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異世界シンママ(仮) ~バリキャリ妊婦は熱砂の皇子の仮初め寵姫~  作者: 多摩ゆら
第一部

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37.星巡りの宴 (中)


 時刻は少し、さかのぼる。星巡りの宴の主役であるイクバールは大広間の上座に座り、招待客たちからの挨拶を受けていた。


「殿下に幾久しい幸福をお祈りいたします」


「ああ。そなたら長老会の献身にも感謝する。これからもよろしく頼む」


 普段は敵対する相手にも、この場ではにこやかに対応しておく。……まだ喧嘩を売るときではない。

 そうして和やかだが退屈すぎてあくびが出るような時間が過ぎると、奥に控えたサーリフが目配せをした。


「……来たか」


 イクバールはにやりと笑うと正面に向き直った。ざわめきが収まるのを待って、低く声を発する。


「――さて。宴もたけなわだが、ここでそなたらに紹介しておきたい者がいる」


 イクバールの発声に空気がざわっと揺れる。手招かれ、奥から姿を現した者の姿にある者はあっと驚き、ある者は苦虫を噛み潰したような顔になった。


 美しい侍女に手を引かれ、白い衣装をまとった腹の大きな女がイクバールを見据えて歩いてくる。その落ち着いた佇まいと媚びない美しさにイクバールはほくそ笑んだ。


「……上出来だ」




 イクバールによって上座へと招かれた椿は、正面を向くと丁寧に頭を下げた。

 見渡すと、見知らぬ顔たちの中にサーリフとディルガームの姿が見えて少しほっとする。……100%アウェーではない。

 やんわりと肩を引き寄せられるとイクバールは朗々とした声で告げた。


「紹介しよう。東の果ての国より参ったツバキだ。このたび、俺の側妃として迎えることにした」


「なんと……!」


 大広間の空気が揺れ、ざわめきがそこかしこで湧き上がる。その中で最初に立ち上がったのは筋骨隆々としたディルガーム将軍だった。


「これはこれは! おめでとうございます殿下! はっは! ようやく殿下のお心を射止める女人が現れましたな」


「そうだな、ディルガームよ。仲睦まじいそなたら夫婦にならってみることにした」


「もったいなきお言葉にございます。……殿下、よろしければ側妃様ともどもお座り下さい。大切なお体に何かあっては大変ですゆえ」


 ディルガームの隣に座っていた武人――眉目秀麗な青年かと思ったら女性だ――が、よく通る声でディルガームに続く。

 椿たち二人が腰を下ろすと、武官夫婦に並ぶように若い武人たちが次々と祝意を述べた。すると、その流れを断ち切るしゃがれ声が上がる。



「お、お待ち下さい! ……殿下。その女人は、もしや例の星の――。見たところ、もう臨月間近といったところ。それでしたら、あの時節とは月数が合いませぬ……!」


 声を上げたのは腰の曲がった老人だった。

 ……来た、と椿は思った。表情を変えずにイクバールの出方を窺う。


(ほら突っ込まれたー! どう説明するつもりよ……)


「……ふむ。長老リワーよ。そなたが妊娠期間と腹の大きさの相関を知っていたとは驚きだな。こういうことは奥方に投げっぱなしで、勝手に産まれるものと考えていたかと思っていたぞ」


「冗談は結構。その女人がこのジクラに現れてから、まだ4か月程度しか経っておりませぬ! その差異をどう説明いたしますか!?」


 イクバールの皮肉にもめげず、リワーと呼ばれた老人が食い下がる。イクバールは重々しくうなずくと真顔で続けた。


「そなたの言う通り、ツバキがこの州都に現れたのは5か月近く前のことだ。だが、俺はそのさらに前にも実はツバキに会っている」


(……えっ)


 イクバールの言葉に椿はぎょっと視線だけ動かした。表情は変えずに内心ハラハラと彼が何を言うのか待つ。


「8か月ほど前に俺は隣街へ視察に行っただろう? その時そこで、東国より逃れてきたツバキに出会った。……ツバキは故郷で夫からひどい暴力をふるわれ、命からがら逃れてきた薬師だ。俺たちはその偶然の出会いに星の導きを感じ取り、契りを交わした。そのときは互いに後ろ髪引かれる思いで別れたが、この街で再会し、まさに運命だと思った」


「……っ」


 イクバールの芝居じみた台詞に椿は吹き出しそうになった。

 ……契り? 運命? そんなことした覚えも言われた覚えもない。


(ちょっと、人を勝手にDV被害者にしないでよ……! よくもまあ、そうスラスラとでまかせを言えるものだわ)


「ツバキはその不運な半生から『禍つ者』などと星読みの館で名指しされてしまったが、この者がこの街に現れてからの4か月で何か状況が変わったか? ……変わらないだろう」


 イクバールが両手を上げて招待客に訴えかける。その横で椿はしおらしい表情を作りながら、背中でダラダラ汗をかいていた。

 リワー老は状況が不利になりつつあることを悟りながらも、なおも食い下がる。


「し、しかし、それでは腹の子は前の夫の子――」


「かもしれないし、俺の子かもしれない。それは産まれてみんと分からん。……が、だからと言って、運命を感じた女を、しかもこれまで苦しんできた女人をそなたなら見捨てられるのか? まさか、愛人にしてひとまずはその場を濁そうなどと、この栄えあるクファール帝国のかつての寵臣とは思えぬ卑怯なことは言わぬよな」


「くっ……。それは、もちろんですが……」


「なに、心配せずとも、この子供に俺との血の繋がりがなければ、たとえ男児だったとしても後継に定めることはしない。それを今この場で誓おう。……ただし、俺の子としては育てる。それがこの街の長で、国の皇子である俺の責務だからだ」



 椿を引き寄せ、力強くイクバールが宣言する。街の、そして国の統治者にふさわしいその堂々たる様子に若い者たちを中心に拍手が湧き上がった。

 二人の間だけではなく、公にも腹の子をイクバールが我が子として育てると宣言され椿の胸も熱くなる。リワー老が続く言葉を失ってうなだれると、同じ年頃の別の老人が立ち上がる。


「し、しかし……! 星読みの館からはじめに『禍つ者』と呼ばれたのは事実! これを帝都におられる陛下にどう説明するおつもりか!?」


「星読みの館――大神官ザラムからは静観で良いと達しを受けている。現に、あちらからは何も言ってきてないだろう。そして実際に何一つとして凶事など起こっていない。それはつまり、『禍つ者』の話自体が迷信だったということだ」


「……っ」


 大神官ザラムと一悶着あって互いに関与せず、と決めたことが今になって生きてきた。……というか、一方的にその状況を利用した。

 イクバールのはったりを椿が驚きの目で見つめると、彼は「それに」と続ける。


「あっ……」


 顎を引き寄せられ、ほとんどイクバールに抱き込まれるような体勢になった。顔を上げさせられるといくつもの視線が椿に突き刺さり、さすがにカッと頬が染まる。

 人前での慣れない接触にたまらず目を伏せた椿に、イクバールが小さく笑う。


「見ろ、この反応を。これが『禍つ者』に見えるか? たしかに生娘ではなかったが、毒婦とは正反対の初心(うぶ)な花嫁だ」


(やめてー! アラサー妊婦にウブとか言わないで! ちょっと、人前で迫らないでっての……!)


 ぐいぐいと迫ってくるイクバールに皆の視線の手前、やんわりと抗うと、恥じらっていると勘違いされたのか場の雰囲気が一気に華やいだものになる。

 純白の衣装をまとった控えめな出で立ちの新妻の姿に、反対勢力が急速に勢いを失っていくのが椿にも分かった。



「――コホン。我が君は、星の導きで出会いし側妃様のおかげで気力がみなぎっているご様子。仲睦まじいご様子は微笑ましいことですが、続きは宴のあとにしていただくことにいたしましょう。……リワー様、ならびに長老会のお方々。我が君の生誕祝いというめでたい席において、これ以上の追求は不敬となりかねませんが、もうよろしいでしょうか?」


 横から出てきたサーリフがにこやかに、しかし最後はひやりとするような迫力で老人たちに笑いかける。

 老人たちがしおしおと自席へ戻ると、「いい加減にしろ」と頬に笑みを貼り付けてイクバールにうなずいた。


 張り詰めた緊張が緩み、大広間はざわざわと明るい雰囲気へ戻っていく。

 イクバールが迫ってくるのも緩んだが体はぴたりと寄り添ったままで、椿は小声で呼びかけた。


「あの……近すぎじゃない?」


「いいだろうが。俺は自分の美しい花嫁を見せつけているだけだ。……見ろ。若い奴らなんて鼻の下を伸ばして、うらやましそうに見ているぞ。これでその気になって結婚してくれれば、街の人口が増えて活気づくんだが」


「街の活性化の旗印になるつもりはないわよ……」


 小さくため息をつくと椿は体を起こした。目の前にはご馳走が置かれているが、いろんな意味でもう腹がパンパンだ。

 にこやかに歓談を再開したイクバールを横目に見ると、ゆっくりと立ち上がる。そんな椿にルムアが素早く寄り添った。


「ツバキ様。お戻りですか?」


「ううん。……それ、貸して」




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