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【第2話】

異世界転生というジャンルにおいて、最も読者のカタルシスを刺激する瞬間とは何か。

 それは間違いなく「主人公のチート能力発覚」イベントである。魔力測定用の水晶に手を触れたらパキィンとひび割れたり、ギルドの受付嬢がステータスプレートを見て「あわわわ」と情けない声を上げたりする、アレだ。

 結論から言おう。

 そんなものは、ない。圧倒的に、絶望的に、そして致命的に、ない。

 第一魔術科高校、入学式会場たる大講堂。

 厳かな空気が漂う中、新入生代表のやけに姿勢の良い少年が「我々新入生一同は、魔術の真理を探求し——」などと長ったらしい宣誓を読み上げている間、僕は自分の座席で、冷や汗で制服のインナー(物理衝撃緩和術式入り)をぐっしょりと濡らしていた。

 焦っている。

 僕は今、人生で一番焦っている。前世で単位のかかった必修科目のテスト当日に寝坊した時よりも、遥かに深刻なレベルで焦燥感に苛まれていた。

 理由は単純明快。「何もわからない」からだ。

 僕は先ほど、トイレの個室で、スマートフォン型魔力端末(通称:マナフォン)をいじり倒していた。

 目的は一つ。己の「無双能力」の確認である。

 正直に白状すれば、僕だって期待していたのだ。トラックに轢かれて異世界に放り込まれた以上、神様的なサムシングから「全属性魔法適性」だの「無限の魔力」だの、そういう気の利いたお詫びの品が贈られているはずだと。でなければ、わざわざ物語の主人公(仮)としてこの世界に呼ばれた意味がない。

 しかし、マナフォンの「学生ポータルアプリ」からアクセスした僕(夜行トオミ)の個人成績表は、信じられないほど現実的で、残酷な数字を叩き出していた。

『魔力保有量:C(学年平均値)』

『魔力出力値:C(学年平均値)』

『属性適性:無(無色・基礎物理干渉のみ)』

『筆記試験:B(中の上)』

『実技試験:C(可もなく不可もなく)』

 ……なんだこれ。

 平均的すぎる。グラフにしたら綺麗な正五角形を描きそうな、面白みの欠片もないステータスだ。水晶を割るどころか、水晶の表面を優しく撫でて終わるレベルの凡庸さである。隠された能力? 裏ステータス? そんなオカルト、このガチガチにシステム化された現代魔術社会の端末が見逃すはずがない。

 僕は完全に、ただの「一般人」の体に憑依してしまったのだ。

 しかも状況は最悪に近い。夜行トオミという人間は、筆記試験で『B』を取る程度の魔術的基礎知識を有していたはずだが、中身がすり替わった現在の僕の脳内にあるのは「魔力? なにそれ、MP的なやつ?」という、小学生並みのファンタジー知識のみである。

 通学電車の中で必死に「魔術 基礎」「エーテル力学 初心者」などで検索をかけてみたが、出てきたのは『第一級エーテル方程式におけるZ軸の偏角計算について』だの『量子魔術論的パラダイムシフトと詠唱の省略化』だの、前世の量子力学とプログラミング言語を悪魔合体させたような、理解を全力で拒絶する専門用語の羅列だった。

 無理だ。絶対に無理だ。

 こんなの、掛け算の九九を知らない幼稚園児がいきなり大学の微分積分のゼミに放り込まれたようなものじゃないか。

「……終わった」

 大講堂の喧騒の中、僕の口からポロリと本音がこぼれ落ちた。

 今すぐ「すみません、中身別人なんで退学します」と名乗り出たい。しかし、そんなことを言えば精神異常者として病院送りにされるか、最悪の場合「未知の怪異パラサイト」として魔術的な人体実験の検体にされる可能性すらある。

「……ちょっと。さっきから貧乏ゆすり、うるさいんだけど」

 不意に、隣の席から冷ややかな声が飛んできた。

 ビクンと肩を揺らして横を向くと、そこには通学路でバグ持ちの学生証を飛ばしていた、あの小柄で態度の悪い亜麻色髪の少女が座っていた。

 なぜ隣なんだ。出席番号順か。五十音順の悪魔め。

「……悪い。少し、持病の『入学式恐怖症』が発症したみたいでね」

「何その聞いたこともない病名。ただのチキンじゃないの。というか、あなた……」

 少女はジト目で僕の胸元を指差した。

「さっきから、制服の『環境適応サーモ・コントロール術式』、起動してないわよ。手動設定になってるじゃない。なんでそんな初歩的な魔力リンクもしてないの? 汗だくで気持ち悪いんだけど」

「——ッ!」

 心臓が跳ね上がった。

 魔力リンク? 手動設定? どうやってやるんだそれは。アプリからか? それとも頭の中で念じるのか?

 やばい。バレる。このままでは、僕が魔術の「ま」の字も知らない、ただの異世界からの不法投棄物であることが、このやたらと勘の良いポンコツプログラマーに見抜かれてしまう。

「あー……これは、その」

 僕は必死に脳細胞をフル回転させ、詭弁の材料を探した。

「わざとだ。あえて環境適応を切ることで、肉体的なストレスを魔力変換回路にフィードバックさせ、基礎魔力底上げを図る……という、ストイックな自己鍛錬の一環でね」

「は? 何その前時代的なスポ根魔術理論。第一、あなたの魔力波長、さっきから完全にフラットで、微塵も魔力変換回路回ってないように見えるけど」

 死にたい。

 穴があったら入りたいし、なんならその穴を魔術で塞いでほしい。

 僕は必死に無表情の仮面を顔面に貼り付けたまま、内心で絶叫した。

 誰か助けてくれ。チートはいらない。せめて、せめて「魔術の教科書(中学生レベル)」を僕にください……!

 新入生代表の誇らしげな宣誓が大講堂に響き渡る中、僕の異世界学園生活は、圧倒的な情報不足と自己保身という崖っぷちで、危うすぎる綱渡りを始めたのだった。

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