File No.13 過ぎ去った恋に用はないよね! 我が愛の至上
いろいろあってかすみくんは一人になりました
ドレス姿のまま『綺羅』でひと息ついてこれでいいやって感じです
そこへあのお姉さんがやってきます
※暴虐にはなりません、誇大広告ご容赦を
香純は明梨と別れ、ひとり『綺羅』に出勤した。
軽食のお供にビールを一杯のんだだけで、酔ってはいない。
香純は洗面所で、着てきたままの自分のワンピース姿を見た。
「なんか今日は喋りすぎたかなあ」
(長いほうのレギンス、あったよね)
カウンターの中にいるのでほとんど脚が見えることはない。
けれど自分が落ち着かないと思った。
下にレギンスを着用して慣らしたあと、ぱんぱんとベルトの上をたたき、腰に手をあてる。
(これでいいかあ)
昨夜、閉店して帰る前に明梨と掃除をしていたからそれほど手間はない。
ストックのおつまみをトレーに分けたり、洗ったグラスを点検したりする。
「レコードは……まだいいか」
小さな鏡でリップの具合を見て、グロスを足す。
昼間のいろいろとは切り離されて、静けさの中で一人。
「今日はこれでいいような気がする」
それでは売上があがらないが、香純の思ったままだ。
一人の時間を必要としていたらしい。
ついその場の雰囲気でいろいろなことを口にして、自分でも気づいていなかったような考えに行き着く。
そうだったのかと思うが、しばらくしてその考えの座りの悪さを感じて、引き剝がす。
または少しずつなじんでいくのを待つ。
侘助のいう「大きめの悟性」というほどのものではないが、いつからか香純のなかにあった性質だ。
特別なことではなくおそらく誰にも必要な、自分と和解するための時間。
もちろん香純はそう順序立てて考えてはいない。
ぼうっとしてコーヒーをいれ、氷に注いで飲んでいる。
それでも扉が開いて、最初の客が来た。
(あ、真紀さんか)
(えーとサンジさんの知り合いでこないだ沈没してて)
そう「お客さま情報」を引き出そうとするが、まだアタマが働いていない。
「こんにちは、こんばんはかな」
「いやあたしなんかテキトーでいいっす」
真紀は入口から2番目のチェアに座った。
「今日はおめかし? いい柄だね」
「……ありがとうございます」
『綺羅』を贔屓にしてくれる女性客は何人かいる。
彼女たちは香純のざっくりした対応が気に入って来てくれる。
同じにしていいか、まだ判断がつかないのだ。
「そうなのよお買い得なのよね」というレディーストークは試したことがない。
(必要以上にオカマって感じになりそうだし)
真紀はカンパリのソーダ割を注文した。
香純が飲み物をつくる手元を見ている。
(そうだった、この手が……わたしフェチだったのかな、見過ぎないようにっと)
真紀のほうも先日の記憶をたどっている。
人見知りな二人のお見合いみたいになっている。
「そうだ、音楽かけていいですか」
真紀は透明なソーダの底に沈んでいくカンパリの赤を見ていた。
「えっ? ええ」
「お客さんが置いていったイーグルスのLPがあって」
それなら真紀も知っている。
「LPって、レコードかけられるんだ」
アメリカの家庭にはたいていあるというイーグルスのグレイテスト・ヒッツだった。
「イーグルスって、明るいカントリーロックみたいだけど、どこか湿ってるんだよね」
真紀のほうにはいくらか知識があった。
「元気そうな曲でもどこかにマイナーなコードがあって」
「ああ……なんかわかります」
「そこが日本人の体質にも合うんだよね、昔は日本のグループもよく真似してたよ」
真紀は話せる話題ができて嬉しいらしい。
レコードをプレーヤーにセットする香純の横顔をずっと見ながら話している。
(やっぱり顔がね……キレイだよ、ずるいなあ)
「へえ、小さいプレーヤーだけど意外にいい音だね」
「スピーカーのほうをがんばったんですよ」
初期のヒット曲『Take It Easy』。
気楽に生きている人に対して「気楽にいこうぜ」とはあまり言わない。
けっして気楽になれない人に向けて歌っているのだ。
真紀はそう考えたが、リクツっぽいなと思い香純には言わなかった。
「これ楽しいね、わたしがレコード持ってきたらかけてくれるの?」
「あたしがいるときだったら歓迎ですー」
今日は「魔王」気分ではなかったので、真紀が来てくれてよかったと香純は思った。
真紀がカンパリの2杯目を飲み終えるころ、曲は『The Best of My Love(我が愛の至上)』になった。
ホテルカリフォルニアで大々的に売れる前の、この雰囲気が好きだという人も多い。
「キレイな曲ですね」
「そうだね、でもこの曲もベストオブマイラブって、いまはいない人に向かって歌ってるんだよ」
「へえ」
(あたしはアホの子か……まあいいや、真紀さんは楽しいみたいだし)
「またお邪魔するね」
「ありがとうございました、また来てね!」
真紀は店を出て、らせん階段を降りながら考えた。
(そういえばサンジのこととか話すのもヘンだったし。
っていうか思い出しもしなかったなあ)
そこにはいない者への愛を歌うのは、過去の自分を惜しんでいただけなのか。
(大げさだね、かすみちゃんに笑われちゃう)
真紀もサンジも、香純ファンクラブに入会したようだ。
サンジ「おれの立場ナッシング」
明梨「ここは男子禁制ですよ……ですよ?」




