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【第22話】

「教育」という営みは、本質的に極めて暴力的な洗脳のプロセスである。

 白紙のキャンバスに絵を描くというような、情緒的で美しいものではない。それは、すでに「平穏なモブ」として完成している(と僕自身は信じ込んでいる)他者の精神構造に対し、ハンマーで容赦なくひびを入れ、自分たちの信奉する「正解」という名のセメントを無理やり流し込む、極めて土建屋的な作業なのだ。

 そして今、僕の脳内キャンバスは、二つの異なるベクトルの暴力によって、完全なる廃墟と化そうとしていた。

「だから! なんでここで『第四種・魔力収束フォーカス』の係数がブレるのよ。基礎的な出力安定もできないで、どうやって制限時間内に組み上げるつもり? あなたの魔力回路はザルの集まりなの?」

 八代ルイの赤いペン(ホログラム)が、僕の回答用紙を容赦なく切り裂く。

 彼女の指導は「実践」と「直感」に重きを置いている。魔力の流れを肌で感じ、物理的な抵抗として処理しろという、天才特有の言語化を放棄したスパルタ方式だ。

「八代さん、そこは彼の魔力波長の乱れを責めるのではなく、根本的な数式の理解が不足しているからです。夜行くん、ここでのエーテル散逸係数を無視しているから、出力がブレるんですよ。ほら、この三次方程式を解き直せば、自ずと正解のパラメータが導き出せますからね?」

 一方、天音マフユ先輩は、女神のような慈愛の笑顔で、致死量の数学的アプローチを押し付けてくる。

 彼女の指導は「理論」と「証明」に重きを置いている。事象の因果関係を数式で完璧に把握できなければ、魔術を行使する資格はないという、ある種の狂気を孕んだ学究肌だ。

「マフユ先輩。実技試験という名の戦場で、悠長に三次方程式を解いている暇なんてないわ。感覚よ、感覚。エーテルの流れを物理的な『重さ』として肌で感じれば、係数なんて自動的に定まるはずじゃない」

「いけません、八代さん。感覚に頼る魔術は必ずどこかで破綻します。術式の構造を論理的かつ数学的に把握してこそ、いかなるイレギュラーにも対応できる真の魔術師です。夜行くんはまず、基礎理論を完璧に……」

「理論だけで標的が砕けるなら、誰も苦労はしないわ。この男に必要なのは、頭で考える前に手が動く『反射神経』よ」

「思考なき魔術はただの暴走です。夜行くんには、確固たる『論理の杖』を持たせるべきです」

 ……天才二人が、僕の頭上を飛び交う高度な教育論(マウントの取り合い)を展開し始めた。

 右の耳からは「直感と効率の絶対主義」が、左の耳からは「理論と証明の完全主義」が、それぞれ僕の鼓膜を物理的に蹂躙していく。

 僕は、虚空を見つめ、「無の境地」に達しつつあった。

 この状況において、僕という存在はもはや「生徒」ではない。二つの強大なイデオロギーがぶつかり合うための、極めて貧弱な「戦場フィールド」に過ぎないのだ。

 二人の議論が白熱し、魔術の歴史観にまで発展し始めたその隙を突き、僕はゆっくりと、極めてゆっくりと、椅子の背もたれから背中を離した。

 気配を消す。呼吸を薄くする。僕は壁のシミ。僕は風景の一部。

 そのまま、カフェ『エーテル・テラス』の出口へと向かって、ステルス機能を発動させたままスライド移動を――。

 ガシッ。

 ガシッ。

 右肩に、氷のように冷たく鋭い指先が。

 左肩に、温かく、しかし万力のように強固な指先が。

 同時に、食い込んだ。

「……どこへ行くの、夜行。まさか、敵前逃亡なんていう、モブにも劣る卑劣な選択肢を検討していたわけじゃないわよね?」

「夜行くん? トイレならまだ我慢できますよね。私が用意した『エーテル代数学』の特別問題集、まだ六十三問残っていますよ?」

 両肩にかかる、天才たちの圧倒的な質量。

 僕はゆっくりと振り返り、完璧な笑顔を顔面に貼り付けた。

「……いや。カフェの空調が少し効きすぎている気がしてね。エーテルの流れを物理的に肌で感じ、かつその室温の低下を熱力学の数式で証明するために、一度外の空気を吸ってこようかと思っただけだよ」

「「座りなさい」」

 見事なユニゾンだった。

 僕は一切の抵抗を諦め、自分の席へと大人しく着席した。

 両脇をメジャーリーガーに挟まれた草野球の少年は、試合終了のサイレンが鳴るまで、素振りをやめることは許されないらしい。

 休日という名の幻影は、甘いアイスコーヒーの氷と共に、完全に溶けて消え去ったのである。

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