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異世界シンママ(仮) ~バリキャリ妊婦は熱砂の皇子の仮初め寵姫~  作者: 多摩ゆら
第一部

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34.宣戦布告


 突然の襲撃から一週間が過ぎ、体調も回復した椿は仕事が休みに入りぽっかりと空いてしまった時間を、それなりに有意義に過ごしていた。

 体力が落ちないようヨガをしたり、サーリフの妻ナーラと手紙のやり取りをしたり、ウマルに頼み込んで在宅でもできる調合の仕事をしたり。


 椿を危険に晒したと当初は落ち込んでいたルムアも今は持ち直し、椿の作業を手伝ったり、素振りや体術の訓練などをして体を鍛え直している。

 そんな穏やかな一日の午後に、イクバールが離宮を訪れた。



「あら、イクバール。仕事はいいの?」


「お前な……回復したと思ったらまたそんなに動いていいのか? 養生させろと俺はウマルに言われてるんだが」


「ちょこちょこ休んでるから大丈夫よ。暇を持て余すのは苦手なのよね」


 イクバールを出迎えた椿は、彼にもらった作業用の地味な服を着て調合作業の真っ最中だった。髪をまとめたその姿は、とても皇子に婚姻を申し込まれた妃には見えない。


「少しは妃らしい格好をして俺の目を楽しませろ。……と言いたいところだが、どうも俺の目も馬鹿になってしまったようだ。そのようななりでも、我が花嫁が愛らしく見えるとは」


「……昼からなに言ってるの」


 あの夜から何かのタガが外れたようにこんな調子で睦言をポンポン言われるため、椿も半ば慣れてしまっていた。作業を手伝っていたルムアの方がよほど頬を染めて嬉しそうな顔をしている。

 涼やかな視線をイクバールに向けると、彼は「ではまた改めて夜に言おう」と肩をすくめた。……懲りない男だ。


「話がある。部屋に来い」




「お待たせ。そのままでいいって言ったのに、パリサが着替えろって譲らなくて」


「女主人を美しく飾るのも侍女の務めだ。お前は規格外すぎる」


 着替えてから自室に戻ると、呆れたように言ったイクバールが手招きする。大きなお腹を抱えて彼の前に腰を下ろすと、イクバールはそっと椿の腹部に手を当てた。


「変わりはないか?」


「ええ。用足しが近くなったぐらい」


「いくら薬師とはいえ、あけすけすぎるぞ……。いや、大変だとは思うが」


 腹の丸みを愛おしむように撫でるとイクバールが手を離す。彼は一つ息を吐くと椿に向き合った。


「来月――と言ってももう半月先だが。俺の星巡りの宴が太守府で開かれる」


「星巡り?」


 聞き慣れない言葉に椿が首を傾げると、イクバールがその意味を説明してくれる。


「一年で星が巡って戻ってくるだろう? それゆえ、誕生日が来ることを星が巡ると言うんだ」


「へえ……なんだか可愛い言葉ね。おめでとう。お誕生日を祝う風習はあるのね」


 そういえば、自分も含めて誕生日のことなんて考えてもいなかった。昔の日本と同じく、年が変わったら皆いっせいに歳を取る方式かと勝手に思っていた。

 さらりと告げた椿にイクバールはうなずく。


「面倒なばかりで、あまり嬉しい宴ではないがな。……それで、その宴に――お前も出席してもらう」


「……えっ」


「体調もあるだろうから、短時間の顔見せ程度で良い。その宴の場で、お前が俺の妃だと紹介する」


「…………」


 唐突な提案――いや、命令に椿は目を見開いた。その意味を頭の中で噛み砕くと、探るように告げる。


「……あとに引けなくなるけど、いいの?」


「今さら引くつもりは毛頭ない。どうせうるさく言われるのなら、こちらから先制してやる。後手になって悔やむのはごめんだ」


 だが、とイクバールは顔を上げる。


「お前こそ、あとには引けなくなるがいいのか? ……今ならまだ、離宮から出して市井に紛れさせてやることもできる。この宴に出たら、これからお前が歩むのは俺と同じ皇位への道だ。その道中には、予期せぬ事態も先日のような血生臭い修羅場もあるかもしれない」


「…………」


 イクバールの静かな指摘に椿は沈黙した。5秒考えて、やがてふっと歪んだ笑みを浮かべる。


「逃げていいの? ……この間の『誓約』って、その程度のものだったの? だったら私の唇も返してもらおうかしら」


「……っ。いや――」


「……正直ね、逃げたい気持ちが半分。でももうあと半分は、あなたとこのまま進んでこの世界をもっと知って、あなたの言う『いい景色』を見たい、この子に見せたい気持ちがある。……私がそれだけ揺れ動いているのに、伴侶になることを誓ってくれたあなたが揺れてどうするの。半ば強引に私を愛妾にしたのに、ここまで来て退路を示さないでちょうだい」



 強い眼差しで放たれた椿からの叱咤に、イクバールが目を見開く。

 やがてその目が元の鋭さを取り戻すと、彼もまた唇を歪め、椿の顎をぐっと引き寄せた。


「応じよう。それでこそ俺の花嫁だ。……俺と共に来い、ツバキ。浮かれた爺どもに宣戦布告してやる」


 狙いを定めた鷹のような口付けは、あの日あの城壁で見た断崖の景色を彷彿とさせた。




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