表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/31

【第25話】

「防御」という概念において、人類が犯しがちな最も致命的な勘違いをご存知だろうか。

 それは「硬い鎧を着こめば安全である」という、中世の騎士道から一歩も抜け出せていない前時代的なマチズムの押し付けである。分厚い城壁も、鋼の盾も、結局のところ「攻撃されること」を前提とした遅延行為に過ぎない。

 自然界を見渡せば一目瞭然だ。真に優れた生存戦略とは、カブトムシの硬い甲殻ではなく、ナナフシの「風景に溶け込む擬態」なのだ。攻撃の意思すら抱かせないこと。完全なる存在の隠蔽。それこそが、究極の防御システムである。

「――実技試験二日目。『自律魔砲塔オート・タレットによる飽和攻撃からの生存』を開始する。制限時間は三分間。防御術式、あるいは回避運動により、被弾を規定回数以下に抑えること」

 木曜日の午前十時。第四演習場。

 社畜担任の死んだような声がドーム内に響く。

 演習場の壁面には、おぞましい数の自律型砲塔がズラリと並び、中央に立つ生徒に向かって低出力の魔力弾(ペイント弾のようなものだが、当たれば物理的にかなり痛い)を雨あられと降らせるという、もはや処刑場と呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。

「次、八代ルイ」

 名前を呼ばれた氷の女王が、優雅な足取りで中央へ向かう。

 開始のブザーが鳴った瞬間、全方位から数百の魔力弾が彼女に向かって殺到した。常人なら『広域防護結界シールド』を展開して耐え凌ぐところだが、彼女の辞書に「耐える」という文字はない。

「防御なんて、魔力の浪費よ。【第三種・全方位反射オムニ・リフレクト】」

 彼女の周囲に展開された鏡面のような結界が、飛来した魔力弾の軌道を寸分違わず逆算し、すべて砲塔の銃口へと送り返した。

 ドドドドドッ!! という派手な破壊音と共に、壁面に設置されていた自律魔砲塔の八割が自らの弾でスクラップと化す。

 所要時間、わずか十秒。

「……やりすぎだ。備品を壊すなと何度言えばわかるんだ。……評価はAだ。次、夜行トオミ」

 教師の胃痛に満ちた声と、クラスメイトからの「やっぱりバケモノだ……」という畏怖の視線を一身に浴びながら、僕は深い絶望と共に指定の位置へと歩を進めた。

 あの八代ルイの異常なショーの直後という、これ以上ない最悪の順番プレッシャー

 しかも、僕の魔力出力(オールC)で広域防護結界を展開したところで、十秒も持たずにガラスのように砕け散り、残りの二分五十秒間、全身をペイント弾でメッタ撃ちにされる未来しか見えない。

「……開始」

 無慈悲なブザーが鳴る。

 残存している数十基の魔砲塔が、一斉に僕をロックオンする赤いレーザーを照射してきた。

 僕は動かなかった。マナフォンを取り出すことすらせず、両手をだらりと下げ、ただ目を閉じた。

「おい、あいつ何やってるんだ!?」

「結界を張らないと蜂の巣になるぞ!」

 外野の騒声が遠のく中、僕は天音先輩の座学で叩き込まれた「魔力探知システムの本質」を脳内で反芻していた。

 自律魔砲塔のエイム(照準)は、視覚データではなく『対象から漏れ出す生体魔力の波長』を感知して行われる。魔力を持つ人間は、生きているだけで微弱なエーテルを呼吸のように排出しているからだ。

 ならば。

 その呼吸を、魔力的な意味で「完全に停止」すればどうなるか。

「――【手動マニュアル:魔力循環の完全遮断シャットダウン】」

 僕は自身の体内を巡るわずかな魔力を、丹田の奥底へと強引に押し込め、一切の漏出を止めた。

 これは、豊富な魔力を持つ優秀な魔術師には絶対に不可能な芸当である。有り余るエネルギーは隠しきれない。だが、僕のタンクは元々「空に近い」のだ。空っぽのコップに蓋をする程度のことは、息を止めるのと同じくらい簡単なことだった。

 ピピッ……ピピピッ……?

 僕を捉えていた無数の赤いレーザーが、突然、迷子になったようにブレ始めた。

 砲塔のセンサーから見れば、今この瞬間、演習場の中央にいたはずの「人間(魔力源)」が完全に消失し、ただの「少し背の高い岩」がポツンと置かれているようにしか見えていないはずだ。

 パスッ、パススッ。

 照準を見失った魔砲塔が、明後日の方向へと適当な弾を吐き出し始める。

 僕の頬の数センチ横を弾が掠めていくが、僕はピクリとも動かなかった。ここで恐怖に駆られて動けば、筋肉の収縮によって微細なエーテルが漏れ、再びロックオンされてしまう。

 僕は石だ。知性と悲壮感を兼ね備えた、二足歩行の石像ガーゴイルである。不動明王もかくやという完璧な静止状態を、僕はただひたすらに三分間維持し続けた。

「……しゅ、終了」

 終了のブザーが鳴り、僕は大きく息を吐き出して、魔力の循環を再開させた。

 ドーム内は、初日以上の不気味な沈黙に包まれていた。

「……おい。弾が、一発も当たってないぞ」

「回避運動もせず、結界も張らずに……魔砲塔のタゲを外したのか? どんな高度なステルス術式だよ……」

「やばい。あいつ、マジで本職の暗殺者アサシンなんじゃないのか……?」

 違う。ただ息を止めていた(魔力的な意味で)だけだ。

 しかし、誤解は雪だるま式に膨れ上がり、僕という存在の「スリーパーセル疑惑」にさらなる強固な裏付けを与えてしまったらしい。

「……評価は、Cだ。無傷だが、防護魔術の行使が一切見られなかったからな」

 教師が疲れた声で宣言し、僕は「御意」とだけ答えて退場した。

「本当に、見せかけのハッタリだけで世の中を渡っていく才能にかけては、あなたの右に出る者はいないわね」

 定位置に戻ると、八代ルイが呆れ半分、感心半分の奇妙な表情で僕を迎えた。

「ハッタリも極めれば生存戦略アートと呼ばれるのさ。僕の存在感プレゼンスのデフレ現象を利用した、極めて論理的かつ省エネな自己防衛だ」

「存在感を消すのが上手いのは認めるけれど。……あまり調子に乗っていると、最終日(明日)の『対人戦』で痛い目を見るわよ?」

「……」

 彼女の不吉極まりない予告に、僕の顔面からサッと血の気が引いた。

 実技試験最終日、対人戦デュエル

 それは、石ころに擬態する程度の小手先の詭弁が一切通用しない、純然たる殺し合いの舞台である。

「……今からでも遅くない。盲腸のフリをして保健室に駆け込むべきだろうか」

「私が物理的に盲腸を破裂させてあげるから、逃げずに立ちなさい」

 悪魔の微笑みを浮かべる八代ルイに見下ろされながら、僕の胃壁はついに物理的な悲鳴を上げ始めた。

 実技試験二日目。生存クリアの代償として、僕は明日への凄絶なるフラグを完璧に打ち立ててしまったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ