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【第4話】

「体育」という教科が、合法的に他者へのマウントを取るための極めて野蛮な儀式であることは、前世からの疑いようもない事実である。

 しかし、ここ第一魔術科高校における体育——もとい『基礎実技』は、それに加えて「合法的な破壊活動」という、テロリスト養成機関のような要素まで孕んでいた。

「次、八代ルイ。前へ」

「はい」

 第三演習場。周囲を半透明の『結界術式』で囲まれたドーム状の空間で、目元の隈が深い社畜教師が気怠げに名前を呼んだ。

 僕の隣——正確には、出席番号順で僕の前に位置するあの態度の悪い亜麻色髪の少女が、すんとすました顔で射撃ラインに立つ。

 二十メートル先には、魔力に反応して砕ける特殊なセラミック製の標的ターゲットが浮遊していた。

 八代ルイはマナフォンを取り出すこともなく、ただ右手の人差し指を標的に向けた。

 そして、ひどく滑らかな、まるで歌うような早口で何かを呟く。

「——【第一種・熱力学励起サーモ・エキサイト】」

 ズガンッ!!!

 という、鼓膜を破るような爆音と共に、彼女の指先から圧縮された真紅の火球が射出された。それは文字通り弾丸のような速度で空気を焼き切り、標的を粉微塵に吹き飛ばした。どころか、背後の結界にまで着弾してバチバチと火花を散らしている。

 ……なんだあれ。ロケットランチャーか?

 周囲の生徒たちから「おおっ」というどよめきと、「さすが首席入学……」というヒソヒソ話が漏れ聞こえる。どうやらあの高圧的な態度は、実力に裏打ちされたものだったらしい。

「結界の耐久値を削るなと言っているだろう。……まあいい、評価はAだ。次、夜行トオミ」

「…………はい」

 死刑宣告である。

 僕は鉛のように重い足取りで、射撃ラインへと向かった。

 どうする。どうすればいい。僕の魔力ステータスは「C(平均値)」だが、それはあくまで身体に宿っているガソリンの量であって、エンジンの掛け方もハンドルの握り方も知らないのだ。

 周囲の視線が痛い。特に、先ほど最高評価を叩き出して定位置に戻った八代ルイの「さあ、お手並み拝見ね」と言わんばかりのジト目が、僕の胃壁を物理的に削り取っていく。

 僕は震える手で、ポケットからマナフォンを取り出した。

「……ちょっと、夜行」

 たまらずといった様子で、八代ルイが声をかけてきた。

「実技試験中に端末を取り出してどうする気? カンニングでもするつもり?」

「カンニングとは心外だな。これは『外部演算装置による術式の最適化』という、極めて現代的かつ合理的なアプローチだ。君たちのように、己の脳細胞と勘だけで魔力を振り回す原始的な手法には、いささか美学を感じなくてね」

 嘘である。これしか縋るものがないだけだ。

 僕は八代ルイが設定してくれた『手動マニュアル操作モード』の画面を開いた。

 そこには、ご丁寧に「基礎攻撃魔術・体験版」という、いかにもなアプリアイコンが存在していた。おそらく、魔力コントロールが苦手な生徒向けの補助ツールだろう。僕は迷わずそれをタップした。

対象ターゲットをロックオンしました。魔力マナの出力を設定してください』

 画面にスライダーが表示される。僕は迷わずそれを「10%(最小値)」に設定した。下手に最大出力にして暴発でもしたら、僕の肉体が四散しかねない。

『出力:10%。術式を確定します。音声パス・コードを入力してください』

 ……音声入力?

 画面には、薄っすらと推奨される詠唱文パス・コードが表示されていた。

「…………」

「何やってるのよ。早く撃ちなさいよ」

「急かすな。今、僕の中の小宇宙コスモと対話しているところだ」

 僕は深く息を吸い込み、マナフォンのマイク部分に向かって、感情を一切込めずに、Siriに明日の天気を尋ねるような平坦な声で読み上げた。

「——いでよ炎。我が敵を穿つ、紅蓮の牙となれ。エンター(実行)」

 静寂。

 演習場にいる全員が、僕のあまりにも棒読みすぎる詠唱(しかも最後にエンターと口で言った)を聞いて、呆気に取られていた。

 直後、僕のマナフォンの先端から、ぽすん、と気の抜けた音が鳴った。

 現れたのは、野球ボールほどの大きさの、ちろちろと燃える頼りない火の玉だった。

 それは時速3キロメートル——つまり、早歩きのお年寄り程度のスピードで、ふらふらと空中を漂い始めた。

「……は?」

「……え?」

 周囲がざわつく中、僕の放った「紅蓮の牙(笑)」は、あまりにもゆっくりとした速度で二十メートル先の標的へと向かっていく。

 長い。到達するまでが長すぎる。カップ麺にお湯を入れて待つ時間の方がまだ有意義に思えるほどの、圧倒的な遅延行為。

 そして約二十秒後。

 火の玉は、標的に「こつん」とぶつかった。

 その瞬間、魔力に過敏に反応する仕様のセラミック標的は、その微弱な魔力(10%)を正確に検知し、パリンッ、と音を立てて見事に砕け散った。

「…………」

「…………」

 演習場は、お通夜のような静寂に包まれた。

「……標的破壊、確認。評価は、その……Cだ」

 教師が、頭痛を堪えるようにこめかみを揉みながら宣言した。

 僕は振り返り、ポカンと口を開けている八代ルイに向かって、ドヤ顔で言い放った。

「見たかい、八代さん。無駄な魔力エネルギーを一切使わず、標的を破壊する必要最低限の出力のみを計算し尽くした、SDGsに配慮したエコ・ロジカルな一撃を。これからの魔術師に求められるのは、君のような火力特化の環境破壊ではなく、こういった持続可能な魔術行使だと僕は思うんだ」

「……あんた、それ、ただ端末の最低出力設定で撃っただけじゃない……」

「結果が全てさ。少なくとも、結界の修繕費を請求されることはないからね」

 僕は逃げるようにして自分の立ち位置へと戻った。

 背中には大量の冷や汗。しかし、心の中ではガッツポーズだ。

 なんとか誤魔化した! 平均点(C)獲得!

 チート能力などなくとも、現代のテクノロジー(補助アプリ)と詭弁さえあれば、この異世界でもギリギリ生き延びられるかもしれない。

 僕のあまりにも志の低いサバイバルは、かくして(周囲にドン引きされながら)最初の壁を乗り越えたのであった。

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