3.碧龍との激闘
もしこの世にパラメーターのようなものがあり、ゲームのように身体機能等に数値が決められているとすれば。
この世で最もパラメーターの高い生物は誰だと言われれば、例え人類最強である騎士達ですら満場一致で"龍"だと口を揃えて言うだろう。
大きな角を頭から生やし、四本の脚で一対の大きな翼を背に持つ。
数トン~数十トンある巨体をたった二枚の羽で浮かばせ、凄まじい速度で飛翔させる筋力。
空中戦に敵は無く、ブレスはあらゆるものを焼き溶かし、その爪は大地を粉々に打ち砕く。
全身に覆われた堅牢な鱗は騎士でも易々と鱗の上から肉を断つことは出来ず、あらゆる環境に適応可能でしかも不老。
気に入った物を見つければ生涯を掛けて収集し続け巣に貯蔵する執着と所有欲の権化。
そして、命を終えれば別の姿を得て蘇るという。
ライバルが存在しない生態系トップの頂点捕食者。
それが龍という生き物だ。
龍はとても賢く、鋭い感覚を持つ生物。
皇国へやってきた碧龍はまだ見ぬ強敵を求めて世界を飛び回り、他の龍を見つけては闘いを仕掛ける闘争心の強い個体だった。
他の同胞とは大きく異なり、世界を飛び回っても執着や所有欲が湧く物を見つけられず、強者との闘争のみを娯楽に唯一求める。
産まれて四百年、闘いに明け暮れること三百年――経験を積み同胞が相手でもそう負けなくなった碧龍は闘争ばかりの生の己を変えるべく、次の目標を見出した。
――番を見つけ、子を成そう。
龍は異なる目標を胸に再び世界へ翼を広げる。
あらゆる場所で目撃談が挙がる変わった碧龍の噂は大陸中に広がっただろう。
そんな龍が訪れた地は、人間が多く分布していることが少し不愉快だが、それを考慮しても素晴らしい肥沃の大地が広がる子を成すには非常に適していた。
この地に巣を作ることを決めた龍は巣に適した場所を探し回り皇国を飛び回る。
途中、人間の巣に興味を持って近付いた際に"凄く楽しめそうな"個体が攻撃を仕掛けて来たのだ。
棒を持った人間一人、龍たる己に飛び掛かり繰り出した一撃は碧龍を驚愕させた。
宝に興味を持ったことは無い碧龍でも価値が無いと思えるその棒で繰り出された一撃は、その棒を破損させながらも鱗を突き破り、確かに龍に手傷を与えたのだ。
突然現れた生唾ものの"強者"に龍は目を輝かせるが、ここで闘いを始めてしまえばこの地に来た意味が無い。
欲求をグッと我慢して、龍はすぐに人間の巣から空を翔けて離れていく。
見事龍鱗を貫いてみせた人間の顔を何度も思い起こし、脳に刻み付けながら。
巣を作る場所は、栄養価の高い生物が多く生息していて子が安全な場所が望ましい。
飛び回ること数日後、漸くお眼鏡に叶う土地を見つけた。
丸々と太り育った生物の群れを飼う人間の村が近くにある絶好の場所だった。
可能ならこの辺りに巣を作りたかったが、その村の近くにいると酷く嫌な予感がした龍は己の勘に従いその場所での巣作りを諦め、別の場所の大きな山で見つけた岩壁が削れて出来た大きな窪みに巣作りを始めた。
日が経ち、巣を作り終えた龍。
後は番となる雌を見つけるだけだった。
日々生物を喰らって腹を満たし、美しい雌を求めて飛び回っては巣で眠る――毎日同じサイクルを過ごすある日のことだった。
月が出た静かな美しい夜。
いつも通りのサイクルを終えた龍は完成したばかりの巣で眠ろうとしたが、眠りに落ちることが出来なかった。
いつもなら目を瞑ればすぐに眠りに落ちることが出来るのだが、何故か今日は妙に落ち着かず眠れないのだ。
つい最近感じた酷く嫌な予感がする。
爪が疼く――強敵がやってくると――身体が無意識に"闘い"に備えている。
そう龍が判断したその時、山中の巣から一望出来る平原に一つのちっぽけな影を目視した。
影から龍まではかなり遠いが、それでも龍の鋭敏な感覚はその影――短い棒を二本持った人間の顔と呟いた言葉をしっかりと捉えた。
「やっと見つけた。アレが姫君の言ってた龍だな――恨みは無いが俺の為に死んでくれ」
敵意に満ちた人間という生物が鳴き声を発する。
龍は人間の言葉の意味は分からないが、それでも、その声に込められた意志をしっかりと理解していた。
影の正体は己の龍鱗を貫いたあの人間だった。
「――グオオォォォォ!!」
思わぬ場所で出会えた強者の登場に龍は咆哮を持って人間の敵意に答えた。
それが開戦の合図だった。
人間が走り出す。
龍の目を以てしても見張る恐ろしい速さだが、そこは龍。
肉薄される前に、龍はブレスで人間を迎え撃つ。
吐き出される業火で木々が一瞬で炭と化し、地面を焼け焦がし、灼熱が放射状に広がり龍の眼前に広がる。
夜闇を明るく照らし、触れれば生命は死に絶える炎の息吹が人間を容易く飲み込む。
しかし――そこで人間は龍が予想もしない行動を取った。
吐き出されたブレスに出来た一瞬の隙間――そこから人間の姿を龍は目にする。
驚くことにその人間は龍のブレスを浴びながらも、原形を留め身体の一部を焼かれた程度に留めていた。
ブレスに容易に耐える人間に賞賛の念を抱く龍は笑うように目を細める。
そして、その人間はそのブレスに出来た隙間を逃さず、脚を踏み込み、"何か"をした。
"何か"というのはあまりにも早過ぎて、龍の目でも捉えられなかったからだ。
龍は人間が何をしたのかを理解したのは、人間が起こした行動とほぼ同時だった。
龍の口から吐き出すブレスが止まり、炎の息吹に代わって血が飛び散る。
「――――――ッッ!!??」
焼けるような痛みから出たはずの悲鳴は声にならぬ音を出し、声の代わりに血の塊が吐き出される。
人間――ラウドは既製品の槍が溶けて無くならないように身体を盾に庇いながらブレスの中を突き進み、一瞬産まれた炎の隙間から狙いすまして投擲した槍は、正確無比に龍の喉を貫き潰したのだ。
「龍のブレスってのは凄まじいな。焼け死ぬかと思った……思い付きでやるもんじゃあ無いな。無謀が過ぎる……ただ、厄介なブレスは封じたぞ」
身体から煙を上げ、何か所にも大火傷を負ったラウドが龍の眼前に立つ。
普段使いの鎧は龍のブレスの前に意味をなさず、衣服諸共消え失せていた。
手に持つのはいつもの既製品の槍では無く、トモエがラウドの為に作らせた両刃の赤柄の槍を握り締めていた。
龍を探す道中に王城へ戻り、見つかると傷付けてしまったばかりのトモエと会うことになる――それは余りにも気不味いのでこそこそ隠れながら場内に侵入し、トモエが用意した自分用の宝物庫から先日贈られた槍をこっそり持ち出してきたのだ。
手に持つ赤槍を持ち上げ、龍の首に刃先を突き付ける。
「勝負だ龍――俺が姫君と仲直りする為に、死んでくれ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
振り下ろされる爪を赤柄の槍で弾き落とす。
初めて戦う龍という生物はラウドの想像を超えた生物だった。
超人たるラウドをしても驚く程生命力に溢れ、先日自分が倒した『破城魔猪』よりも一回り程体躯は小さいが、その身が放つ威圧感は何倍も上。
爪を受け流す度に流れて来る衝撃は、騎士と戦ってきたラウドからしても味わったことが無いような重い物だった。
(姫君が俺達に対処させようとする訳だ。強さで言えば、"|帝国の氷結騎士《ラウド命名:ダル絡みアイス》"と同じかそれ以上だぞこれは)
横凪に振るわれた長い尾――その鱗が覆う表面に赤槍を沿え、角度を付けて受け流す。
ラウドによって逸らされた尾が森の木々を何本も半ばからへし折っていく。
口から血を垂らしながら戦う龍を前に、ラウドは冷静に戦況を分析していく。
ラウドは簡単な四則演算程度の教育以外は受けたことが無いが、馬鹿では無い。
むしろ、闘いの中で勝利を得るまでの道のりを測る能力や観察眼は天賦のものだった。
そんなラウドが早々と一つの結論を出す。
(飛ばれるとキツイどころじゃないな。下手すると負ける――)
地に足付けて闘う龍とラウドの戦闘は互角のものだった。
碧龍の背に畳まれる大きな翼――隙を見せればすぐさま広げて夜空を飛び回るだろう。
そうなれば遠距離攻撃手段が投擲しか持たないラウドは不利に立たされるだろう。
ラウドは迅速に行動を始める。
龍が繰り出す猛攻を弾き、逸らしながらも槍の届く距離に踏みとどまり、切りつける。
龍鱗の隙間を縫うように振るわれた槍先が龍の肉を切り裂くが、簡単に翼に攻撃出来るチャンスが産まれない。
経験豊富な龍はラウドの狙いに気付き、翼を守るように戦っているのだ。
歴戦の碧龍と身体能力に特化した騎士は拮抗した結び合いを続ける。
しかし、ラウドに振るわれた腕が空を斬ると、龍が大きく態勢を崩し、沈み込むように前かがみになったのだ。
龍が振るう腕は前足の二本――腕を使った攻撃の際には必ずもう一本で自重とバランスを支える必要がある。
ラウドはそこを狙い、碧龍が腕を振るった瞬間に接地している片方の前足の真下の地面を槍で穿ち、地面を掘り下げて支えを失わせたのだ。
まるで頭や翼を差し出すように前のめりになった碧龍へラウドは跳躍し、槍を激しく幾線も振るい、両翼の被膜を切り裂いた。
「飛ばれると厄介だからな!――フン!」
そして、着地と同時に槍を一閃――ラウドの膂力で振るわれた槍は龍鱗を砕き、肉を裂く。
ラウドが龍鱗断ちを為せたのは自身の身体能力は勿論だが、トモエが贈った"騎士が振るうに足る、ラウドの身体能力にも耐えられる"赤槍があってのものだった。
ラウドには詳しいことは分からないが、酷く金と素材も手間も掛けて作らせたのだろう――ラウドの事を思って。
(――ありがとう、姫君)
龍鱗に叩きつけられた槍に刃毀れが無いことを確認したラウドは、心の中でトモエに感謝した後、槍を振るった際に産まれた勢いに身体を乗せて横に飛ぶ。
瞬間、ラウドが居た場所に龍の尾が鞭のように振り下ろされた。
地面が深々と陥没し、地面を揺らす。
ブレスが吐けなくなったとはいえ、龍の命は未だ激しく燃え続けている。
攻めるラウドを迎え撃つのは爪と尾と牙のみ。
ブレスを失い、飛べなくなっても龍の脅威度は依然健在だった。
龍が繰り出す一撃は全てが高範囲を巻き込み、爪牙や尾が過ぎた後には一方的な破壊が齎される危険なもの。
直撃すればラウドでも重いダメージを負うだろうが、それは龍も同じことだ。
ラウドの放つ一撃は確実に龍の骨肉を切り裂き、着実に命に届きうるものだった。
「オオォォォォォ!!」
「――――――ッ!!」
龍とラウドの応酬はより苛烈に激しくなっていく。
爪牙と赤槍が入り乱れ、緑の森が互いの血で赤く染まっていく。
僅か数分で龍とラウドは全身から血を滴らせ、それでも両者の闘志は少しも欠けること無くむしろより激しく燃え上がる。
二人の攻撃の応酬――趨勢を表す天秤はすぐに傾いた。
恐らく、皇国一の怪力を持つラウドの為に作らせた特別な赤槍が、円弧状に撓る程に力を込めて振るわれた一撃が龍の爪を粉砕した。
「――ヵ"ァァ"ァ"!!」
潰れた喉から絞り出される悲鳴。
その隙をラウドは見逃さなかった。
「――貰ったァ!」
痛みのあまり反射的にかち上がった龍の頭部を繋げるその太い首へラウドは赤槍を振るった。
直撃すれば確実に首を切り落とす一撃。
ここから回避する手段を龍は持っていない――ラウドは勝利を確信した。
しかし、ラウドの一撃は空を斬ることになる。
(……馬鹿な! まさか――)
すぐに飛ぶ龍を見上げ、その大きな翼を見る。
ラウドが切り裂いた二対の龍翼の被膜――それがほぼ塞がっていたのだ。
「なんて再生力だ……ちょっとずるい、なんてのは思わないけど……そうかこれが"龍"か」
そのまま飛び続けることは現状では不可能なのだろう。
龍は羽ばたくのをやめ、そのまま真下へ落ちて地面に降り立つ。
「――――グルルル……」
龍がラウドを威嚇するように低く唸る。
喉から漏れた酷く掠れた声は、ラウドの背中にこれでもかと冷や汗を流させた。
「喉も治り始めてるのか……いかんな、ちょっと龍を舐めてた」
よく見れば最初の方に切りつけた傷口からはあれ程滴っていた流血が止まっていた。
雑に槍で傷を与えても意味が無い。
戦闘に支障が出るレベルの傷を残す為には、骨の周辺を肉ごと吹き飛ばすか、手足を丸々吹き飛ばすような大破壊を与えなければ有効打にはならない。
(長期戦は不利――なら、俺の土俵で戦って貰う!)
再度ラウドが龍に攻撃を仕掛ける。
再生力に身を委ねる龍とラウドの打ち合いが再び始まる。
互いの爪牙が火花を散らし、余波が周囲襤褸切れのようにズタズタに引き裂き、吹き飛ばす。
ラウドの土俵――それは脚を止めた乱打戦だ。
龍とラウドが振るう全力は、木々を地面ごとひっくり返し、山を削る。
龍と騎士によるこれまでに無い、激しい攻防が始まった。
互いの打ち合った槍牙は数百を超えただろうか。
先程より遥かに激しい攻防だが、先のものと異なるのは得物を振るいながらラウドが押し、龍が下がっていく。
この長い乱打戦の中で少しずつ、少しずつジリジリと歩を進め、龍の飛翔を許さず、欠片も槍を振るう速度を落とさない猛攻で追い詰めていったのだ。
龍とラウドの打ち合いはまたしてもラウドに軍配が上がっていた。
「オオオオアァァァァァ!!」
「――――グ、グッ!?」
龍も混乱していた。
自分より圧倒的に小さな人間に純粋な力のぶつかり合いで押され、龍はついに巣の岩壁の際に追いやられていた。
おかしい、おかしい――この人間は異常だ。
龍は眼前の小さな人間に紛れも無い恐怖を感じていた。
どれだけ互いの爪をぶつけあったと思っている。
この龍が――生物最強である自分の手足が満足に上がらなくなるまでぶつけあったのに、何故こいつは少しも動きが衰えないのだ。
ラウドの槍が小鹿のように弱弱しく震え、力無く持ち上がった前足を切り飛ばす。
悲鳴を上げる気力も湧かない程に疲れ果てた龍は、地に横たわりゼェゼェと息を荒げて必死に肺へ空気を取り込むのに精一杯だ。
龍の大きな目に影が差す。
そこには程度の差はあれど同じく息を乱しながらも、力強く両の脚で地面を踏みしめ赤槍を片手で持つラウドが最後まで戦い続けた赤龍を見下ろしていた。
「ハァハァハァ……強かった。今まで戦った誰よりも……」
全身に大小様々な傷を作り、爪を避け損ねて胸元に刻まれた横一本の傷が幕のように腹まで血を降ろし、己と龍の血で身体を濡らし汗を流すラウドが槍を再び龍の首に突き付ける。
「ありがとう、お前との闘いで俺はまた強くなれた。君の命は俺が大事に頂く……君の命も背負って精一杯生かしてもらう。……ああ、本当に途轍もない強敵だった」
ラウドが槍を構え、龍は観念したように目を閉じる。
死を前に碧龍は昔の、まだ自分が卵から孵ったばかりの頃の記憶を思い出していた。
もはや、顔すら思い出せない母が自分に授けたいくつかの教え。
自分がすっかり忘れていた母の言葉が色付いた鮮明な状態で脳内に再生される。
"坊や――坊や――人間には気を付けるのよ。とても弱い、矮小な者達だけれど。たまに湧いてくるとっても怖い個体に私達の父祖は狩られてきたのだから――"
――そうか、この人間が母の言っていた父祖を狩ってきた個体か。
死を受け入れた龍は母の言葉を思い出し、ここまで到った人間との戦いを思い出す。
生物の規格としては龍が勝っていた、力だけは互角だったが、それ以外は全て龍が勝っていた――それでも最後に生き残ったのは人間の方だった。
――勇ましい。
よくぞ一人で己と闘い抜いた。
――誇らしい。
この人間の雄が刻む生の歴史に、己の存在が加えられたことが。
――素晴らしい。
矮小な人間として生を受けながら、己を正面から正々堂々と倒す強者であることが。
――――ああ、なんと――○○○○。
――人間に敗れた父祖も死の間際は自分と同じように感じていたのかもしれない……しかし残念だ。
死の間際、己の中に心残りがあることに龍は気付く。
それは雌に出会えなかったことではない。
それは子孫を残せなかったことではない。
己を打ち負かした目の前の雄に自分がこれ以上何も残してやれないこと――それが何故か龍にとっては酷く空虚で、感じたことが無い寂しさを感じさせた。
爪や牙も肉もこの雄に捧げる。好きに使うと良い。
だがこれから死ぬ己はそれだけだ――それが酷く胸を締め付けるのだ。
足りない――満足出来ない。
何か他に差し出せるものは無いか――。
龍は必死に頭を働かせているとふと、首にチクりとした痛みが走り、己の額が硬い何か――地面にぶつかるのを感じる。
ラウドが龍の首を切り落としたのだ。
口惜しい――口惜しい!。
次があれば、次こそは己は……己は……――。
眠りに落ちるかの如く薄れていく意識の中で、龍は意識が途切れる最後までその思考を止めることは無かった。
昨日は体調悪くて更新できませんでした。
書き切れたら4話も今日中に上げます。




