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File No.16 世紀のうた、ココロのうた! ミチヨ再来


厄災の男サンジがミチヨに襲われます


 

 新橋のBAR『綺羅きら』の常連客、サンジ。

 会社の倒産、リストラなどいろいろあって、フリーでPC関連の雑用を引き受けている。

 もう40歳は見えているが見かけだけは青年のそれで、自分では無理をしていないつもりだ。


 サンジのところにはいつもの単発ではない、納期があって密な仕事が来ていた。

(昔のコーディングだからオレに頼んだってわけね)

 指名されてそれなりのギャラが出る、そういう仕事もないといつまでもフリーでいるのはきつい。


 やっと解放されて新橋に来た。

 ひところは「ママさん」を名乗る香純かすみの信奉者だか庇護者のような気分になっていた。

 いまはそういうのは少し厄介だな、頭をカラにして元気でキレイな魔王(=香純)を見ていたいなと思う。


(そんぐらいの役得があってもいいだろう、神様、そこにいるんならよ)


 最後に店に行ってから十日か二週間ほどの間があった。

 夕闇の新橋はいつも変わらぬ賑わいで、条例で禁止なはずの呼び込みも普通に立っている。

 飲み屋なのか風俗なのか、女か男か、それは知らなくてもいいだろう。

 それでほとんど荒事もなく笑い合っている、平和といえば平和な国だ。


(いいんだよ、オレは推しの姫に会いに行くんだから)


 いま風の言葉にしているところがオヤジな自覚はあるのか、サンジは狭いらせん階段にたどり着いた。

(ほんとにこういうとこの階段はあぶねーな)

 この場所ではないが、転げ落ちて世を去った作家たちは少なくない。



『綺羅』の扉を少し押して中を見ると、別のなにかお姫様みたいな人がいた。

(誰でも入れる店だからそういうこともあるわな)

 普通に入っていくことにした。


「あっ、サンジひさしぶりじゃん」

 香純が笑顔で迎える。これでいい。

 いままでのサンジの感覚だと、常連客の馴れ合いは好まなかった。

 香純に関してだけ、いつからか呼び捨てでいいことにしていた。


(こうなりゃ一蓮托生、呉越同舟、一触即発だ)

 店のスタッフ、明梨あかりの錯乱がったのか。


「たまにガチで仕事しないとここ来れないしな」

「そうだよね、サンジはマジメだもんね」

「ママさんだって真面目だろ、いつだって」



 お姫様みたいな人は大きな目をくりくりさせてこちらを見ている。

 同業者かキャバクラの女性かと思ったが、そうではないらしい。

 サンジにもわかる程度の高級なスーツ姿だ。

 横に黒服がいてほとんど喋らないのはお付きなのか。


 彼女は何かオレンジ色のカクテルを手にしている。

 サンジは知らないが香純特製の「アリーナ」で、見た目より強い酒だ。

 健康優良児か何かだったのか、ここへ何度か通ううちに耐性がついたらしい。

 香純とサンジの会話が親しげに聞こえて、紹介してもらいたいのだろう。



「かすみちゃんと仲がいいんですね! わたし美智世っていいます」

 自分から来た。

「あ、ああ……オレは飲みにきただけなんだが、サンジだ」

「ここにいらっしゃるってことは、同性愛の方なんですか?」

(なんだこいつは)

 サンジの中でミチヨが地雷認定された、一瞬だ。


 明梨がサンジにテキーラのソーダ割を出しながら、ちらりと目を見る。

(わたしたち被害者友の会、強く生きましょうね)と言っている。


「みっちぃ、それはよせって言っただろ! 出禁かゲンコツ、どちらがいい」

 香純が愛称で呼ぶくらいなら仕方がない。

「ごめんねサンジさん、なんか懐かれちゃってさ、悪いヤツじゃないんだよ」

 香純に悪人の定義をきたい。

 サンジは答えることにした。


「それも辞さないが、オレはただママさん推しなだけだ」

(しまった、徹夜明けのテンションが)

一触即発だ。


「じ、純愛?……わたしの知らない世界って、あるんですねえ」

質問したミチヨが引いている。


(知らない世界のほうが多いだろ、自分が知らないってわかるだけまだましか。

……まあ、あたしもよくわからんけど)

サンジたちがなにか保護者のように自分を愛してくれているのはわかる。

しかし香純にはいまひとつ実感がなく、彼らに応えるようなものは何もない。

(申し訳ないような気もするけど、いまはこうしてるしかなくてさ)


香純がセットしたプレーヤーに、LPレコードがかかっている。

ドラマでリバイバルした「東京ブギウギ」の入ったベスト盤だ。


♪燃ゆる心の歌 甘い恋の歌声に

 君と踊ろうよ 今宵も月の下で


しばらくの間、復興しようとしていた昭和の活気と、それにしては切ないメロディーが店の中を満たす。


「昔の人って偉いなあ、ジャズとかクラシックみんな知ってて、これ作ってたんだって」

香純の知識は犬猿の仲のイチさんにでも聞いたのか、それはないか。


「自分が知らないってわかるだけでけっこう偉いのか……いや偉かないな」

香純の言葉はミチヨに言っているようでもあり、ただの自問自答のようでもある。


「みっちぃ、大人になれ、あたしもなる、なれるように頑張る」

「はっ、はい……」

ミチヨは、ほとんど水になった「アリーナ」を飲み干した。


(あっ、落ちた……サンジさんもかすみちゃんもズルいです!)

 明梨、ココロの叫び。


明梨「あのセリフはわたしに取っておいてくださいよ! 除名です」

サンジ「疲れてんだよ、オレにどうしろと」

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