24.おねだり
「――あ。イクバール様」
「うん? ……おお、ルムア。ツバキも一緒だったか」
茶店を出てスークの出口に向かっていると、ルムアがはっと顔を上げた。見ると、通りの向こうからイクバールがぷらぷらと歩いてくる。体格の良い男性と一緒だ。
手を上げて近付いてきたイクバールが椿たちを認めると、ルムアは丁重に礼をする。
「街中だ。必要ない」
「――は。これは……ディルガーム将軍もご一緒でしたか。ご無沙汰しております」
「ルムアか。久しいな。はっは、俺が捕らえたときはこーんなチビスケだったのにな」
「それほど小さくはありません」
イクバールの隣に並んだ男性は、背こそ彼より少し低いが隆々たる体躯をしていた。立派な顎ひげをたくわえ、組んだ二の腕は布地がはち切れそうなほどに太い。
ひげの上の愛嬌のある黒い目がキョロッと動き、ルムアと、そしてその後ろにいる椿を捉える。
「イクバール。この女人は――」
「ああ。前に話した俺の寵姫だ。少々ワケありのな」
「ああ、彼女が――。お初にお目にかかる、寵姫どの。俺はイクバール殿下の一の槍、ディルガームと申す者。以後お見知りおきを」
傷だらけの拳を胸に当て、ディルガームと名乗った武人が丁重に椿に礼をする。椿も慌てて礼を取ると名乗った。
「はじめまして、椿と申します。ご丁寧にありがとうございます」
「はは。なんとお美しい! おいイクバール、このスケベよ。なんでもっと早くに紹介せん」
「お前の家には恐ろしい女戦士がいるだろうが。それに子育てで忙しいと言って最近付き合いが悪いのは誰だ」
「はは、俺だ! 4人もいると騒がしくてな。さっさと帰らんと妻に本気で張っ倒される」
サーリフ相手ともまた違い、イクバールの態度は非常に気安い。こそっとルムアが椿に耳打ちする。
「ディルガーム将軍はイクバール様の幼馴染で、州軍を統括されています。もうお一方の側近で、まあ……見た目通りのお方です」
「聞こえているぞ、ルムアよ。すまんイクバール、ルムアがいるなら護衛は不要だな。俺はここで失礼する。今日はヤギの乳を買って帰らねばならんのでな」
「ああ。奥方によろしくな」
太い腕を上げて、ディルガームがのしのしと去っていく。森のクマさんみたいだな……と見送ると、椿はイクバールに向き合った。
「どうしたの? 仕事?」
「いや、見回りを兼ねてディルガームの買い物に付き合っていただけだ。お前たちも買い物か? そうして並んでるとまるで姉妹のようだな」
「えっ。そんな滅相もない――!」
「あら嬉しい。ねえ、見て。ルムアの髪紐、どう思う?」
「ん? ああ、似合ってるな。どうした、珍しい」
「あ……これはツバキ様が――」
イクバールにも褒められて照れたようにルムアが説明する。椿がルムアに贈ったと分かると、イクバールはわずかに難色を浮かべた。
「お前な……俺からの贈り物は受け取ろうとしないくせに、人には渡すとはどういうことだ。俺の立つ瀬がないだろうが」
「え。だって宝石とかもらう義理もないし……。あなたが贈ろうとするものはいつも高価すぎるのよ」
つれない椿にイクバールがムッとする。少し離れてついてくるルムアに聞こえないよう、耳元で囁かれた。
「贈り物を快く受け取るのも寵姫の務めだぞ。……よし決めた。スークで何か買ってやる。欲しい物はあるか?」
「え……。いや、本当にいらないんだけど……」
断ってはみるが、言う通りにしないとしつこく食い下がってきそうだ。椿は考えた末に思いついたものを口にする。
「あ……、だったら服がいいわ」
「服か。いいだろう。生地屋に行くか? ……そうだな、刺繍で飾らせて――俺としてはもう少し露出があった方がいいんだが、派手にするとサーリフがまたうるさいから上質に……。今度は薄い色が良いな」
「ううん、そういうのじゃなくて。仕事で使う作業用の服が欲しい。汚れてもいい感じの――。縫製済みか中古でないかしら?」
「…………」
椿がキョロキョロと周囲の店を見回すと、イクバールは苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「お前……この俺に、野良着を買わせる気か?」
「なによ、あなたがくれるって言ったんじゃない。文句があるなら自分で買うからいいわよ」
不服そうなイクバールにツンと答えると、彼はしばらく黙った後にゆっくりと歩き始めた。椿の手を引き、ため息を吐く。
「向こうに軍御用達の店がある。そこなら丈夫な服があるはずだ。……まったく、つれない女だ。皇子に野良着を買わせるのなんてお前が初めてだぞ!」




