File No.12 アカリちゃんのHPはゼロ寸前! かすみくんお手柔らかに
まだ明るい新橋へと戻ってきた二人
見かけはレディーなかすみくん、何を言い出すのでしょう
なぜか一瞬おじいちゃんがついてきます
新橋の駅を出た香純と明梨の二人は小料理屋『愛』を目指す。
「いまからだと、ちょうど沙絵さんがお店を開けてるかな」
購入したばかりの衣裳を身につけた香純はいつもよりは女性らしいというか、ゆったりと歩いている。
ドレスのシルエットを活かして逆らわないような所作が身についている。
昔やっていたカラテで道着を着用していたのはそれほど役に立たなそうだ。
けれど、裾捌きの感覚が少しは活かされているのかもしれない。
*
(ほう、嬢ちゃんがこの形とはのー)
二人にはわかるはずもないが、侘助老人が実体化を解いて横についていた。
ふだん自分のココロをあまり説明しない香純の「揺れ」を感知し、武蔵野からやって来ていた。
*
香純が、いつもそうなのだがぽつりと唐突に言い出す。
「梵天丸もかくありたい、か」
「ぼんてんまる?」
「ああ、あたしたちが生まれる前、伊達政宗のテレビドラマがあってさ、すごく人気あったみたいなんだ」
いつか、魔王モードの香純が率いていた武将というか、大名のひとりだ。
香純は、父親が気に入ってシリーズのDVDを買っていたのを観ていた。
「梵天丸というのは小さい頃の政宗のことでね、病気で片目をなくしたり、そのせいで親や家臣とうまくいかなかったりいろいろあって」
「はあ」
明梨は、香純の魔王ネタが戦国時代中心なのはそれがルーツなのかと思った
「で、お寺の和尚さんに話を聞いてもらうのよ」
「まだ子どもなのにタイヘンですね」
「ああ、それで和尚さんが政宗にこう言うの、『この世には客として来たと思いなされ』って」
「客として……どういう意味だったんでしょう」
「さあね、客だからそっくり返って威張るって意味じゃないと思うけど」
(どういう謎かけなのかな……)
香純は宙空を眺めるようにして言葉を探す。
「逆に、客だからこそ腹も立てず、あるがままのもてなしを受けいれて感謝するとかかなー」
「そんな悟ったみたいなの、子どもにはむずかしいですよね」
「そうだよね」
病で隻眼となり母親に愛されなかった梵天丸は、大人になるしかなかったのだろう。
*
そこまで聞いた侘助は思った。
(嬢ちゃんは気づきかけておるわ、自らのなかの大きめの悟性にな……。
はじめから感知しておったが、まだ早いかの、それを自覚して生きるための器が、まだな)
*
「いまもそれで正しいのかわからないけど」
香純はどこへともなく、自分に向かってか、言った
「頭でわかってもしょうがないよね、カラダのどこかにそんな考えを、なんていうか沈めておけば」
目を輝かせてひとりうなづいている。
「いつかは自分でそう思えるかもしれないじゃん」
*
聞いていた侘助が、姿はないままに安堵の息をつく。
(そこまで分かっておれば十分か、ストーカーまがいに追うこともなかったわ)
どこへとも知れず消えていく。
*
明梨は香純がそんな思索をしていたことが、うまく飲み込めなかったらしい。
「思っていたのと違うっていうか、かすみちゃんは教祖さまか何かになれるのかもしれませんね」
「いやなりたくないしそんなわけないじゃん、なんかエモいと思ったからさ、ドラマだよドラマ」
二人は沙絵の店『愛』の前へと着いていた。
「沙絵さーん、まだ早いかなあ」
沙絵は店の前で柄杓の水を打っていた。
まだ初夏にもなっていないので清め程度だ。
「ああ香純さん、明梨さんもご一緒で」
「そうだよ、今日は初デートさ、なんてね」
明梨は香純の軽口についていけず固まっている。
(切り替え、早いなあ)
「軽く食べさせてもらうだけなんだけど、いいかな」
「たいしたものはありゃしませんけどね」
沙絵の口調は、挨拶のあとは香純に合わせて少し心易くなった。
「かんぱーい」
この店に来て飲まないのもどうかと、二人ともグラスのビールを頼んだ。
香純は肘を身体につけて両手でグラスを捧げ、少し傾けた。
(さすがにそれは演技っていうか、いつもはがばーって)
「今日は歩いたからおいしいね」
沙絵はお通しの小鉢と煮物を出しながら尋ねる
「二人でお出かけしてきたんでしょ? お洋服も綺麗だねえ」
「でしょー、アカリちゃんが選ぶのつき合ってくれたんだ」
「仲がよろしくてよござんす」
沙絵は香澄たちが喜ぶかと、わざと伝法な調子で言った。
(せっかくその器量で女をやるってんなら、そのくらいしないとね)
沙絵ママの「いい女」修行は明梨のそれよりも数段は厳しそうだ。
「いかと里芋を煮たのと、甘いかぼちゃだあ」
「お惣菜ですよ、お恥ずかしい」
「ママさんのこれがいいんだよ、いただきます」
(そういえば、かすみちゃんが年上の女の人に甘えてる感じ、初めてだ)
今日一日、香純のいろいろな顔を見たなあと明梨は思った。
(『暴虐の美少女』か大魔王だもんね……そりゃあそれだけじゃないか)
「アカリちゃん、今日はどうもね……楽しかったなー』
何気ない調子のままで香純が言ったので、明梨は不意をつかれた
「へへっ、あたしこんなんだから友だちと二人なんてひさびさで」
ああダメだよ香澄ちゃんわたしを泣かせないで。
「どうもありがとう」
明梨「もう責任をとってもらいます」
香純「えええ……っていつもと逆だよアカリちゃん」




