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放課後のチャイムが鳴る。
いつもなら、やっと終わった、くらいにしか思わない音。
なのに今日は——やけに心臓に近かった。
「白金、逃げないでよ?」
前の席で振り返った小林さんが、当たり前みたいに言う。
「逃げないよ」
「ほんとかなー」
疑ってるくせに、どこか嬉しそうに笑う。
そのやり取りを、後ろから島崎さんが眺めていた。
「いってらっしゃい」
「……その言い方やめてくれるかな?」
「えー? デートみたいでいいじゃん」
「違うから」
「はいはい」
軽い返事。
でも、目だけは少し静かだった。
一瞬、何か言おうとして——結局、やめたみたいに視線を逸らす。
「楓」
「ん?」
「白金、あんま困らせないでね」
「それは白金次第かな」
「人のせいにしないで」
小林さんは肩を揺らして笑う。
「じゃ、行こ」
鞄を持って立ち上がる。
その背中を追いかけながら、ふと後ろを見ると——
島崎さんと目が合った。
『ちゃんとね』
声はなかった。
でも、そんなふうに言われた気がした。
◇
校門を出る。
夕方の風は、昼より少し冷たい。
「それでどこ行くの?」
「んー、内緒」
「もう歩いてる時点で遅いと思うけど」
「それもそっか」
くすっと笑う。
小林さんは少し先を歩きながら、ときどきこっちを見る。
本当に今日は、よく見る。
「……そんな見ないでよ」
「白金が変な顔してるから」
「してない」
「してる」
即答。
「考えごとしてる顔」
「……」
否定できない。
すると小林さんが、少しだけ歩幅を落とした。
「優奈に言われた?」
「……まあ」
「ちゃんと選べって?」
「なんで分かる?!」
「優奈、そういうとこあるから」
妙に納得してしまう。
しばらく沈黙。
駅前の人混みを抜けて、少し静かな道に入る。
そこで、小林さんがぽつりと言った。
「私さ」
「ん?」
「白金といると、楽なんだよね」
昼に、自分が言った言葉。
今度は、それを返される。
「変に気を使わなくていいし」
夕日が、横顔を赤く染める。
「黙ってても気まずくないし」
「……」
「だから、多分」
一歩だけ前に出る。
そのまま振り返って——
「取られたくないんだと思う」
真正面から、そう言った。
冗談っぽさは、なかった。
「……それ、ずるいよ」
「なにが?」
「そんな真っ直ぐ言われたら」
「困る?」
「困る」
即答だった。
小林さんが少し目を丸くする。
それから、ふっと笑った。
「そっか」
嬉しそうに。
安心したみたいに。
「でもさ」
白線の上を歩きながら、小林さんが続ける。
「別に、今すぐ答え出せとは言わないよ」
「……」
「ただ」
くるりとこちらを向く。
「ちゃんと私を見て」
風が吹く。
髪が揺れる。
その奥の目だけは、逸れなかった。
「優奈じゃなくて」
「……」
「“小林楓”を」
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
たぶん。
この瞬間から——
もう、“楽”だけじゃ誤魔化せなくなっていた。
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