38.星巡りの宴 (後)
酒器を手に控えていたルムアからそれを受け取ると、椿はゆったりと広間を横切った。その後ろ姿を唖然とした顔でルムアが見送る。
どれほど気に食わない相手でも、やりっぱなしでは恨みを買う。飴と鞭、仲間のフォローも椿の仕事のうちだった。
椿はお通夜のような有様の長老会の面々に近付く。
(大人だしね。今日の商売敵は明日の協力会社かも。えーと、正面に座るとたしか「私を食べて」だから……横ならいいわよね?)
酒器を手に「失礼いたします」と声を掛けると、先ほどのリワー老の横にすとんと腰を下ろす。ぎょっとしたようなその皺だらけの顔に、椿はにこりと笑いかけた。
「はじめまして。椿と申します。どうぞよろしくお願いいたします。……失礼でなければ、お注ぎしても?」
「な――。え、はあ……。ど、どうぞ」
「ありがとうございます。……素敵なお召し物ですね」
再びにこっと笑ってリワーの空の杯に酒を注ぐと、気圧されたように礼を言われる。いかにも金のかかっていそうな手の込んだ衣装を褒めちぎり、頭を下げてその場を辞すと今度は右隣の老人に同じように笑いかけた。
「こんばんは。いい夜ですね。……まあ。お酒、お強いんですね。実は私も強いんですよ。次の機会にはぜひ飲み比べをさせていただきたいですね」
「は、はあ……」
「こんばんは。とても美しいお髭ですね。何をつければそんなにツヤが出るのですか? ……まあ、教えて下さってありがとうございます。私も今度探してみますね」
「素敵な指輪ですね。ご趣味がよろしいんですね。……私? 私はまだまだ見る目がなくて……。はい、殿下に恥ずかしい思いをさせないよう、教えていただいている最中です」
「もしかして、今でも鍛えていらっしゃるのですか? ……ええ、とても立派な腕をされているので。頼りがいのある名うての武人でいらっしゃったのですね。……ああ、失礼なことを申しました。それは今もですね」
椿はにこやかに老人たちへ次々と声をかけて回った。そしてわざとらしくない程度に彼らを褒めちぎった。
今日初めて会った、性格も知らない相手の人となりを褒めることはできない。
だがよくよく見てみれば、どの老人にも一つぐらいはこだわりの持ち物や体のパーツがあるものだ。そこを素早く見つけ、徹底的にたたえる。名付けて褒めちぎり接待作戦だ。
椿のにこやかな表情や低姿勢に酒を勧める態度に、老人たちの警戒も少しばかりではあるが和らぐ。腹の大きさを感じさせず縦横無尽に動き回る新妻の姿に、イクバールは唖然と横のサーリフに語りかけた。
「なんだ、あれは。俺の花嫁はじじい転がしの才覚があったのか。……末恐ろしいな」
「……あなたが連れてきたんですよ。どうぞご自分で責任を取ってくださいね」
老人たちにあらかた挨拶を済ませると、椿はふぅとため息をついた。……少しお腹が張ってきた。
立ち上がろうとすると足元が少しよろめき、ふわっと何かに支えられる。
「大丈夫ですか? そろそろ殿下のお側にお戻りを。待ちかねておりますよ」
「あなたは――」
肩を支えてくれたのは、眉目秀麗な男役――ではなく、椿よりもさらに背の高い切れ長の瞳の美女だった。高い位置で髪を一つにまとめた彼女は涼しげな微笑みを浮かべる。
「ご挨拶が遅れました。わたくしはイクバール殿下の三の弓シャウラ。副将軍の座を拝命しております。夫ディルガームがいつもお世話になっております」
「シャウラさん……。ありがとうございます」
武人の装いをした美女はうなずくと、椿を守るように腰を抱きゆっくりとイクバールのもとへ向かっていく。たしか4児の母と聞いたが、とてもそんな風には見えない。
「夫を助けようという心映えは美しいですが、あまりご無理はなさいますな。……ふふ、我が君があのような表情をしているのは初めて見ましたぞ。あなた様が心配で仕方ないと見える」
小声でささやかれると清涼感のあるいい匂いがする。イクバールのもとへ椿を送り届けると、シャウラはふっと笑って夫ディルガームのところへ戻っていった。その後ろ姿を椿はぽーっと見つめる。
「素敵……」
「なにっ」
うっとりとつぶやいた椿に、イクバールのぎょっとした視線が飛んだ。




