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【第24話】

筆記試験が「密室で行われる精神的な拷問」であるならば、実技試験とは「衆人環視の中で行われる物理的な公開処刑」である。

 自分の無能を、教師とクラスメイト全員の網膜に焼き付けられ、そして冷酷な評価基準によって採点される。魔術社会において、魔力の出力値とは即ちスクールカーストの階級ヒエラルキーそのものであり、僕のような「オールC」の人間は、本来であれば処刑台に登る前に自ら首を括るのが正しいマナーなのだろう。

「――これより、一年生・中間実技試験の第一日目、『多重軌道標的迎撃マルチ・ターゲット・インターセプト』を開始する」

 水曜日の午前九時。第三演習場。

 過労死寸前の社畜担任が、マイク越しに気怠げな声で宣言した。

 演習場のドーム内には、スイカほどの大きさのセラミック製標的が三つ、まるで意思を持ったハエのように、不規則かつ高速で飛び回っている。

 これを制限時間内に全て撃ち落とす。それが初日の課題だった。

「次、八代ルイ。前へ」

「はい」

 亜麻色の髪を揺らし、僕の教育係スパルタである氷の女王が射撃ラインに立つ。

 彼女はマナフォンを取り出すことすらしない。視線すら標的に向けていない。ただ、指先を軽く鳴らした。

「【第二種・連鎖雷撃チェイン・ライトニング】」

 パシィィィンッ!!

 瞬きする暇すら与えない、音速の紫電。空中で枝分かれした雷の束が、飛び回る三つの標的を「同時に」捉え、粉微塵に吹き飛ばした。

 所要時間、約〇・五秒。

 ドーム内が「おお……」という感嘆のどよめきに包まれる。

「……標的全損、確認。タイム、満点。出力制御、満点。文句なしのA評価だ。次、夜行トオミ」

 社畜教師の呼び出しに、僕は深い深いため息をついて立ち上がった。

 前が八代ルイで、次が僕。この五十音順というシステムを構築した悪魔に、僕は心からの呪いを捧げたい。圧倒的な芸術作品を見せられた直後に、幼稚園児の泥団子を披露しなければならない僕の精神的苦痛を、誰か少しは考慮してくれないものだろうか。

 射撃ラインに立つ。

 周囲の視線は「あいつ、八代さんの隣にいつもいるスリーパーセル(噂)だろ? どんなヤバい魔術を使うんだ?」という、極めてハードルの上がった、悪意すら感じる期待に満ちていた。

 僕はポケットからマナフォンを取り出し、ご丁寧に『手動マニュアル操作モード』を起動した。

 周囲から「おい、端末使ってるぞ」「補助ツールかよ」という失笑が漏れる。いいさ、笑え。僕のプライドはすでに、天音先輩の位相空間の数式と一緒に燃え尽きている。

「……開始」

 合図と共に、新たな三つの標的が高速でドーム内を飛び回り始めた。

 速い。目で追うことすら困難な速度だ。僕の微弱な「火種ティンダル」を追いすがらせたところで、絶対に追いつけない。

 だが、僕は焦らなかった。

 八代ルイのスパルタ教育は、僕に「基礎出力」を叩き込むと同時に、もう一つの真理を教えてくれた。

 それは『魔術に情緒は不要であり、全ては計算で割り切れる』ということ。

 僕はマナフォンの画面に、あの魔法の数字――【θ=0.5, P-Ref:22.4】をベースに、僕なりに少しだけアレンジを加えた係数を入力した。

「――いでよ炎。実行エンター

 僕のマナフォンの先端からポスッと吐き出されたのは、やはり野球ボールほどの、頼りない小さな火の玉だった。

 しかし、その火の玉は標的を「追いかけ」なかった。

 射撃ラインからわずか三メートルほど先の空中で、ピタリと静止したのだ。まるで、空中に忘れ去られた街灯のように。

「……何やってんだ、あいつ」

「外した? それとも魔力不足で途中で止まったのか?」

 ドーム内がざわめく。

 社畜担任も「なんだあれは。やり直すか?」とため息交じりにマイクを握り直した。

 その直後である。

 パァンッ!!!

 高速で飛び回っていた標的の一つが、あろうことか「自ら」その静止していた火の玉に突っ込み、自爆するように砕け散ったのだ。

「なっ……!?」

「まぐれか!?」

 ざわめきが大きくなる中、火の玉は標的を破壊した余波の魔力エーテルを吸収し、その場に留まり続けていた。

 五秒後。

 パァンッ!!

 二つ目の標的が、全く別の角度から飛来し、再び同じ場所で火の玉に激突して砕け散った。

 さらに十秒後。

 三つ目の標的が、まるで吸い込まれるように火の玉に突撃し、粉砕。

「…………」

 沈黙。

 静止した火の玉一つで、飛び回る全ての標的を「待ち伏せ」て破壊した異常な光景に、演習場は言葉を失っていた。

「……どういうことだ、夜行。説明しろ」

 社畜担任が、眉間を揉みながらマイクで問いかけてきた。

「説明も何も、極めて物理的な『アルゴリズムの看破』ですよ、先生」

 僕は肩をすくめ、堂々と詭弁を振るい始めた。

「あの標的は『不規則に』飛んでいるように見えますが、所詮はプログラムされた魔術機巧ゴーレムの亜種。その軌道には必ず似た結節点――つまり、三つの標的が必ず一定の周期で通過する『交差点クロス・ポイント』が存在します。僕はその交差点の座標を計算し、そこに最低出力の魔力地雷マインを設置しただけです」

 嘘ではない。天音先輩に無理やり解かされた「空間位相」の数式が、ここで奇跡的に役に立ったのだ。

「魔力出力の低い僕が、標的を追いかければ必ずガス欠になります。ならば、動かず、標的の方から当たりに来るのを待てばいい。エネルギー消費を極限まで抑えた、SDGsに配慮したサステナブルな迎撃術式……名付けて『果報は寝て待て(レイジー・スパイダー)作戦』です」

「…………。屁理屈もそこまで極めれば立派なものだ。出力は最低だが……標的全損、確認。タイム、制限時間内。評価は……Cだ」

 僕は「御意」と頷き、射撃ラインを降りた。

 周囲の生徒たちは「計算で置きにいったのかよ……」「頭おかしいだろあのスリーパーセル」と、ますます僕への誤解(陰謀論)を深めているようだったが、知ったことではない。

 赤点は回避した。ミッション・コンプリートだ。

 定位置に戻ると、壁際で腕を組んでいた八代ルイが、鼻でフッと笑った。

「悪くないわね。出力不足を空間把握で補うなんて、私の教えパシリにしては上出来な小賢しさよ。……まあ、私なら一瞬で焼き払うからあんな待ち伏せなんてしないけれど」

「君のような怪獣モンスターの基準で語らないでほしいな。僕は僕の身の丈に合った、最も怠惰な方法で生き残る道を選んだだけだ」

 僕は疲労で震える右手を隠しながら、強がって見せた。

 公開処刑の初日は、こうして僕の「屁理屈」と「二人の天才の教育の賜物」によって、なんとか無事に(そして周囲に不気味な印象を与えつつ)幕を下ろしたのである。

 だが、実技試験はあと二日残っている。

 僕の胃の痛みが消える日は、まだ遠い。

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