16.5
店内の案内を終えると、俺は原田さんをレジの前へ連れて行った。
「じゃあ、まずは接客から覚えていこうか」
「は、はい!」
原田さんは緊張した面持ちで頷く。
「そんなに身構えなくて大丈夫だよ。最初はみんな緊張するから」
「……はい」
「まずは俺がお手本を見せるね」
ちょうど一人のお客様がレジへやって来た。
「いらっしゃいませ!」
笑顔で注文を受け、会計を済ませ、商品を渡す。
「ありがとうございました!」
お客様が帰ると、原田さんは感心したように呟いた。
「すごいです……」
「慣れれば自然にできるようになるよ」
「じゃあ次は、原田さんがやってみよう」
「えっ!? わ、私ですか!?」
「もちろん。大丈夫、俺も横にいるから」
「……はい!」
少しして、一人のお客様がレジへ並んだ。
原田さんは深呼吸を一つ。
「い、いらっしゃいませ……」
声が小さい。
お客様が少し聞き返す。
「え?」
「あっ……!」
原田さんは慌ててしまい、何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
「大丈夫」
俺は横から優しく声を掛ける。
「ゆっくりでいいから」
「……はい」
原田さんはもう一度深呼吸をする。
「いらっしゃいませ!」
今度はさっきより少しだけ大きな声だった。
注文を聞き終え、会計も無事に終える。
「ありがとうございました!」
お客様が帰ると、原田さんはその場にへたり込みそうになった。
「はぁぁ……」
「お疲れ様」
「すみません……全然ダメでした」
「そんなことないよ」
俺は笑いながら首を横に振る。
「ちゃんと最後まで接客できたじゃない」
「でも、途中で固まっちゃいました……」
「最初はみんなそうだよ」
俺も昔はそうだった。
朝比奈先輩に何度も助けてもらった。
だから今度は、俺が教える番だ。
「焦らなくて大丈夫」
「一歩ずつ覚えていけばいいから」
「……ありがとうございます」
その言葉に、原田さんは少しだけ笑顔を見せた。
やっぱり。
その笑い方を見るたびに、どこか引っ掛かる。
(……似てる)
学校の原田さんとは全然違う。
なのに、笑った時だけ、どこか面影がある。
「白金さん?」
「あ、ごめん」
また考え込んでしまった。
「今日はレジだけでも十分だよ」
「次はドリンクをやってみようか」
「はい!」
その後も教育は順調に進んだ。
ドリンク作り。
商品の補充。
店内清掃。
覚えることは多かったが、原田さんはメモを取りながら一つずつ吸収していく。
「飲み込み早いね」
思わずそう言うと、原田さんは照れくさそうに笑った。
「白金さんの教え方が上手なんです」
「いやいや、原田さんが頑張ってるからだよ」
「そんなこと……」
恥ずかしそうに俯く。
その時だった。
「あっ、もう!」
原田さんが小さく声を漏らした。
すぐに自分の口を押さえる。
「あ……」
「どうしたの?」
「い、いえ! 何でもありません!」
慌てて首を振る原田さん。
今の一言。
ほんの一瞬だったけど、学校の原田さんと同じ話し方だった気がした。
(……気のせいか)
俺はそれ以上考えないことにした。
その日の営業が終わる頃には、原田さんも少しだけ笑顔を見せるようになっていた。
「今日はありがとうございました」
深々と頭を下げる原田さん。
「こちらこそ」
「また次のシフトもよろしくね」
「はい!」
嬉しそうに返事をする。
その姿を見送りながら、俺は小さく笑った。
(この人なら、きっとすぐ一人前になれる)
その時の俺は、まだ気付いていなかった。
学校では俺を見下す彼女が。
バイトでは俺を「先輩」と呼び、誰よりも素直に仕事を学んでいることを。




