File No.17 突然のガチ暴力をどうする! 侘助とイチ
初めてのバイオレンス回です
苦手な方は飛ばしてください、一話限りです
西陽が差す武蔵野市外れのアパート2階。
侘助老人と中年男イチが夕餉の支度をしている。
「なんでボクがおさんどんしなきゃいけないのさ」
イチが唇をとがらせて不平を言っている。
「文句の多い従者じゃの、長年居酒屋をやっておったというが」
「こんなちっさい古いアパートじゃ設備がないから、いちいち外の流しまで行ったりタイヘンなんだよ」
二人の会話には注釈が必要かもしれない。
ほとんど昭和の台所事情だが、一種の霊体である彼らに食事は必要なのだろうか。
下界に降臨したからにはニンゲンの飲食を楽しみたいということらしい。
やがて焼き魚、香の物、煮物などが並べられた純日本風の夕食ができあがった。
「外まで出て七輪で焼くのが手間なんだよ」
「うむうむ、お疲れさん、恩に着る」
二人はまず味噌汁を啜る。
「この出汁はイリコかのー」
「へえ、わかるようになったんだ」
「だいたいワビさん、『愛』や『綺羅』に入りびたるだけでお仕事は大丈夫なの?」
「なんじゃいその呼び方は、かすみ嬢ちゃんの真似か、まあよいが」
侘助は香の物をぽりぽりかじる。
「わしの仕事ってそんなものはないよ、命を下す存在もおらんしな」
「じゃあ遊び歩いてお酒を飲むために降臨なさったんですか、へえー」
ノリが古すぎる。
「しいて言えば、因果を観ておるんだが」
「観るだけ?」
「多少の力は及ぼせるが、基本的に下界の者に干渉はせん」
「よくある話みたいだけど、ボクにはよくわかんないや」
食事を終えた二人は、駅へと坂道を下りていく。
日が暮れかかった時分で、まだ5時と早いうちに夕食を済ませている。
「こういう時には長く影を落とさんとな」
二人に本来は映らないはずの影ができる。
「ムダ! ムダな力じゃないのワビさん、それに食べてから出かけるんだね」
「嬢ちゃんじゃあるまいし、酒場でがふがふとは食わん」
小一時間ほどで二人は新橋の駅前へと降り立った。
「なんかびゅーっと来れるんじゃないの」
「言わずにはおれんのだなイチさんは、風情がなかろうが」
夕闇の中を小料理屋『愛』へと向かう途上。
侘助の背後から背の高い男が大きな拳を叩きつけてきた。
頭を狙ったらしいその一撃を、侘助はわずかに躱していた。
男の背後に4、5人が続く。
「なんなのよこいつらは」
「いまの日本で老人にいきなりの暴力沙汰とは……物盗りでもなかろうに」
(見えざる手の者か)
「イチさん、あんたには戦える力は与えておらん」
ひらひらと手を振ってイチをハツカネズミの姿にする。
「そうしておれ」
男たちが待っていてくれたわけではなく、侘助の肩をつかんで引き倒す。
地に臥した侘助の頭を背を、革靴で踏みつける。
「チュウ」
(ワビさんたら、ボクを喋れなくさせてる!)
「やめろぉっ」
香純が走ってきた。
侘助を踏みつけている男の水落ちに横蹴りを放った。
店に出勤する途中に二人の姿を見かけていたのだ。
続けて正拳を二度三度と打つ。
男は多少たじろいだ程度で、効いた様子はない。
香純の後ろからサンジが来ていて、男たちではなく香純の両肩を押さえ、地に伏せさせた。
「何すんだよサンジ、放せよ!」
「いくら型がキレイでもなあ」
香純の上に覆い被さる。
「それじゃ、大の男は倒せないんだ」
(嬢ちゃんとサンジくんが駆けつけるとは)
踏まれるままになっていた侘助が顔を上げる。
(よりによってわしが因果を呼んでしまったか)
嬢ちゃん、サンジくん、やめとけ、わしは死なんし傷つかんのだ。
香純の上で亀の子となったサンジが叫ぶ。
「通りの連中が携帯で撮ってるぞ! 警察も呼ばれてる」
サンジなりの戦い方。
「あんたら、年寄りや女相手に何やってるんだ」
「あたしは男だよ!」
そういう場合ではないのだが。
男たちは躊躇っていた。
侘助以外をどうこうする指令は受けていないようだ。
ばらばらに別れて去っていこうとする。
実際に警察官たちがやって来て検挙しようとしたが、押しやるようにして巧みに逃げていった。
「イチさん、もうよかろう」
手をついた形で元の姿に戻ったイチ。
「サンジのやつ、不恰好なりに男を見せた……のかな」
サンジに解放された香純が駆けよってきた。
「じいちゃん、大丈夫だったのか」
「わしはお前さんたちのいう妖怪ジジイみたいなもんじゃから」
両手で腹を撫でると、暴行の跡はあらかた消えている。
「よかったあ」
サンジたちは事情聴取で連れていかれそうになったが、それは侘助が防いだ。
「なかったこと」にしたのだ。
泣いている香純が落ち着くのを待って、サンジが店の方向へと向かう。
サンジが振り返って言った。
「じいさん、あんた狙われるような何かあんのか」
「心当たりはないが、お前さんたちに迷惑をかけぬよう心がける」
「サンジ、あんたカッコ悪かったよ」
調子を取り戻したイチさんが心にもないことを言う。
「ワビさん、さっきのやつさ、ワビさんならパッと消せたんじゃないの」
「あれか……あやつらあれでニンゲンだったのでな、消してしまうと因果が動きすぎる」
「またそれ?」
「あれだけの人数だとな……嬢ちゃんや沙絵さんに因果が及んでしまったら」
「いまとどこか変わっちゃったり?」
「ないとは言い切れん」
「それで心配するのがかすみちゃんと沙絵さんって、ただのスケベジジイじゃないの」
「なんでそうなる」
二人は軽口で物騒な内容を話しながらあらためて『愛』へ向かう。
「でもまた来たら困るねえ」
侘助は苦笑いしながら答えた。
「イチさんのいう『仕事』をせねばならんな、ないようにしておこうかの」
初めて拳を振るった香純、守ろうとするサンジ
いつも比較的ほのぼのしているので番外編とするか迷いました




