2.RAKUNOUKAの朝は早い
思い付きで書いているので不定期更新です。
1章の内容を一部修正しました。
赤い龍 → 碧い龍 に変更しました。
変更理由は時にありません。
RAKUNOUKAの朝は早い。
日の出より早く、家族の中で一番最初に目覚め暗い夜闇の中でも昼と変わらず見えるラウドが朝食を食べながら牛舎や馬房等の家畜小屋に備え付けてある松明に火を付けることから仕事は始まる。
「モォ~~」
「おはよう、今日も元気そうだな」
顔を寄せてくる牛を撫でながら一頭一頭動物達の顔を見ながら健康状態を確認していく。
質の良い畜産物の為には、良好な健康状態の管理は欠かせない。
村一番の目の良さを持つラウドは、一番最初に家畜達を見て回るのが習慣だった。
次に行うのは放牧だ。
家畜小屋の扉を開け、調子の悪そうな牛以外の自分から出て行こうとしない家畜を軽々と持ち上げ、俵を担ぐように肩に引っかけて外に出していく。
ラウドに持ち上げられ慣れている家畜達は皆大人しいものだった。
それから起きて来た家族や農村の牛飼い仲間達と共に家畜小屋の掃除、えさやり、搾乳や毛刈り、道具の整備等を午前の内に終わらせていく。
朝の仕事が終われば、自室の片隅に置かれた防具を着込み、槍を片手に家を出る。
「いってくる」
「いってらっしゃい兄ちゃん!」
「いってら!」
「牛達の事は僕たちに任せてね!」
作業中の大人達に代わって三つ子の弟達がラウドを見送る中、ラウドは駆け出した。
地面を足の形に窪ませながら馬鹿げた速度で走るラウド。
「兄ちゃん足速くていいなぁー」
あっという間に兄の背は点のように小さくなったのを見届けた弟達は昼御飯の準備をするべく、鳥の羽をむしりに行くのであった。
飛ぶ鳥を抜き去り、危険な魔物が生息する平原と山を瞬く間に踏み越える。
馬車で二週間は掛かる道を僅か十分程度で走り終え、皇都城壁の大門に到達したラウドはその足で門の前に立つ。
大門の左扉前。
それがラウド定位置だった。
「ラウド様、おはようございます!」
「おはようございます【門番騎士】様!」
「今日もよろしくお願いします!」
「うん、おはよう」
ラウドの到着を皮切りに同じく門番を務める衛兵達が次々と声を掛けていく。
先日の『破城魔猪』の一件もそうだが、門番に就いてからの三年の間に発生した魔物襲撃、犯罪者捕縛、違法禁物を持ち込む犯罪者相手に共に戦い、切り抜けて来たのだ。
特に『破城魔猪』のような只の衛兵では相手に出来ない強力な敵は、全てラウドが対処してきたのだ。
その御蔭か夕方前にいつも帰宅し、年に数回、一定期間出勤しなくなるがそれでも確固たる信頼関係が築かれていた。
貿易の中継地点でもある皇国には各国から行商人が毎日大勢集まり、大行列を為す。
商人一人一人の持ち込む品を全て検品し、商人の手持ち品や人相を確認して安全性が確保された者だけが皇都に脚を踏み入れられる。
「通って良し」
「貴様荷物の中に"クスリ"を隠しているな!! コイツを捕らえろッ!!」
他国……その衣服や持ち込まれた荷の特徴から皇国と同盟関係にある公国来た商人の検品を終えた衛兵が許可を出し、別の衛兵が密輸目的の禁制の薬物を持ち込もうとした者をその場で拘束する。
皇都の入口を護る門番の役割は非常に責任感がある重要なものだ。
ここで振るいに掛け、"異物"を取り除くことが民の安寧に繋がり、皇族を護ることにも繋がるからだ。
如何にやる気が無いとはいえ、こればかりはラウドも手を抜かない。
「こ、このチーズは……!? いや、チーズだけじゃない……腸詰めも鶏卵も見慣れない物ばかり……宝の山か???」
「おや門番さん。鼻が利くねぇ! コイツは帝国で産まれた新技術で作られた羊の乳で作ったチーズでさぁ! 他の畜産物も全部帝国製の自慢の一品だよ!」
「俺の知らないチーズなんて……クッ、どれも素晴らしい代物だ。色、形、香りから家畜が徹底された管理の中で育てられたことが良く分かる。それにひー、ふー、みー……馬鹿な!? 初めて見る畜産物が十種類以上も……!? 帝国の酪農家は化け物か! 帝国で主に飼育されている家畜は牛豚鶏山羊馬羊が精々一種類ずつ程度だったはず……。まさかここ一年足らずでそれ程の家畜を新たに飼い、さらに畜産物の生産を安定化させているのか……? 素晴らしい、素晴らしいぞ、素晴らし過ぎる!! ――――行かなければ、今すぐ帝国に行って教えを受けねば。特に山羊だ。このチーズは素晴らしい。加工過程で必ず俺の知らない技術が取り入れられている。行かなければ帝国に……短期留学しに行こう! 姫君に許可がいるか!?――いや、許可めんどくさいな。今から行こう。どうせ駄目って言われそうだしな。あっちの騎士も勝手に皇国に入ってきたことがあるんだ。俺が行っても問題はあるまい。確か帝国の酪農地帯は――大陸の端か。遠いな俺の足でも二日は掛かる……いや、なんとか今日行きたいな……最短ルートならどうだ。山とかぶち抜いて行けば今日中に付けないだろうか……考えるのもめんどくさい。やってみるか!」
「卿がまた暴走してるぞ止めろォ!」
「畜産物の商人にはラウド様を近付けるなといつも言ってるだろ飛び掛かれ!」
「離せェ! 俺は世界一の牛飼いになる為に勉強をしに行くんだ!! HA・NA・SE!!」
「ぐああああああ!」
「吹き飛ばされた何人かが水堀に落ちたぞ!」
「ここは俺達に任せてお前達は今すぐ姫様を呼びに行け! 今すぐだ! いけぇ!」
「うおおおおお待っててくれ皆! 美味しいチーズを作って持ってくるからなああああ!」
「クソォ! 何としても止めるんだ! じゃないとまた国際問題に発展するぞ!」
「あっちは任せて俺達は検品を続けるぞ」
「「はい!」」
……手を抜かない。たまに暴走するだけだ。
門番十六人態勢で見張りを城壁に四人立て、残りは三人一組で入国希望者をチェックしていく。
門番とは、大変忙しい業務なのだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「止まれバカタレェ!」
女性の衛兵に背負われてやってきたトモエが衛兵に群がられ肉団子ならぬ人団子状態になり、唯一外に出ているラウドの頭にフライパンを振り下ろす。
コーン、と小気味良い音が大門に響き渡るがラウド本人は痛みを感じた様子は無い。
むしろ、衝撃でトモエが腕を痺れさせていた。
「おぉ! 姫君、ちょうど良かった。彼等を止めてくださいよ。熱殺蜂球みたいでちょっと恥ずかしいです」
「ねっさ……? 何かは知らんが良い気味だまったく」
皇国の姫の登場に場は騒めき、ラウドを拘束していた門番達が離れ解放する。
この国へ訪れた者達が驚き皇女へ注目を集める中、トモエはラウドに怒りの目線をぶつける。
「ならぬぞラウド。絶対にな」
「何故です! 俺はチーズを学びに帝国に行くだけですよ!? 終われば帰ってきますよ!」
「ほぼ冷戦状態の帝国に騎士である其方が行けばとんでもないことになるだろうが! 前回、王国に無許可で行ってどういう事態になったか忘れたか!」
トモエの放った"騎士"という一言で他国からやってきた人全員が目をギョッとさせ、ラウドを見る。
ラウド国境破壊王国農家無断侵入事件。
ティータイムで疲れを癒していた皇族を絶句させた前代未聞の大事件はトモエ達の記憶に新しい――というか忘れることは無いだろう。
あの一件でどれほど王国側に頭を下げることになったか。
皇国と比較的に仲の良い王国だから謝罪だけで済んだのだ――他の国ならどうなっていたかと当時の皇族は生唾を呑んだとか。
「可笑しな話です。俺は飼料の仕入れ先として取引をしに行っただけなのに」
「其方の頭がおかしいの間違いだ! 他国の兵が国境警備兵をぶっ飛ばせばどの国もそうなるわァ!」
「身分証を見せて犯罪歴も無いのに俺を逮捕しようとしたからでしょう! 俺はただ素晴らしい飼料を買いに行っただけですよ!?」
「そういうのは妾にいいなさい。ちゃんと買ってあげるから。で、チーズの製法は今すぐは無理だ」
「は? じゃあどうしろって言うんですか! まさかこのチーズの製法を放置すると!? ありえないでしょう!?」
「そういう利益に繋がる技術や知識も含めて国の財産なのだぞ? 他国に流通するだけで国にとっては損失。タダで教えて貰うなんぞ到底無理よ」
「そ、そんなぁ……」
ラウド――というか騎士が言葉で止まるのなら世界中の国々は苦労しない。
ラウドの酪農愛は異常なのだ。
トモエが何を贈っても喜ぶどころか「どうも」や「はぁ……(酪農に仕えねぇじゃん(困惑))」ばかりで声色一つ変えないのだから。
(というか妾が何をしても雑に受け取るくせになんでチーズ一つでこんなに粘られて大声出されとるんじゃ妾は……。な、なんか腹が立ってくるぞこの状況!)
酪農が関わった瞬間、普段は本当に見せないラウドの熱量に次第にイライラが募るトモエ。
とはいえ、何かしらの代案を出し溜飲を飲ませなければ、今度は国境破壊帝国農家無断侵入事件――帝国にはラウドに執着している騎士がいるから正しくは、国境破壊帝国騎士粉砕地形崩壊農家無断侵入事件が起きるだろう。
正面戦争不可避である。
「――其方がそこまで興味を持つということは良い物なのだろう……帝国には領土侵犯の件で借りがある。二週間後の交渉の場で技術提供の材料として提示してやるからそれまで待ってくれんか?」
丁度二週間後に訪れる帝国との和平対談がある。
どう転ぼうが帝国所属の氷結の騎士が起こした決闘事件で借りがある以上、皇国に有利な形で交渉が進むだろう。
その際に技術提供をさせるとこの場で約束すれば、ラウドも少しは堪えてくれるかとトモエは期待したが――
「二週間!? ありえない、ありえないですよ! あのチーズを知って二週間も待てだなんて無理ですよ! だったら今すぐ帝国に走りますよ俺は!!」
馬鹿は止まらなかった。
トモエの額に熱くなった血が集まり、太い血管が浮かぶ。
「諦めろ。どうせ其方が今帝国に行っても前回の時と同じ結果になるだけだ! 学ばんか!」
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!」
ビキビキ……(額の血管が増える音)。
「――そ、そういうな。これまで色々其方に便宜してきたであろう? ここは妾の顔を立てると思って……な?」
「嫌だ!」
まさかの即答……それも拒絶の言葉に周囲の衛兵達が絶句する。
(これまで散々色々して貰ってるのに……!? ラウド様正気ですか!?!?)
一般の衛兵である彼等でもラウドを起こした数々の事件は知っているし、その度にトモエが方々に走り回り、時には頭を下げ、時には補償をすることで何とかしてきたのを知っていた。
ラウドの起こす問題の責任、その全てを背負ってきたのはトモエなのだ。
ブチッーー。
周囲を静観しラウドの正気を疑う衛兵や行商人達は確かにそんな音がトモエから発せられたのを耳にしただろう。
(こ、こんなにラウドの為に動いてるのに……。妾がどれだけ其方のことを……其方のことを……)
「……はっ、そうだ! なら短期留学を申請します。それならいいでしょ! 許可出してください!……いい加減許してくださいよもおー!!」
「――――言いわけあるかこの酪農馬鹿ぁぁぁぁ!!!」
堪忍袋の切れたトモエがラウドの頭にもう一度フライパンを振り下ろす。
止める者、そして後ほどこれを咎める者は誰一人としていないであろう。
その日、皇国の姫が大門前で一人の門番を正座させ三時間ぶっ続けで説教を続けた話は国に帰っていく商人達に運ばれ、各国の王族の耳まで届いたという。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
途轍もないトモエの怒りっぷりにすっかり頭は冷え、トモエが提示した二週間後の交渉まで我慢することにしたラウドは帰路についていた。
普段の彼は帰路につく最中、帰宅後に面倒を見る牛達の顔を浮かべルンルンと楽しみに胸を膨らませているのだが、夕焼けに照らされ橙色に染まる山の中を進むラウドのその表情は明るい物では無かった。
彼の脳内を占めるのは酪農の事では無い――激昂するトモエの姿だった。
ラウドには彼女が怒る理由に皆目見当が付かなかった。
多少わがままは言った気はするが、それほど無茶なことだっただろうか――牛の乳を吸って生き、羊毛を着て凍える冬で暖をとり、馬に乗って狩りをし、豚肉を食べて生を繋ぎ、家畜の糞で田畑を潤す――酪農によって生かされ、酪農が全てだったラウドには食を最優先しない理由が分からなかったがそれでも三年、ほぼ毎日彼女と顔を合わせて来たラウドにも分かることはあった。
あれは怒らせただけではない。酷く傷付いていた――俺が傷付けたのだと。
自分の何が、大切な"唯一"の友人をあれほど傷付けてしまったのだろうか。
ラウドは一人首を傾げる。
ラウドに友はいない。
村で同年代の子供は自分だけ。他は少し年の離れた子供ばかり。
そんな子供達も冬の寒さや病、森から現れた魔物に襲われて何人も死んでしまった。
寒さを凌ぎ切ること、腹が膨れるまで食べること、命を繋いでいくことはとても難しいことなのだ。
だからラウドは幼少期を親の手伝いばかりして過ごしてきた。
当時、村の子供達が遊ぶ中で最も幼いラウドが牛の乳を貧しい農村の過程に配り、羊毛を届け、魔物と戦い、村人を護って来た。
偏にラウドが産まれもって得た超人的な力は、同年代では不可能なことを可能にし、彼から遊び心より先に親孝行を宿らせた。
そんな彼に初めて出来た友達がトモエだった。
年は彼女の方が四つも下だが、それでも初めて等身大の自分と触れ合い、距離を縮めてくれ、気付けば"友人"になっていたのはトモエだけだったのだ。
だからだろう、彼女を傷付けてしまった己の今日の行いを後悔していた。
今の己の中に湧く気持ちの名前をラウドは知らないが、重く無視なぞ出来ない何かが心にのしかかり、どうしてもトモエの怒る顔が頭から離れないのだ。
これまでトモエを怒らせることはあったが、傷付けたことは無かった。
"仲直りがしたい"――今ラウドの中にはあるのはその気持ちだけだった。
どうしたら仲直りが出来るのかを考えるラウドの頭の中でふと、過去トモエが愚痴を言っていた事を思い出した。
『ふーむ、どうしたものか……』
『暇そうですね姫君』
『どうしたものかと頭を抱えておるだろうが! はぁ、どうやら最近この国の近くに龍が住み着きおったみたいでな……ほれ、其方が先日撃退したあの碧い龍じゃ』
『……人違いでは? 記憶に無いです』
『なんで忘れられるのだ其方は!! まぁ良い。龍に住まれると厄介でなぁ。今は巣作りで大した被害は出んだろうが、終わればどうなるか……其方、一発行って倒してきてくれんか?』
『嫌ですよ。龍ってかなり強いんでしょう?』
『うむ、騎士並と言えよう』
『じゃあやりません。豚の世話が遅れるんで』
『であろうな。他の騎士はみなこの国を離れておるし、あれらの帰りを待つか……』
『そうだ姫君、今日美味しい腸詰めが出来たんで持って来たんです。後で一緒に食べましょう』
『む? おお、それは良い。楽しみにしているぞ!』
(あの時姫君は悩んでいるって言ってたな。ならそいつをなんとかしてしまえば、許してもらえるだろうか)
ラウドの脚が止まる。
「龍か……。ちょっと探してみるか」
今のラウドの頭の中に村の家畜の姿は無かった。
夜が訪れ、辺りが少しずつ暗くなっていく中ラウドは力を込めて踏み込み、槍を片手に天高く飛び上がった。
NOUMIN ×
RAKUNOUKA もしくは USHIKAI 〇




