表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

日常


朝は早い。

まだ空気の冷たさが残る時間、庭先に乾いた音が響いていた。

木剣が風を切る。

一定の間隔。乱れはない。

ノアは何も考えずに振っていた。

ただ、そうするものだと知っているから。

理由はない。

最初から、そうだった。


「……いいか、剣はな」


低い声が後ろからかかる。

振りを止めず、耳だけが拾う。

父だった。


「焦って振るもんじゃない。積み重ねだ」


その言葉は重い。

経験の裏打ちがある。

だからこそ、正しい。

ノアは一度だけ頷いた。

理解はしている。

だがそれとは別のところで、体はもう動いている。

少し離れた場所で、別の音が響く。

鋭く、速い。

だが整っている。

兄だった。

同じ木剣。

同じ型。

同じ教え。

違うのは、その先だけだった。

正確だ。

無駄がない。

父の剣をきちんと受け継いでいる。

そこから先に進まない。

兄は振り終え、息を吐いた。

額に汗が滲んでいる。

ちらりとノアを見る。


「……ノア」


呼ばれて顔を向ける。


「今のそれ」


少しだけ、言葉を選ぶような間。


「どこで覚えた?」


ノアは首を傾げた。


「……分からない」


本当に分からない。

気付けば、こうだった。

それだけだ。

兄はしばらく黙り、やがて視線を外した。


「……そっか」


それ以上は何も言わない。

だが、完全には納得していない顔だった。

家の中から、小さな足音がする。

ぱたぱたと、不規則なリズム。


「ノアー!」


声と同時に小さな影が飛び出してきた。

妹だった。

まだ幼い。

手には布きれのようなものを持っている。


「おてつだい、した!」


誇らしげに掲げる。

端のほつれた、小さな袋。

縫い目は荒いが、形にはなっていた。


「……すごい」


ノアが言うと妹は満足そうに笑う。


「おかーさんといっしょ!」


家の奥では母が針を動かしている。

布を裁ち、縫い、形にする。

それが金になる。

この家の、もう一つの剣だった。

父は剣を地面に立て、二人を見る。


「そろそろ行くぞ」


今日は素材集めだ。

遠くへは行かない。

低級の魔物だけを狙う。

兄がすぐに頷く。


「うん」


慣れている返事だった。

ノアも木剣を置く。

自然な動作。

迷いはない。

父は一瞬だけ、その動きを見る。

わずかに目が細まる。


「……ノア」


呼ばれて、振り向く。


「お前、その足運び」


言いかけて、止まる。


「……いや、いい」


首を振った。

言葉にできなかった。

外に出る。

土の匂い。

朝の光。

いつも通りの景色。

兄が先に歩く。

父が続く。

ノアはその後ろ。

歩幅を合わせる。

無意識に。

何も考えずに。

そのはずだった。

わずかに、ずれた。

ほんの一瞬。

自分のものではない感覚が、かすめる。

懐かしいような、何か。

ノアは、ふと足を止めた。

だが次の瞬間には、それはもう消えていた。


「どうした?」


兄の声。


「……なんでもない」


ノアは答え、また歩き出す。

後ろから、視線があった。

気配は薄い。

だが、確かにそこにいる。

離れた場所。

木陰の中。

アルカノイド=ジェスバーは、動かない。

見ている。

ただ、それだけだった。

(……やはり)

理解できる。

だからこそ、理解できない。

視線の先。

少年の歩き方。

重心の移動。

すべてが、知っているものだった。

(違う)

否定する。

(あれは――)

言葉にしようとして、止まる。

できない。

ただ一つだけ、確かなことがある。

(再現ではない)

あれは。

最初から、そこにあるものだ。

ジェスバーは、ゆっくりと息を吐く。

そして動かなかった。

まだ見ているだけでいい。

そのはずなのに。

指先が、わずかに震えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ