剣神に近く遠い者
ざわめきは収まらない。
試合は終わったはずだった。
だが、誰一人として席を立とうとしない。
理解が追いついていない。
「速さじゃない……」
一人の剣士が呟く。
「間合いでもない」
別の剣士が続ける。
「なら、何だ?」
答えは出ない。
熟練の剣士たちが顔を見合わせる。
理解できるはずだった。
積み上げてきた理論がある。
経験がある。
「成立しない。」
一人がはっきりと言い切った。
「あんな踏み込みは成立しない。」
沈黙。
そして。
「……だが、成立していた」
その瞬間。
理屈が崩れた。
人混みがわずかに揺れる。
ざわめきとは別の流れ。
静かに、だが確かに道が開く。
誰かが来る。
アルカノイド=ジェスバー。
その名を口にする者はいない。
だが空気が変わる。
それだけで、十分だった。
彼は何も言わず、ただ視線を向ける。
小さな背中。
木剣を持つ少年。
ノア・エスパーダ。
(……似ている)
最初に浮かんだのはそれだった。
否定は、すぐに来た。
(違う)
似ているはずがない。
あれはあの人のものだ。
視線を外さない。
一歩、踏み出す。
人混みの奥へ。
(あの踏み込み……)
理解できる。
(あの間合い……)
分かる。
だからこそ。
分かってしまう。
(違う)
足が止まる。
それ以上、近づけなかった。
脳裏に、記憶がよぎる。
「見ていろ。それでいい。」
あの人は、そう言った。
教えはなかった。
ただ、そこにあった。
何度も振った。
何度も真似た。
同じように。
同じ形で。
それでも二度と同じにはならなかった。
(それでも、近づいていたはずだ)
そう思っていた。
そう信じていた。
「これが……剣聖か」
あの日。
自分は、そう言った。
到達したと。
だが。
(違う)
目の前の少年が剣を振る。
ただそれだけ。
完成している。
最初から。
再現ではない。
積み上げでもない。
そこに、ある。
「……なぜだ」
声が漏れる。
抑えきれない。
気づけば、指先が震えていた。
理由は分からない。
だが、一つだけ分かる。
(あの時、見ていたものだ)
否定しようとする。
そんなはずがない。
あり得ない。
それでも。
視線を逸らせない。
「……再現ではない」
その言葉だけが、落ちた。
アルカノイド=ジェスバーは、歩き出す。
止まれない。
ノアはどこか妙な懐かしさに気付く。




