口付けを長く交わしてから、イクバールの舌が椿の唇をつついた。眉を寄せながら、その合わせを薄く開くと彼の舌が――熱いそれが、椿の中にゆっくりと入ってくる。


「ん――、……っ」


「……噛むなよ? ……こら、縮こめるな」


 粘膜同士が触れ、その湿度と熱さに驚いた。椿の頭に手を添え、目を開けたイクバールはその器用な熱で椿の口内を蹂躙する。ごく薄いアルコールの匂いが椿の中にも送り込まれる。


(うそ――。なにこれ……っ)


 久々だからなのか、それとも彼との初めてだからなのか、イクバールの舌が口の中に触れるたびにびくっと体が震えてしまう。そんな椿の体を抱き寄せながら、まだ知らぬ妻の体内を探るようにイクバールの舌先が蠢く。


「ん……、あ……」


「お前……口が小さいな……。――ん。はは……このぐらいで音を上げるなよ?」


 唇同士がしっとりと。舌の先が歯列をくすぐって。後頭部に添えられた指先だけが少し力んで。

 掴まるものがほしくてイクバールの胸にすがりつくと、椿の髪を大きな手がかき乱す。淫らに激しくなることはなく、静かで長い口付けは、粘膜同士を擦り合わせてそしてゆっくりと離れていった。



「ふ……、はぁっ……」


 上気した椿がくったりと脱力するとイクバールが肩を支える。椿の濡れた唇を指で拭い、イクバールは少し息を弾ませてつぶやいた。


「……はは。あれだけ毛を逆立てていた猫が、ようやく俺に懐いた。……しかし、まずいなこれは――。ケダモノになりかねん。産後にお前の体が落ち着くまでは、この接吻はお預けだな」


 ぼんやりと見ると、イクバールの目尻もうっすら赤く染まっていた。彼も興奮していたことを見て取り、椿の胸は痛いほどに高鳴る。それと同時に腹がキュッと張った。


「うっ……。いた、た、た……。ごめんってば、蹴らないで」


「なんだ、大丈夫か? ……こいつめ。母と父が睦んでいるのが気に食わんらしい。さては()の子だな?」


「知らない、わよ……。……ふー。焦った……。陣痛来たかと思った」


 ドカドカと蹴ってくる中の人をイクバールがさすってなだめ、腹はひとまず静かになる。ほっと息をついた椿をイクバールが寝台に促した。


「お前はもう横になれ。今日は疲れただろう」


「最後に疲れさせたのは誰だってのよ。……ふう。それじゃ、おやすみなさい――」


「ああ」


「……っ!?」


 寝台に横たわった椿はぎょっと目を見開いた。同じ寝台に、灯りを消したイクバールが乗り上げてきたからだ。

 椿の後ろに身を横たえたイクバールは、あくびをしながらもその片手を椿の大きな腹に添える。


「帰るのも面倒だ。俺も今夜はここで寝る。……ふあ……」


「わっ、私が寝られないんだけど!?」


「心配せずとも襲わんと言っただろうが。気にするな。……いや、違うな。今のうちに慣れておけ……」


 体を近付け、耳元でささやかれるとボッと体が熱くなる。触れられた腹から、そして包み込むような背中からイクバールの体温がじわりと移ってくる。


 椿がドキドキと身を固くしているうちに、背後からはスーと静かな寝息が聞こえてきた。

 しばらく待ってみても、イクバールは起きそうにない。そろそろと腕の中で寝返りを打つと、印象的な金の瞳が閉ざされた精悍な顔が目前にあった。



「…………」


 初めてじっくりと見るイクバールの寝顔を、椿は月明かりに慣れた目で観察する。


 高い鼻梁、肉厚で大きめの唇。静かな寝息に合わせて上下する胸板、そして右首から続く刺青が刻まれた褐色の腕。

 その顔にゆっくりと手を伸ばすと、引き締まった頬に触れた。……少しザリッとした髭の感触がする。そして柔らかな唇にそっと指を這わせる。


 ――この唇が、自分に触れた。そこから紡がれる言葉が椿をこの街に引き留めて、そして捕まえた。もう、逃がれようもないほどに。


(添い寝とか……ディープキス、とか……。……嘘でしょ、こんな、妊娠中に――)


 離婚したときは、そしてこの世界に飛ばされたときは、まさかたった数か月でこんなことになるなんて思わなかった。

 こんな風にドキドキして、そして、この年下の皇子の存在に安堵も感じているだなんて――。


(いつかは、この腕に……? 産後は一体どうなっちゃうの……)


 怖いような、知りたいような、もっと先に進みたいような。胸のざわめきを落ち着かせるように目を閉じると、ふわりとムスクの香りが鼻をくすぐった。

 いつもは椿を落ち着かなくさせるそれが、今夜はなぜか、身になじむように心地よく感じる。疲労を餌に、無理だと思っていた眠りが急速に訪れる。


 初めて感じるイクバールの体温の中で、椿は吸い込まれるように眠りに落ちて行った。




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