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――もう、“楽”だけじゃ誤魔化せなくなっていた。
その言葉が頭の中で何度も繰り返される。
小林さんは何事もなかったみたいに歩き出した。
でも、さっきの言葉が軽いものじゃないことくらい俺にも分かる。
「……楓」
気づけば名前を呼んでいた。
小林さんが少し驚いた顔で振り返る。
「なに?」
「いや……」
続きが出てこない。
自分でも情けないと思う。
すると小林さんは苦笑した。
「今、無理に何か言わなくていいよ」
「……ごめん」
「謝らないで」
そう言って、少しだけ柔らかく笑う。
「ちゃんと考えてくれてるなら、それでいい」
その笑顔が妙に優しくて。
余計に胸が苦しくなった。
◇
しばらく歩いて辿り着いたのは、小さな公園だった。
住宅街の中にある、ごく普通の公園。
ブランコとベンチがあるだけの場所だ。
「ここ?」
「うん」
「意外」
「でしょ?」
小林さんはベンチに腰を下ろした。
俺も隣に座る。
夕暮れの空はオレンジ色に染まっていた。
「昔ね」
小林さんが空を見ながら話し始める。
「嫌なことがあると、よくここ来てた」
「そうなの?」
「家に帰りたくない時とか」
少しだけ寂しそうな声。
だけど深くは聞かなかった。
聞いてほしいなら、きっと自分から話すと思ったから。
「だからね」
小林さんが続ける。
「好きな人とは、一回ここに来たかった」
「……」
一瞬、言葉を失う。
小林さんは照れたように笑った。
「そんな顔しなくても」
「いや、だって」
「重かった?」
「いや」
首を振る。
「嬉しい」
自分でも驚くほど自然に出た言葉だった。
小林さんの目が少し見開かれる。
「……そっか」
今度は彼女の方が照れたように視線を逸らした。
◇
しばらく二人で夕焼けを眺める。
不思議と沈黙は苦じゃなかった。
むしろ心地いい。
「白金」
「ん?」
「もしさ」
小林さんが膝の上で指を組む。
「私が告白したらどうする?」
心臓が跳ねた。
「それは……」
答えようとして止まる。
今の俺には答えがない。
小林さんもそれを分かっているはずだ。
だから――
「ごめん」
そう言うしかなかった。
すると小林さんは首を横に振る。
「ううん」
そして小さく笑った。
「知ってた」
「……」
「だから今は聞いただけ」
少し寂しそうで。
でも、どこか吹っ切れたような笑顔だった。
「ただね」
「ん?」
「優奈に負けるつもりはないから」
その言葉に思わず笑ってしまう。
「宣戦布告?」
「そう」
小林さんは得意げに胸を張る。
「だから覚悟して」
「何を?」
「私、結構しつこいよ?」
「今さら?」
「失礼」
二人で笑う。
だけどその空気は、前までとは少し違っていた。
友達以上。
だけど恋人未満。
そんな曖昧な距離。
◇
帰り道。
駅の改札前で足を止める。
「じゃあ今日はここまで」
「うん」
「送ってくれてありがと」
「俺も一緒に帰っただけだけど」
「細かいことは気にしない」
そう言って笑う。
そして――
「また明日」
小林さんは一歩近づいた。
「楽しみにしてる」
「何を?」
「白金が私を見ること」
そう言い残して改札を抜けていく。
残された俺はしばらく動けなかった。
――ちゃんと私を見て。
――優奈じゃなくて。
――小林楓を。
胸の奥に残る言葉。
そして同時に浮かぶ、もう一人の顔。
島崎優奈。
明日、彼女に会った時。
俺はどんな顔をすればいいんだろう。
そんなことを考えながら、俺は夕暮れの駅前に立ち尽くしていた。




