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ある日の初夏――
少しずつ蒸し暑さを感じるようになってきた頃のこと。
俺がアルバイト先へ出勤すると、バックヤードにはいつもより少しだけ緊張した空気が流れていた。
スタッフが一か所に集められ、天野店長が前に立っている。
「みんな集まったな」
店長は一人の女性を前へ促した。
「今日から新しく入る新人だ。自己紹介を頼む」
店長の隣へ進み出たのは、一人の女の子だった。
肩まで伸びた艶のある黒髪。
黒縁の眼鏡。
派手さはなく、どちらかと言えば物静かな印象を受ける。
制服姿もどこかぎこちなく、緊張しているのが一目で分かった。
「は、初めまして……」
女の子は小さく頭を下げる。
「原田美玖です。これからよろしくお願いします」
その名前を聞いた瞬間、俺は思わず目を瞬かせた。
(原田……美玖?)
学校にも同じ名前の女子がいる。
だけど、目の前の彼女と学校の原田さんはまるで別人だった。
学校の原田さんは派手な金髪で、いつも強気な態度。
目の前の原田さんは黒髪で、おとなしく、人と目を合わせることさえ苦手そうだ。
同姓同名なんて珍しくはない。
偶然だろう。
「では、よろしくお願いします」
緊張した様子で再び頭を下げる原田さん。
その姿を見て、俺も軽く会釈を返した。
「よし」
店長は満足そうに頷くと、今度は俺の方を見る。
「白金」
「はい」
「お前に任せる」
「……はい?」
意味が分からず聞き返す。
すると店長は真っ直ぐ俺を見て言った。
「原田の教育係を頼む」
「えっ!? 僕ですか?」
思わず大きな声が出る。
教育係なら俺以外にも適任はいる。
朝比奈先輩だっているし、他にも経験豊富な先輩はたくさんいる。
「店長、どうして俺なんですか?」
店長は腕を組み、少しだけ笑った。
「理由は二つだ」
一本指を立てる。
「一つ。お前は面倒見がいい」
次に二本目の指を立てた。
「もう一つ。後藤を一人前に育てた実績がある」
後藤さん。
去年まで新人だった後藤さんも、今では立派な戦力になっている。
「あいつを育てた時のお前を見ていた」
店長は続ける。
「相手のペースに合わせて教えられる。焦らせない。質問もしやすい」
「そういう奴が教育係には向いている」
店長はニヤッと笑う。
「だから今回も期待してる」
そこまで言われてしまえば断れるはずがない。
「……分かりました!」
俺は大きく頷いた。
「精一杯頑張ります!」
「よし」
店長は満足そうに頷き、その場を離れていく。
残された俺は原田さんの方へ向き直った。
「改めまして」
軽く頭を下げる。
「白金結城です。今日からよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
まだ少し緊張しているようだ。
「そんなに固くならなくて大丈夫だよ」
そう言って笑うと、原田さんも少しだけ表情を和らげた。
「あ、ありがとうございます」
その笑顔を見た瞬間。
どこかで見たような気がした。
(……あれ?)
ほんの一瞬だけ、学校の原田さんの笑い方と重なった気がした。
だけど、そんなはずはない。
あんな派手な人と、このおとなしい原田さんが同じ人だなんて。
「白金さん?」
「……あ、ごめん」
慌てて意識を戻す。
「じゃあ、まずは店内を案内するね」
「はい!」
俺は店内を歩きながら、一つひとつ仕事を説明していく。
レジ。
ドリンク。
厨房。
洗い場。
原田さんは真剣な表情でメモを取りながら話を聞いていた。
「最初から全部覚えようとしなくても大丈夫」
「まずは一つずつ覚えていこう」
「はい!」
返事は小さい。
でも、その瞳には「頑張りたい」という気持ちがしっかりと宿っていた。
(この人なら、きっと大丈夫だ)
そう思った俺は、まだ知らなかった。
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