33.反転攻勢
「ツバキを妃にする」
翌日。執務室で側近二人を集めて宣言したイクバールに、サーリフは飲んでいたチャイを噴き出し、ディルガームは丸い目をさらに丸く見開いた。
「――失礼いたしました。ええと……先日の話から、何がどうなってそのようなことに――」
「はっはっは! イクバール、お前はやはり面白いな! よし分かった、賛同してやる。次はお前自身の子作りに励めよ」
「よくありません。この脳筋――ディルガーム将軍は黙っていてください。……詳しくお聞かせ願えますか」
口元を手巾で拭いたサーリフが剣呑な目で問いかける。
なお、ディルガームはイクバールの一つ上のためこの中ではサーリフが最も年長なのだが、ディルガームの方が生家の格が高いため彼は二人に対して敬語で接していた。態度はまったくへりくだっていなかったが。
これまで誰にも感じたことのない情を椿に抱いていること、椿自身が異界からの来訪者で、この世界のどの有力者ともしがらみがないこと、そして椿が持つ知識と民衆好みの美貌、冷静で頭が良く分をわきまえた性格――それを正妃の素質として挙げると、サーリフは難しい顔で黙り込む。
「あなたの気持ちは分かりました。……が、側妃ならともかく、正妃としては弱い。他の功績がなければ皇帝陛下や帝都の大臣がたを納得させることは難しいでしょう」
「ほう。側妃としてなら反対はせんのか。てっきりネチネチと嫌味が飛んでくるかと思ったぞ」
イクバールが笑うと、サーリフは深いため息で答える。
「驚きはしましたが、なんとなくそんな予感はしておりましたので。……私の面倒事が増えるので当たってほしくはありませんでしたが。健気に私の帰りを待つ身重の妻がいるのに、余計な仕事を増やさないで下さい」
「妊娠中は役に立たぬ夫など留守な方が、心置きなくダラダラできて楽だと妻が言ってたぞ」
「あなたのところの屈強な奥方と、うちの繊細なナーラを一緒にしないでいただきたい」
のんびりと横やりを入れたディルガームに剣呑な眼差しを向けると、サーリフはイクバールに向き合う。
「まあ、側妃とするのは百歩譲って許すとしましょう」
「お前が許すのか。とんだ臣下だな」
「もっともらしい理由を長老会のご老人たちのためにでっち上げるのは私でしょうから。……しかし、一つだけお守りいただきたいことがあります。もしもツバキの産んだ子が男児だったとしても――皇位継承権は与えてはなりません。血の繋がりを無視すれば国の根幹が揺らぎ、あなた自身のお立場も危うくなります。これだけはお誓いください」
「……ああ。それは俺も分かっている」
椿やまだ見ぬ子を愛しいと思う気持ちと、国の安寧と発展を目指す気持ちを混同してはならない。厳然たる一線は守るべきで、女に溺れた傾国の王になる気はない。
迷いなくうなずくと、サーリフは少し安堵したように続ける。
「性別により対処法も変わりますので、ひとまずは無事に出産が終わるまで様子見でいいでしょう。……ディルガーム将軍も報告することがあったのでは?」
「ああ。ツバキどのを襲った下手人を郊外で捕らえた。何が目的だったのか尋問してみたが……やはり、『子を宿した皇子の寵姫』を狙って雇われたようだ」
気のいい幼馴染から厳しい武人の顔に戻ったディルガームが告げると、残り二人の顔も一気に険しくなった。イクバールが冷たい目で口を開く。
「首謀者は? 帝都か。それとも長老会の手の者か」
「まだ分からん。帝都の部下にも探らせている」
「誰だか知らんが、俺が自分で選んだ女を伴侶とするのがよほど気に入らない奴がいるらしい。……馬鹿者め。従順で顔ばかり美しい傀儡の女を送り込んだとて、俺が食うわけなかろうに。俺は悪食だぞ」
「よりによって『禍つ者』扱いの女を選ぶぐらいですしね」
しれっとサーリフにまで言い放たれ、イクバールとディルガームが人の悪い笑みを浮かべる。サーリフはふんと鼻を鳴らすと机の上の暦を見た。
「将軍も、進展がありましたらまた報告を。……それはそうと、イクバール様。来月に星巡りの宴が迫っております。招待客は、昨年と同様に?」
「うん? ……ああ、もうそんな時期か。面倒くさいな」
サーリフに指摘され、イクバールは眉をしかめた。
――星巡りの宴。それは来月で27歳になるイクバールの誕生祝いの宴のことだった。
第一皇子に繋ぎをつけるため、国内外の貴族たちがこぞって出席したがる太守府最大の宴だ。例年、縁談ばかりのその宴席はイクバールにとって煩わしいものでしかなかったが、開催しないわけにもいかない。
「長老会や帝都の重鎮たちからの、愛妾に対する追求は免れないものと心得てください。さて、どのようにはぐらかしたものか――」
ため息を吐く切れ者の懐刀に、イクバールは視線を上げて告げた。
「……いや。首謀者が分からないなら、逆に思い知らせてやればいい。お前らに入り込む余地はないと。……こちらから打って出るぞ。変に隠すのはもうやめだ」




