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【第21話】

「休日」という概念について、改めて定義を試みてみる。

 広辞苑的な意味では「業務や学業を休み、心身を休養させる日」ということになるのだろうが、僕の個人的な辞書によれば、それは「平日に蓄積された精神的疲労を、誰にも邪魔されずに反芻し、虚無へと昇華するための神聖な時間」となる。

 しかし、現代社会という名の理不尽なシステムは、僕のような平穏を愛する者に、その聖域への立ち入りを断固として許可してはくれないらしい。

「……さて。一つ、極めて初歩的な質問を投げかけてもいいかな、八代さん。あるいは、そこに座っている天音先輩」

 日曜日の午前十時。駅前の魔力併設型カフェ『エーテル・テラス』。

 僕は、目の前に積み上げられた「エーテル物理学」の分厚い問題集と、その両脇を固める二人の天才バケモノを見交互に眺めながら、深いため息をついた。

「どうして君たちが、僕の貴重な休日の、それも午前中という最も睡眠効率の高い時間帯を占拠しているんだい? 僕の記憶が確かならば、今日の予定は『ベッドの中で天井のシミを数え、宇宙の終焉について考察する』という極めて知的なアクティビティだったはずなのだが」

「寝言は寝ている間に言いなさいよ。それとも何、その包帯が巻かれた右手で、私のオリジナル術式のフィードバックもせずに、のんびりと現実逃避を楽しもうとでも思っていたわけ?」

 八代ルイは、冷めたアイスコーヒーのストローを弄びながら、氷点下の視線を僕に向けた。

 相変わらずの毒舌。だが、その隣で、天音マフユ先輩が申し訳なさそうに、けれどもしっかりと「やる気」に満ちた笑顔を浮かべている。

「ごめんなさいね、夜行くん。でも、八代さんから連絡をいただいたんです。『夜行くんの座学が壊滅的で、このままでは中間試験で学力という名の事故を起こす』って。……私、それを聞いて、いても立ってもいられなくて」

「……連絡を、いただいた?」

 僕は、天音先輩の言葉の裏にある「極めて不穏な事実」に思い至り、目を見開いて八代ルイを見つめた。

「ちょっと待ってほしい。八代さん。君は今、天音先輩から『連絡をいただいた』という不穏な言質を平然とスルーしたね。……君たち、いつの間に、そんな現代魔術師的な、あるいは女子高生的な情報の共有手段(ID交換)を済ませていたんだい?」

「あら、驚くようなことかしら。昨日の放課後、あなたが図書室でマフユ先輩とイチャイチャ……失礼、無駄話をしていた際、効率的な情報伝達のために連絡先を同期リンクさせただけよ。あなたのその、穴だらけの学習計画スケジュールを管理するには、一人より二人の方が効率的でしょう?」

「……ナチュラルに。極めてナチュラルに、君は僕のプライバシーという名の結界を、外側から二重に補強したというわけか」

 僕は頭を抱えた。

 学年首席のツンデレ暴君と、座学トップの母性溢れるモンスター。この二人が、僕の知らないところで秘密裏に連絡を取り合い、僕の「休日」という名の平和を組織的に解体しようとしている。

 これはもはや、僕に対する愛のムチなどではない。包囲網だ。逃げ場を完全に塞がれた、知的蹂躙のためのフォーメーションである。

「さあ、お喋りはそこまでよ、夜行。まずは午前中の実技理論、昨日の復習から始めるわよ。……言っておくけれど、今日は『火種』だけで終わると思わないことね」

「そうですよ、夜行くん。午後は、私が用意した『エーテル代数学』の特別問題集、百問ノックがありますから。……大丈夫です、夜行くんなら、きっと終わる頃には位相空間の歪みが視覚的に捉えられるようになっていますよ」

「……位相空間が視覚化できた時、それは僕の精神が完全に崩壊している時だと思うんだけれど」

 僕は、逃げ出すことも、土下座することも許されない状況下で、震える左手でペンを握りしめた。

 右手はまだ、彼女を守った時の火傷で包帯に包まれている。その鈍痛さえも、今は「休ませてくれない彼女たちの執着」の証左であるかのように、僕の意識に重くのしかかっていた。

 休日。

 それは僕にとって、もはや休養のための日ではない。

 二人の天才に挟まれ、知性と魔力を極限まで搾り取られるという、週に一度の「極めて贅沢で、そして殺人的な苦行」を完遂するための、特別演習日の異名であった。

 僕は冷え切ったアイスコーヒーを喉に流し込み、今日という名の戦場に、魂を売り渡す決意を固めたのである。

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