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剣神だった者、再び剣神へ――その剣は継承されない  作者: Nexus


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6/7

読めぬ間合い


森の中を歩く。

朝の空気は冷たく、木々の隙間から差し込む光が地面を照らしていた。

父が先頭を歩く。

その後ろを兄とノアが続いている。

今日は近場で素材を集めるだけだった。

危険な魔物が出る場所ではない。

少なくとも、父はそう考えていた。


「この辺りで少し集めるぞ」


父が足を止める。

兄が頷く。


「分かった」


ノアも周囲を見回す。

薬草。

木の実。

小さな魔物の痕跡。

いつもと変わらない森。

そのはずだった。


「……来るぞ」


ノアが呟いた。

父が振り返る。


「何?」


返事をするより早く。

茂みが揺れた。


「下がれ!」


父が叫ぶ。

飛び出してきたのは、三体の魔物。

牙を剥き、低い姿勢でこちらへ駆けてくる。

兄が剣を抜いた。


「俺が――」


その瞬間。

魔物の一体が口を開いた。

赤い光が集まる。


「魔法だ!」


父の声。

火球が放たれる。

真っ直ぐノアへ向かう。


「ノア!」


兄が叫ぶ。

ノアは動かなかった。

ただ。

剣を抜いた。

そして。

振った。

一閃。

火球が、二つに割れた。


「…………」


左右に分かれた炎が、ノアの両脇を通り過ぎていく。

熱風が髪を揺らした。

誰も動かない。

父も。

兄も。

魔物すら。

一瞬、止まったように見えた。


「……え?」


兄の声が漏れる。

ノアは自分の剣を見る。

何も変わっていない。

刃が焼けたわけでもない。

魔力を纏っているわけでもない。

ただ。

斬った。


「……斬れた」


ノアが呟く。


「…………」


父は言葉を失っていた。

魔法。

魔力によって生み出された現象。

剣で触れることすら難しい。

それを。


「剣で……斬ったのか?」


ノアは首を傾げる。


「うん」


あまりにも普通の返事だった。

魔物が再び動く。

今度は三体同時に襲い掛かってきた。


「ノア、下がれ!」


父が叫ぶ。

だが。

ノアは前へ出た。

一体目。

斬る。

魔物が横へ飛んだ。

避けた。

父はそう思った。

兄もそう思った。

だが。

次の瞬間。

魔物の身体から血が噴き出した。


「……え?」


兄が目を見開く。

魔物は確かに避けた。

ノアの剣は届いていなかった。

少なくとも。

そう見えた。

二体目が迫る。

ノアが剣を振る。

魔物は横へ跳ぶ。

――また。

避けた。

だが。

斬られた。


「…………」


父の目が細くなる。

違う。

今のは偶然ではない。

ノアの剣が長いわけではない。

速すぎるわけでもない。

魔物が避け損ねたわけでもない。

なら。

何故、当たった?

三体目が襲い掛かる。

ノアは一歩だけ踏み込んだ。

剣が走る。

魔物は後ろへ跳ぶ。

その身体に。

一本の斬撃が走った。

倒れる。

森が静かになる。

兄は呆然と立ち尽くしていた。


「……何だよ、今の」


ノアは剣を見下ろす。


「何が?」


「だって……避けたのに」


「うん」


ノアも魔物を見る。


「避けたね」


「なのに、何で当たるんだよ……」


ノアは少し考える。


「……分からない」


本当に分からない。

ただ。

振った。

それだけだった。

父は倒れた魔物を見る。

そしてノアを見る。


「……今の剣」


声が低くなる。


「お前は、どこまで届くと思って振った?」


ノアは少しだけ考えた。


「ここまで」


自分の前に手を伸ばす。

そこは、明らかに魔物へ届かない距離だった。

父の目が変わる。


「……そうか」


父は理解できない。

いや。

理解しようとしている。

剣が届いたわけではない。

ノアは、届く距離を正確に測っていた。

それなのに。

相手だけが、その距離を間違えた。


「間合いを……」


父が呟く。


「……誤認させた?」


ノアは首を傾げる。


「間合い?」


「いや……」


父は言葉を止めた。

まだ五歳。

本人が理解していない。

なら。

これは教えられたものではない。

父の視線が、ノアの剣へ落ちる。

魔法を斬った。

そして。

今度は間合いそのものを狂わせた。

どちらも剣術で説明できる現象ではない。

兄が口を開く。


「父さん」


「ああ」


「さっきの魔法……」


兄はノアを見る。


「本当に、剣で斬ったんだよな?」


父は答えなかった。

代わりに。

ノアを見る。

ノアは剣を拭いていた。

まるで何事もなかったかのように。


「……楽しかった」


その呟きだけが。

森の中に落ちた。

父は目を閉じる。

そして。

ゆっくりと息を吐いた。

「……帰るぞ」

「うん」

三人は歩き出す。

兄は何度も振り返る。

父もまた。

何度もノアの背中を見る。

その歩き方。

重心。

足の運び。

剣を抜いた時の姿勢。

どれも。

どこかおかしい。

けれど。

それを言葉にすることはできなかった。

ノアだけが知らない。

今の一振りが。

かつての剣神には存在しなかった剣だということを。

そして。

それがまだ。

名前すら持たない剣であることを。

森の奥。

木々の間から。

一人の男が三人を見ていた。

アルカノイド=ジェスバー。

その顔から。

先ほどまでの余裕は消えていた。


「…………魔法を斬った?」


呟く。

だが。

すぐに首を振る。

違う。

見るべきだったのは。

その後。


「……今の間合いは」


言葉が続かない。

アルカノイドは。

ノアの背中を見つめた。


「……あの人には、なかった」


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